ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: エンゼルフォール オリキャラ少々募集 ( No.32 )
- 日時: 2011/05/12 22:59
- 名前: 遮犬 (ID: KnqGOOT/)
「ん……」
目が覚めると、散らかった陽嗚の部屋はすっかり綺麗になっており、清潔にも窓が開けられていた。
(あぁ……僕はあのまま寝てしまったのか……)
窓から差し込む日の光が暖かく陽嗚を包む。その絶妙な温度が心地よい。
いつの間にか毛布がかけられている。これは——?
「マスター! ご飯出来ましたよっ!」
「え?」
いきなり扉を開けて入ってきたのはエプロン姿の旋風だった。手にはお玉を持ち、笑顔で陽嗚を見つめている。その姿は愛らしさまでもが感じられる。
きっと毛布をかけてくれたのも、この部屋を片付けたのも旋風の仕業だろうと陽嗚は確信した。
「遥は今日、都合良く来なかったのか……?」
遥はどうやら毎朝自分を起こすのと朝飯を作ってくれるのだが今日だけ来ないというのはどうだろう。
「あぁ! その方なら機械から音声で風邪でお休みなるとかいってましたよ?」
機械というのはどうやら電話のことだろう。旋風、いや多分天使は電話を知らないみたいだった。
「風邪?」
都合よくひいてくれたものだとは思ったがこのさい感謝することにしよう。
遥は……いや、普通誰もが昨日は一緒にいなかった同年代ぐらいの女の子と朝、同じ屋根の下で一緒にいたということは——変な勘違いをされるのがオチだろう。
「あ、それと! 今日から私も学校一緒に行くのと、ここで生活いたしますので!」
「……はぃ?」
思わぬ言葉に間抜けな声で返してしまった。
「ですから! 私もマスターと一緒の生活をするんです!」
二回言われてようやく言葉の意味がわかった。そう、旋風はこの家で、そして学校生活も共にするらしかった。陽嗚はさすがに慌てふためき、手を左右に振る。
「えぇ!? いやいや! 皆、旋風のことなんて知らない——」
陽嗚の言葉を遮って旋風は言う。その顔はどことなく真剣な顔つきだった。
「契約した瞬間から契約者、つまり陽嗚君に関係する人全てと認識があるようになるんです!」
「つまり……もう遥たちは旋風の存在を知ってるってことか?」
「そういうことですっ!」
胸を張って旋風は笑顔で言うが、そんなこと本当にあるのだろうか?
だが自分は昨日の戦闘、それに旋風の言う事は信じがたいが嘘ではなかったので信じざるを得ない。
「あ! マスター! 早く降りてきて食べないと冷めちゃいます!」
旋風は陽嗚のために朝飯を作ってくれたようだった。それにしてもマスターという呼び方は、と陽嗚はどこか違和感を感じる呼ばれ方に首を傾げる。
「あぁ、じゃあいただこうかな…? それと、旋風」
「はい?」
降りようとしていた旋風が顔だけ陽嗚に見せる。
「マスターはやめてくれ。普通に……その……昨日みたいに陽嗚って呼んでくれないか?」
その言葉に数秒、旋風はキョトンとした顔をしていたがすぐに笑顔になって「はい!」と答えた。
朝飯を作ってくれる人がいるということがどれだけ幸せなことか。
それも、すごく美味しい料理を。しかし、それは本当にどれほど幸福なことなのかを旋風の作った食事を食べて、陽嗚は身をもって知ることになる。
「うぐっ……!」
「だ、大丈夫ですか? 陽嗚君」
旋風が心配そうに陽嗚の顔を覗くが原因は間違いなく旋風であった。
その原因の元、それは——旋風の料理。
「だ、大丈夫……うっ!」
無理をして陽嗚は笑ってみせるが、体は正直なようで腹が幾度となく悲鳴をあげている。
(せ……せっかく旋風が僕のために作ってくれたんだから……た、食べないと……! ううっ……!)
だが状態は非常にまずい。痛みを越してなにやらめまいまで起きてくる。
「わ、私のせいで……!」
旋風は悲しい声で俯く。ますますこうしてはいられない。陽嗚は何とか力の限りに立ち上がり、笑顔を作る。実に厳しい笑顔ではあったが。
「な、治ったよっ! だ、大丈夫! ほら!」
無理して立ち上がる。必死で暴れる腹を隠しながら。
「本当……ですか?」
少し涙目の旋風が顔を上げて自分を見る。これが上目遣いというものなのだろうかと、こういう状況ながらも陽嗚は思った。だが、そんな幸せな余韻を楽しむことなど今の状態では到底出来ない。
「う、うんっ! 大丈夫! あーお腹いっぱいだ! さぁっ! 学校に行く用意をしよう!」
「え? あ、はい」
旋風の手を取り、急いで別の場所へと移動する。
やや強引だとは思ったが仕方ない。この強烈な匂いの放つ何かから早く遠ざかりたかった。
「はぁ……なんとか家の中にあった胃薬で治せたけど…」
腹をさすりながら陽嗚は呟く。
いくらなんでもあの恐怖の食事を何度も食ったら数日で死んでしまうだろう。
遥の食事が途端に恋しくなる。さっきのもので昨日食べた朝飯の味が思い出せない。
しかし、真心込めて旋風は作ってくれたのだからそれを拒否することは出来ない。
なかなかして悩みどころであった。
「陽嗚君! 着替えました!」
別室の方から旋風の声が聞こえ、ドアが開ける音がする。振り向くと、そこにいたのは——
「おぉ……」
思わず感嘆の声をあげてしまうほど、制服がよく似合っていた。確か人間じゃなくて天使だった、よな? と確かめたくなるほどである。
しかし、どうして自分の学校の女子制服を持っているのだろうと不思議に思う陽嗚だったが、そんな考えも陽気な旋風の声で遮られる。
「どうですか!?」
旋風が近寄って聞いてくる。その笑顔が眩しい。先ほどの凶悪料理を作った張本人とは思えないほどに。
「あ、あぁ、うん。似合ってるし、可愛いと思うよ」
陽嗚にとってこれはお世辞ではなく、本音だった。
本当に似合っていて、可愛かった。遥も美少女だが旋風も全然負けていない。
初々しい青いブレザーがまさに学生といわせるもののように存在感を溢れ出させていた。
「じゃ、いきましょうか!」
旋風が笑顔で陽嗚に声をかける。そんな眩しい笑顔を見ていたら、いつの間にか腹の痛みも少し治まっていた。これなら何とか学校に通えるだろう。よかったと胸を撫で下ろす陽嗚。
「そうだね。行こうか」
そんな眩しい笑顔をずっと見せている旋風は、本当に天使か人間かなんてわからないほどだった。
昨日、天使の喰った記憶を解放している時の旋風とは到底思えない。
どうやら戦闘時のあの姿こそが"堕天使"と呼ぶスタイルらしく、普段は天使のスタイルらしい。
なので現在は天使ということだが、正直天使のスタイルのほうがいい。あんな冷血で死ぬことを恐れていないような旋風の顔は見たくないと思った。
信じがたい話に、自分の消された過去。
いずれは知らなくてはならない"前の自分"の死因。
目の前で嬉しそうに笑う天使を見ながら、陽嗚は複雑な思いのままでいた。