ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エンゼルフォール オリキャラ少々募集 ( No.39 )
日時: 2011/05/14 01:07
名前: 遮犬 (ID: KnqGOOT/)

急ぎ、空き地へと向かった陽嗚が向かっている中、炬鳥たちはその登場を今か今かと待ち望んでいた。
薄暗い誰も近寄らなさそうな空き地に人影が三つほど見える。そこには携帯電話から耳を離そうとしている炬鳥の姿があった。

「ったく……人がせっかく呼んでやったのに…なんやぁ? アイツ」

携帯電話を閉じ、ポケットの中に収める。ショートヘアの女性、炬鳥は頭を男っぽく掻く。

「うっ……!」

その前方には傷だらけの旋風の姿と槍のような棒状の武器を持っている男がいた。

「龍尾! 来るんやとよ。まだ物足りひんやろ?」

男に炬鳥は話しかける。すると男はその言葉に対して決して旋風から目を背けようとせずに、一瞬の隙も与えないように監視しながら返事を返した。

「あぁ……やはり、契約者たる者がいなければいくら"トップクラス級"の天使といえど弱すぎるな……」

龍尾と呼ばれた男は槍のような物を縦横無尽に振り回し、地面へと突き立てる。

「ま……天使の力をロクに使えこなせへんやつがきても全く面白みないけどなぁ? とりあえずー……」

少々短いショートヘアの髪を翻し、炬鳥は命じる。

「強かったら手に入れようかとおもたけど……弱かったから、いらんわ。龍尾、とどめ刺してええで!」

その言葉と同時に龍尾は槍を大きく構える。目標はもちろん、倒れて気絶しかけている旋風である。

「……お前とは本当の力同士でやり合いたかったが……仕方ない、マスターの命令だ。——御免!」

龍尾がものすごい速度で槍を振り落とそうとしたその刹那のことだった。

「やめろぉおおお!!」

「!?」

龍尾は槍を旋風の喉元で止める。そして声のした方へと目を向けた。
そこにいたのは、息を切らし、両膝に手を乗せている少年だった。片方の手には翡翠色に輝くネックレスを持っている。

「ようやくきたんかぃ! お前の"道具"はとっくにボロボロやでっ!」

炬鳥が興奮したかのように騒ぎ立てるがその言葉を無視して旋風にかけよる。
龍尾は何を考えたのか、無言で後退を行った。

「おいっ! 旋風! しっかりしろっ! 旋風っ!」

幾度となく呼びかけると旋風の目がゆっくり開いた。力の無い声を旋風は陽嗚の顔を見ながら発した。

「陽嗚……君……? どうしてここに……?」
「どうしてこうもないだろっ! 何で僕なんかのためにっ…!」

そう、旋風は自分のせいで傷ついたのだ。自分みたいな生きている資格もわからないやつのために。
その行動が陽嗚には理解出来なかった。昨日初めて会ったばかりのやつに、である。
何故ここまでする必要がある? 自分が傷ついてまで、何故他人のことを思いやる?
そんな心が陽嗚にはわからなかった。いや、わかってしまったら自分は何なのかが見失うような気がして、怖かったのかもしれない。
旋風を抱き締めて、声をかけたいはずなのに、言葉が出ない。傷ついた旋風はそれでも笑顔で言った。

「私は……陽嗚君の、天使ですよ? 天使は幸せにするってどこの童話にでもあるじゃないですか」

傷つきながらも、そう笑って言うのだ。
その言葉が、陽嗚の涙腺を刺激し、瞳から涙というものが零れ落ちる。
涙なんてものが、まだ僕にはあったんだ。そんなことを、陽嗚は思い浮かべながら。

「何……言ってるんだよ……! 僕なんかのために……!! 僕に、幸せになる資格なんて——」
「ありますよ。資格なら」
「え……?」

陽嗚はただただ驚いた。そしてやっと気付いた。
——旋風の手が、こんなにも冷たいことを。
どうして今まで、そんな些細なことにさえも気付かなかったのだろう。
旋風は、決して独りよがりで自分を励ましていたのではない。そう気付いたのだ。

「だって……ほら、今も温かいじゃないですか」

陽嗚の頬を触って言う。冷たい手が、僕の頬に染みていく。熱く火照った自分の頬を、冷ます手。
何で、こんなにも冷たいんだろうか。

「あなたは生きてるんです。ここにいるんです。幸せになれないはずなんてないじゃないですか」

笑って、陽嗚に言った。旋風は、一体何を思ってそんなことを言うのだろうか。
旋風は、自分は傷ついても構わない。そう言っているような気がして、陽嗚は怖かった。
何かが、怖かったのだ。

「——はっ! 何が"幸せ"やっ!」

炬鳥が真正面の方から怒りを混ぜた声を放つ。その声に陽嗚は反応し、前方を見た。

「大事なもん失って、何が幸せなんやっ! おどれらは何も知らんのやっ!」

炬鳥は大声を張り上げて怒鳴り声で陽嗚たちに向かって言う。

「おどれらは家族が目の前で殺された経験、あるんかいっ!」
「なっ……?」

炬鳥の口から出たのは、炬鳥自身の哀しい過去だった。それは、とても陽嗚に分かるものではない。

「知らんかったら教えといたるわっ! 天使代行の記憶はなぁ! 何も全部取られたわけちゃうっ! 憎しみ、憤怒、悲しみという負の記憶だけ残るんやっ!」
「負の……記憶……?」

陽嗚には最初からそんな負の記憶などというものは存在しなかった。ただ、空白が残るのみ。
文字などは頭にインプットされておらず、ただただスペースがあるのみなのだ。
何もない、真っ白な世界だった。だが、この女性は、忘れたいはずの過去だけが残っている。

果たして、どちらのほうが良いのだろうか?

憎しみだけの、復讐の記憶の宿ったもの。真っ白な、何も覚えていないもう一人の自分のもの。

「お前らみたいなやつが……! あたしは一番ムカつくんじゃっ! 龍尾!」

男の名を叫んだ瞬間、ものすごいスピードで陽嗚たちに迫ってきた。

「くっ!」

気絶した旋風を抱えているため、身動きが取れない。
せめて旋風だけは守ろうと、旋風をかばうようにして抱き締め、陽嗚は目を瞑った——が、その刹那。
刃物と刃物が交じり合う音が聞こえた。ゆっくりと陽嗚が目を開けるとそこには

「……!? まさか、お前は……!」

龍尾が驚きの声を示している。
陽嗚の目の前にいるのは、黒いコート、黒いマフラー、全てを黒で装った銀色の髪の男だった。
その男は龍尾の槍を長く、厚い長刀で受け止めていた。

「れ……レイヴン……!」

炬鳥がその男の名を呼んだ後、男はゆっくりと口を開いた。

「こいつらを殺らせるわけにはいかない。……どうしてもというのなら……俺が相手をしよう」

龍尾はすぐさま後退する。さっきまでとは一変し、顔をさらに凄みを増して真顔になっている。

「……炬鳥。分が悪い」

その一言を炬鳥へと龍尾は言葉だけで告げる。
それはこの男から目を離した瞬間、どのような攻撃を仕掛けてくるのか分からないためである。
もし一瞬の隙でも許せば、首が飛ぶかもしれない。そんな緊迫感の中でいた。

「あぁ! わかっとるわっ! ……なんでこんなところにレイヴンが出んねん……!」

と、悔しそうに一言漏らし、炬鳥と龍尾は去っていった。

「あ……あの! ありがとうございます!」

陽嗚はレイヴンと呼ばれた男に深く礼を言う。
赤く光るレイヴンの目はどこか不気味で、何かを感じさせられるようなものだった。

「……礼はいい。それより、お前のパートナーが危ないと思うが」
「ッ!? 旋風? すごい熱がある……!? 今すぐ家に戻って休ませないと!」

額を触るとものすごい高熱を出していることがすぐにわかった。その様子をまるで見下しているかのようにしてレイヴンは口を開いた。

「すぐに手当てしたほうがいい。早く家に帰って休ませてやれ」
「あ……はいっ! あの……?」

陽嗚が旋風から男に顔を向けると、そこにはもう男の姿はなかった。

「一体、何者なんだ……?」

陽嗚はそう呟いた後、高熱を出している旋風を背負って家へと歩き出した。
その道中、陽嗚はあの炬鳥という女性の言葉が気になっていた。
"負の記憶しか持たずに、復讐の念を残したままの記憶"。
そうだとしたら自分はまだ良いほうだったのかもしれない。

だが、炬鳥の言葉は、奥深くまで、陽嗚の心に響き続けていた。