ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エンゼルフォール  ( No.79 )
日時: 2011/04/25 18:50
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 3Xsa0XVt)

薄暗い建物の前。そこには荒れた荒野が広がっていた。
まだ昼ぐらいだというのに、この異様な雰囲気と冷たさを醸し出しているのは天気のせいだろう。
曇天の空は冷たく、一歩ずつ確実に歩んでいく旋風を拒むかのように。
——小さき雨が、旋風の頭上を舞っていた。

「あ、やっぱり来たんだ」

建物の中から聞こえた声。若く、まだ幼い印象を持つ少年がいた。
少年は、旋風の姿を見るや否や、笑顔となる。

「いやぁ、嬉しいよ。探す手間も何もなくなった」

その無邪気に見える笑顔を崩さないまま、いつの間にか立ち止まっている旋風の元へと歩いてくる。

「一つ、お願いして欲しい」

旋風は何かを決心したような眼でその少年を見た。
少年は立ち止まり、ため息一つ吐くと「なんだい?」と、腰に手を当てて言った。

「陽嗚君には、手を出さないでください」
「陽嗚?」

少年は聞きなれない名前に首を傾げる。
だがすぐに閃いたような顔をして旋風に笑顔を向けていった。

「あぁ! 君の傍にいる天使代行ね! もちろんだよ!」

雨に少し言葉が遮られるが何とか聞き取る。
だが、そんな雨だと一つも気にせずに旋風は言う。

「——じゃあ……私を、殺してください」と。






「どこにいるんだ……! 旋風!」

陽嗚のその頃、町中を走り回っていた。
家のどこを探してもあの翡翠のペンダントは見つからない。
ということは旋風が持っていったのだ。
そしてさらに自分を置いてどこかに去った。それは何を意味するのか。

——あなたは生きてるんです。ここにいるんです。幸せになれないはずなんてないじゃないですか

この言葉が脳裏に浮かぶ。
よく考えたらこの言葉はどこかおかしかった。
——まるで、自分は生きていなく、なおかつ幸せになんてなれないような口ぶり。
そして、遥と出会ってからも様子がおかしかった。
いつものように元気はなく、俯いて、元気が無さそうな感じ。

「一体どうしたんだよっ……! 旋風っ!!」

まだ昼頃。昨日の今頃だろうか、この世界の真実を見たのは。
もう既に、天使によってこの世界は支配されつつあるということ。
人間は生物ではなく、餌のような存在。全てを消え去ってしまう世界改変が起こるかもしれない。
そんなこと、今は正直どうでもよかった。
目の前にずっといてくれた温かさを知れたから。
それはきっと、何よりも変えがたいもので、何よりも大事なものなんだと。
こうやって、消えてしまってから気付いてしまった。
そんな愚かな自分に腹が立って仕方がなかった。

全速力で商店街を駆けていく。
道行く人が訝しげな眼で陽嗚を見ようが、陽嗚は全く気にしなかった。
この大勢の人間の中にも、天使はいるのだろう。
数日間で様々なことを見せられた。それはきっと生前の自分なら到底信じられないことばかりだろう。
自分は、既に死んでいる。その死因は分からない。
いきなり天使代行となり、天使を破壊するやらゴッドイレギュラーを破壊して世界改変を防ぐ。
正直、頭が参っていた。
だけど、旋風がいてくれたから。旋風が傍で、自分の天使となってくれていたから。

「旋風がいたからこそ……僕はっ!!」

何度転げたっていい。守ってあげたい。守りたい。
ただその気持ちで宛てもない旋風を探していた。

商店街を抜き去っても、公園や建物、様々なところを探しても見つからない。
そろそろ体力が限界を超えようとしていた時だった。

「——何を探している」

無愛想な男の声。
その声は聞き覚えがあった。

「お、お前はっ……!」
「また会ったな、東方の天使代行」

長身のその男は、前に戦った相手でもある龍尾だった。
陽嗚は咄嗟に身構える。こいつは敵だと体で認識したという証拠だった。

「いや、戦う気はない。俺はマスターの意向で戦うだけなのだからな」

と、龍尾は言って高らかに笑う。
意外とフレンドリーな堕天使だと思った。よく見ると手にはスーパーの袋を持ち、中には食材が入っている

「あぁ、これか。マスターに買い物を頼まれてな」

と、苦笑する。
龍尾という堕天使はマスターの命令が第一なのだろう。
先日、旋風や俺を相手に殺気を放っていた者とは思えない口ぶりと態度だった。

「ところで……お前は一体汗だくで一体何をしているんだ?」

龍尾は驚いたような顔をして陽嗚の姿を見る。
服は乱れており、汗だくで今にも倒れそうなほど顔を真っ赤にしている陽嗚の姿。
龍尾に言われて陽嗚も初めて自分の姿の有様に気付くが、一つの希望を胸に龍尾に聞くことがあった。

「龍尾だったっけ?」
「あぁ、いかにも」
「教えて欲しいことがあるんだっ!」

龍尾の目前まで近寄り、陽嗚は息切れした声をなんとか落ち着かそうと深呼吸を繰り返す。

「旋風の……旋風の居場所、分からないか?」

その言葉に龍尾はピクリと眉を上に上げる。

「天使代行の場所ならば……確かに察知ぐらいなら出来るが……」
「本当かっ!?」

希望は、何とか当たってくれた。
だが「しかしな……」と、龍尾は付け加える。

「察知は出来るが、場所を確定することは出来ない。それに誰が誰だかはわからない。それでもいいか?」
「あぁっ! 何も分からないよりかマシだっ!」

答えは即答に出た。自分の高鳴る胸や吹き出る汗など気にもせずに、必死に頷く。
その陽嗚の様子がよほど必死で事が重大だと分かった今、龍尾は了承することにした。

「本当は力を貸したらマスターに怒られるんだがな……」

とは言いつつ、察知を行う。根が優しいのだろう。その心に陽嗚は感謝の気持ちを想うばかりだ。

「………」
「ど、どうなんだ?」

いきなり黙り、眼を閉じている龍尾に向かって不安気な声で陽嗚は聞く。
すると、龍尾はやがて眼を開け、陽嗚に報告をした。

「ある一つの建物を中心に……ひどく大きい察知が取れた。これほど大きいのは……ありえん。
今のところ、そこしか察知はなかった。その巨大な力の中に……一つ、少々大きな力が見える」
「そこはどこなんですかっ!?」

陽嗚はその結果を聞くなり、場所を聞く。有無を言わずとも何故か分かった。
そこに、旋風がいると。

「そこはこの街外れの場所にあるが……これが旋風と決まったわけじゃないぞ?
それに、ここまで力が大きいとなると……お前と旋風二人では到底敵わ——」


「それでも! ……それでも、助けるんですっ! 俺は! 目の前の温もり……旋風の! 天使なんだ!」


「……分かった。俺も共に行こう」
「……え?」

予想だにしなかった言葉が龍尾の口から出てきて陽嗚は思わず驚いた顔をしてしまう。

「俺はマスターがいてこそ最大の力を出せるが、今のままでも充分に力は出せる。
かといってもこの巨大な力に勝てる見込みはないが……お前の気持ちは、俺によく伝わった」

龍尾はそういって笑った。
その笑顔には、敵意が全く感じられない。

「あ、ありがとうございます!」

陽嗚は、その言葉に頭を下げ、心より感謝を告げる。
敵という認識はまるでなかった。それは自分の言葉を心から受け止めてくれている。
そんな気がしたのだ。

「では、行こう」
「——え、あっ!」

龍尾は陽嗚の手を掴むと上空へと舞い上がった。
——大切な、温もりの元へと