ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エンゼルフォール 久々に4話更新 ( No.83 )
日時: 2010/12/19 15:04
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: XvkJzdpR)

「あははははっ!!」

笑い声が薄暗い建物の近くで響く。
雨音に少々掻き消されているが甲高いその声はよく響いた。

「自分から死にに? ははっ! これは傑作だぁっ!」

パンパンと手を叩いて笑う少年。目の前で対峙している旋風は真剣な表情で虚空を見つめていた。

「まあ……いっか。君が死んで、契約した力である"本物の旋風"さえ手に入れればいいんだからさ」

少年は不気味に笑いながら一歩ずつ旋風に近寄り、そして——

「なら、お望み通り殺してあげるよ」




「クソッ! こいつら一体何なんだっ!」

陽嗚たちは走っていた。
目標付近へと向かっていた最中、ざわざわと天使たちが寄ってきて襲い掛かってきたのである。

「どうやら俺たちがこの先に行くのを拒んでいるようだな」

龍尾が軽々と長い槍で天使を一網打尽に破壊していく。
陽嗚は戦うのにもいるだろうということで木刀を持っていた。それを振るって攻撃に参加はしている。

「数が多すぎる……!」

雑魚は雑魚でも数が多すぎるので体力が削られていく一方であった。
このままだと、旋風の元に行けないかもしれないという思いが募る。

「おい、先に行け」

不意に龍尾が言った。

「で、でも……!」

「お前には、やらねばならないことがあるだろう。お前が行かなくてどうするというのだ」

二人が話している間にも天使は増援が増えていく。
このままだと本当に追いつけないだろう。

「……ッ! ありがとうございますっ!!」

陽嗚は走り出した。
龍尾に感謝の思いでいっぱいであった。その気持ちを抱きながらも旋風のことが心配で加速していく。
降っている雨など気にもせずに、ただがむしゃらに走り去っていった。

陽嗚は走り去った後、残された龍尾はため息を一つ吐いた。

「俺のマスターも、もう少しあんな風に素直だったらいいのだが……」

呟いて静かに一人、笑う。
槍をゆっくりと構え、振り回す。周りの天使たちに槍が当たり、吹き飛んでいく。
ドンッ! と、思い切り地面に槍の先を叩き付けて言った。

「さぁ、来いっ! 俺がここからは一人で相手を——!?」

「誰が一人や?」

どこからともなく聞こえてくる関西弁の女性の声。
それは龍尾にとって、とても親しみのある声であった。




「うっ……げほっ! げほっ!」

血を口から多量に吐き、倒れる旋風。
真っ赤な血で染まった手がおぞましく感じる少年が笑う。

「苦しいか? 悲しいか? お前一人、逃げたら何もこう苦しむことはなかった。じゃあ何でこうやって苦しんでいる? 答えは簡単だ。お前があの陽嗚とかいう男に同情したからだ」

少年は膝を付き、旋風の髪を引っ張って顔を持ち上げる。

「感情なんて捨ててしまうんじゃなかったのか? お前は生前の記憶を望んでいたのだろう? その代償が必要なんだ。もう、諦めたから言っても無駄だろうけどね」

少年はそうして旋風の腹を蹴り飛ばす。軽く吹っ飛んで水たまりへと落ちる。
雨が、だんだんと強くなってくる。
もう、死ぬという恐怖さえも、冷たさで無くなってくる。

——私は、生きている価値すらもないんです。

——私は、人間を捨てたのです。

——私がいては、貴方の邪魔になる。貴方は自由に生きたいと言った。ならせめて——


——貴方の願いを、叶えたいのです。



「旋風ッ!!」


無くなりかけた光が、目の前に現れた。
雨に打たれ、小さくしか聞こえなかったが確かに届いた。

「嗚……君……?」

腹から、口から血が止まらない。そのせいか上手く話せない。
これは夢なのだろうか。陽嗚がこんなところに来るはずなんてない。

「旋風ッ!!」

しかし、今度はハッキリと聞こえた。
それも、すぐ傍で。手に感触がある。

「陽……く……」

「どうしてこんな……!」

大切な、大切な人が泣いている。
——どうか、どうか泣かないで。そう言って陽嗚の頬をこの手で拭いたかった。

「——君が壊したんじゃないか」

どこからともなく、声が聞こえる。
それも、笑い声混じりの声だった。

「お前が壊したんだよ。旋風を。お前は道具のクセしていきがった」

その少年はよく分からないことを陽嗚に言った。道具? 旋風を壊した?

「何をいって——」

「旋風は、お前を利用しようとしたんだよ。本当の目的はゴッドイレギュラーの破壊なんかじゃない」

少年はさも楽しそうに言った。

「自分の生前の記憶を取り戻すためさ。そのためにお前を捨てようとしたんだ。利用しようとしたんだ」

「旋風……が……?」

陽嗚の愕然とした様子にさらに声を高くして少年は笑い声をあげて言う。

「旋風は特殊な奴でなぁ……! こいつの力はかなり必要なんだ。そのためには本体であるこいつが死ななければならない」

——本体。それはあの戦っている時の冷血な旋風のことだろう。

「俺たちは旋風を狙っていたんだが……お前も実を言うと邪魔なんだよ」

陽嗚を指さしながら少年は言う。

「しかし、お前の願いは普通の生活を送ること。自分がいてはお前の迷惑になると思ったんだろうなぁ……自分の命と引き換えにお前を自由にすることを選んだだ」

「そん……な……!」

陽嗚はその事実を知り、旋風の顔を見つめる。
——旋風は、泣いていた。
涙を流し、血で溢れた口で必死に何かを言う。
口パクだが、分かった。
——ご め ん な さ い
と、言っていたのだろう。
それを告げた後、陽嗚が掴んでいた旋風の手が——雨で水たまりとなった地面に落ちた。
跳ねた水が、旋風の体から流れ落ちた真っ赤な血で染まった水が、陽嗚の顔にかかった。

「つむ……じ? ……旋風……! 旋風っ!!」

陽嗚は必死に旋風に話しかけた。だが、目を瞑ったまま、開く気配がない。
最初から冷たかった手だが、だんだんと色が白くなっていっている気がした。
死んでいく感触を、温もりを傍で感じた気がした。
それを知った瞬間、陽嗚の何かがはじけた。


「旋風ーーッ!!」


虚空に、虚しくその声は響いた。