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Re: エンゼルフォール 久々に4話更新 ( No.84 )
日時: 2011/05/06 19:58
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: KnqGOOT/)

守れなかったのか?
大事なものを、目の前にある温もりにやっと気付けたというのに。
後一歩だったんだ。大切なものに気付くまでに。
やっと、やっと気付けたというのに。

「どうして……ッ!!」

雨音がだんだんと強くなる。
その雨は、目の前で目を瞑って倒れている血の気のない旋風に当たっては弾ける。
真っ赤な血が、雨を滲ませていた。

「ははっ! これは傑作だね! 自分が殺したも同然さ。君が望むことを旋風は与えてくれた。
     ——君は、喜ぶべきなのさ。旋風が死んで」

「僕が……殺した?」

ポツリと呟く陽嗚。
旋風の血の気のない顔を見つめながら旋風との少ない思い出が頭を駆け巡る。

——『旋風……。旋風ですっ!』

——『あなたは一人じゃないですよ。私が、これからは私がついています』

——『思い出なんて、これから作っていけばいいんです! 陽嗚君は……陽嗚君ですから』

——『私もその内の一人なんです。この世界にある"もう一人の自分"を探すために……』

——『私は……陽嗚君の、天使ですよ? 天使は幸せにするってどこの童話にでもあるじゃないですか』

——『だって……ほら、今も温かいじゃないですか』

——『あなたは生きてるんです。ここにいるんです。幸せになれないはずなんてないじゃないですか』


「ずっと……ずっとかよっ! ずっと……! 旋風は、考えてくれていたのか……!
      
俺のことを……!」

涙が自然に零れ落ちる。
眠るようにして倒れている旋風は、とても綺麗に見えた。

「冷たいんだよ……! 旋風! お前の……温もりが……ここにはないんだよ……!」

必死に手を握り締める。
その冷たさは雨によって、血の気の引きによって死人そのものだった。

「旋風は……! 僕の天使なんだろ? 幸せにしてくれるんだろ? 僕はこんなの全然幸せじゃない!」

そう言うと陽嗚は旋風の小さく、ものすごく冷たい体を抱き締める。


「旋風がいないと……! 
      僕は幸せになれないんだよっ!」


その瞬間、何かが弾けた。
陽嗚の中で、何かが。

「……? これは一体……」

少年が途端に笑顔から怪訝な顔に変わり、呟いた。
何か、巨大な力がある。さっきまでは何も感じなかったはずの巨大な力が。

「まさか……こいつが?」

陽嗚を見つめる少年。
すると、陽嗚の周りが揺れているような感覚に陥った。
自分自身の目眩なのか、それとも陽嗚というこの少年が見せている現実なのか。

「旋風……!」

そして、陽嗚の右腕が光った。神々しく、白い光に包まれていく。

「一体何なんだ……?」

その光は、唸りをあげて周り一帯を包み込んだ。

心の中で、陽嗚に何者かの声が語りかけてくる。


『——やっと、気付いてくれたんだね。君の、大切な温もりの在り処を——』


光が消え、視界が戻った時に少年の目に映ったのは——右腕にガントレットを装着した陽嗚だった。

「ガントレット……?」

その他に変わったものは特になかった。
ガントレットが装備されている。それも右腕のみという不思議な状態であった。

「はは……! 何かと思えばガントレットただ一つ!? それも片方のみかい?」

少年は笑う。巨大な力というのは、あの片腕のガントレットだけだと知ったことの安心さゆえだろうか。

「それで一体何をするつもりかな? いくらなんでも……魔天使をナメすぎだよ? 君」

だが、その言葉にも反応しない陽嗚。
ただ、無表情で無感情なように見える。

「……ま、いいや。君もその旋風同様——殺してあげるからさっ!」

少年は思い切りよく駆け出したと思いきや、すぐさま陽嗚の近くに行き、手刀の構えをし——

「じゃあね?」

と、言うとそれを勢いつけて陽嗚の腹に突き刺す——はずだった。

「な——ッ!」

それよりも速く、陽嗚は右腕で少年を殴りつけていた。
少年はそのまま勢いよく吹っ飛ばされる。

「……お前を——破壊する」

陽嗚はそう言い放ち、右腕を少年の前へと突き出した。

(ば、バカな……!)

少年は信じられないことに直面したかのように歯を食いしばる。

(何故……! 何故ここまで急激的に強さが上がっている!?)

通常の人間だと逆に陽嗚をナメていた少年にとってそれはありえないことだった。

「——神の義肢手ガントレットだな」

どこからともなく声が聞こえてくる。
その正体は建物の上にいた黒尽くめの男。

「レイヴン……!」

少年は殴られた胸を押さえながら呟く。
それは魔天使側にとって最低最悪の敵たる者だった。

「今はまだ全然だが……磨けばこいつは強くなる」

レイヴンは陽嗚を見ながら呟いた。
陽嗚は目に感情がこもっておらず、まるで生気の抜けた人形のようだった。

(原因は——あれか)

陽嗚の近くにいる旋風の姿。
よほど深い傷を負っているように遠くからでも分かった。

「力を引き出すきっかけになったといえる……か。好都合だ。ご苦労だったな、お前」

少年に向けてレイヴンが言う。
その言葉はどれも冷たく、殺気に満ちているように感じた。

「俺を倒そうっていうのかい? まだ俺は"力"を出していないんだぜ?」

少年は平然を装ってレイヴンを相手に言った。
だが、相手にせずにレイヴンは陽嗚の元へと近寄る。

「お前は、やはり俺の目的に必要な人間だったな」

レイヴンが近づいてきたことを陽嗚は気付くと、ガントレットを唸りながらレイヴンにぶつけようとする。
が、レイヴンは軽々とそれを避け、代わりに凄まじい速度で陽嗚の腹部に拳を打ち込んだ。

「がっ——!」
「もういい。大人しくしていろ」

レイヴンの腕から崩れ落ちる陽嗚。
レイヴンが後ろを振り向いた時には既に少年の姿は消えていた。

「——交換条件だ。旋風とやらを助ける代わりに——お前に、俺の計画を手伝ってもらう」

陽嗚は既に気絶しているというのにレイヴンは陽嗚に語りかけていた。

雨が、並んで倒れている旋風と陽嗚を悲しく彩っていた。