ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エンゼルフォール 二期スタートっ ( No.88 )
日時: 2011/05/19 16:26
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: KnqGOOT/)

あれから数週間が経った。
レイヴンが旋風の体を回復させ、見事旋風は生きながらえることが出来た。しかし、その代償は——

「失われし存在を探せ」

その言葉を残し、レイヴンは去っていった。失われし存在。それは一体何を意味するのか。そして一体それはどこにあるのか。形あるものなのか。
存在、と名についてあるぐらいなので形のあるものなのではないのか。そう思考錯誤するが、今のところ情報的に皆無であった。
エンゼルフォールシステムは始まりを見せてから早くも数週間が経ったとは思えない穏やかな時間が二人に訪れていた。
ただ、陽嗚はレイヴンから教えてもらったとある人物の元に通うことが義務付けられた。
それもすべて、強くなるため。もう何も失わないため。現実に目を背けず、しっかりと前を歩いていくため。
強くなるだけで、こんなにも重い。しかし、その重い足取りが陽嗚を動かしているのもまた事実だった。

「陽嗚君? そろそろ出かける時間ですか?」
「え? あぁ、うん」

陽嗚は出かける用意をしながら考え事をしていた。
それは、遥のこと。遥は前以上にハキハキと陽嗚に話しかけてくる。しかし、家には来てくれないし、一緒に行こうなんてことも言わない。
陽嗚が旋風と通っているからなのか。それともまた別の何かか。
どちらにせよ、どこか他人のような感じに違和感を感じていた。一体遥に何があったんだろう。そんなことを思いながら、陽嗚は靴紐を結んでいた。
あれから龍尾もどうなったか陽嗚には分からない。助けてくれたお礼も十分にいえないままで、時は過ぎ去っていた。
前のように旋風を襲いにこないし、どこか龍尾さんは堕天使というより、人間臭かった。そのせいか、どうしても敵だと思えないのだ。
陽嗚は手元付近にあるバッグを右肩にかけて立ち上がる。

「どうしました? 何か考え事、とか?」
「いや、なんでもないよ。旋風、何かあったら僕のところに——」
「分かってます。陽嗚君も強くなるために頑張ってるんですから、私も頑張ります」

笑顔で旋風は陽嗚に言った。その笑顔が凄く温かくて、陽嗚にとってその笑顔はまるで女神のようだった。
癒される、そんな感覚とは別に、ありがたいという気持ちすらも湧いてくる。

「ありがとう」
「え?」

つい呟いてしまったお礼の言葉に、陽嗚は自分で言ったにも関わらず、口を押さえる。

「い、いやっ! な、なんでもないよっ!」
「?」

首を傾げてこちらを不思議そうに見る旋風から逃げるようにして「いってきます!」と声を大きくあげて出て行った。
外に出ると、まだ朝方だからか、眩しい日差しが陽嗚の目元に差し込む。眩しそうに右腕で顔を隠し、陽嗚は太陽を見上げた。
旋風は自分のもう一人の存在を探す。そのためにも頑張っている。フォルティスの居場所もいまだ分からないし、エンゼルフォールシステム自体もちょくちょく発動するぐらいで、天使の大量発生ぐらいしか起きない。
並大抵の天使相手なら陽嗚は一人で戦えるレベルになっていた。
セミの鳴き声が夏なのだと感じさせられる。その鳴き声を聞くことで少し脳裏に過ぎる言葉の羅列。

『——でしょ?』
「っ……!」

痛みが頭に走り、咄嗟に手で押さえる。この痛みがあると、毎度のことのように何かの言葉が陽嗚の脳裏に響き渡る。
それが何か意味があるような気がして、陽嗚は苦しみの中に希望を望んでいた。
しかしそれも一瞬のこと。それで何が分かるというわけでもない。

「……行こう」

陽嗚は一言、呟いて歩き出した。

向かった先は、陽嗚の家から徒歩で30分程度の場所にある坂道上の神社。
周りに林が生えており、坂道を登りきらなければ神社の状態がどうにもわかりづらい。
都会から外れた郊外に位置し、どうにも殺風景な場所である。

「ふう……登るか……」

気合をいれ、頬を両手で叩いた後、「よしっ!」と掛け声を出して陽嗚は坂道を登り始めた。
何分経っただろう。あまり経った気がしないような、したような。変な感覚である。
ようやく見えてきた神社の輪郭は、さながら日本の文化を思い出させる風格。
昔から建っていたのだと分かる古びた感じの匂いと振る舞いが何ともいえない。敷地はなかなか広く、坂道を登りきった場所から本堂まで少し距離がある。
こんなところで鬼ごっこなんてやったら楽しいかもしれない。そう思いながら陽尾は少し慣れてきた本堂への道を歩く。
が、その時だった。

「ッ!?」

ガツッ! と、何かが当たる音がする。陽嗚は反射的にその場から退き、避ける。
陽嗚がいた場所には、いつの間にか巫女服を着た可愛らしい女の子がいた。そのすぐ隣には弓矢が刺さっている。

「もう避けられるようになっちゃったか」

その女の子は、可愛らしい風貌に似合わず、弓矢を持ちながら笑う。その笑顔には大抵の男は惚気ることだろう。
緑の長髪、黄緑の瞳が陽嗚を見つめていた。

「いや、まだ遅いっ!」

本堂の方から声が聞こえる。この声の持ち主こそ、陽嗚を鍛える師匠たる人であった。
ゆっくりと歩いてくるその人物は、凛とした感じの美女だった。
綺麗な長い黒髪は惚れ惚れするように煌いている。同じく巫女服を着ているが、とても似合っている感じがする。一言で言うと、大和撫子といったところか。

恩恵めぐみ、手加減は無用だ。先ほどの攻撃も甘かろう」
「そうですか? 半ば本気だったんですけど……神無月さんからすると遅かったですか?」

可愛らしく、恩恵と呼ばれた——堕天使は言った。
神無月、という名前の陽嗚の師匠たる人は恩恵の言葉をスルーし、陽嗚を見つめる。

「早く」
「へ……?」

その一連のやり取りに少々戸惑っている陽嗚は早く、といった神無月の言葉を間の抜けた声で返してしまう。

「早く着替えて来いといっておるっ! 早く行け!!」
「は、はいぃっ!!」

神無月の怒鳴り声に、急いで陽嗚は本堂へと逃げ込んだ。

「全く……」

神無月は手に持っていた刀を抜き、振るう。綺麗な白刃が太陽に照らされて煌く。

「これで何回目だ?」
「えーと、5回ですね」
「違う。あのバカの間抜けた行動の回数ではない。……あの"クソなシステム"が繰り返された回数だ」
「それはー……何回目でしょう?」

恩恵の気まずそうな声に、神無月はふっ、と鼻で笑う。

「それもそうか。全てリセットされるのだからな」
「神無月さん……」
「恩恵。今度こそは、このシステムをシャットダウンさせる。……いいな?」

神無月の凛とした顔が恩恵を捉える。
その表情にしばしば返答に困ったが、恩恵は大きく頷いて笑った。

「はいっ! 私も、自然におかされた環境を変えなくてはなりませんから!」
「あぁ。きっと叶える。きっとだ」

神無月はそう言い切った後、刀を鞘の中へと納めた後に太陽を見上げた。
眩しい光が、神無月に降り注いだ。




旋風はその頃、家の家事などを済ませた後に向かう場所があった。
それも、レイヴンからの指定された場所でもある。

『お前は、お前の中にいる旋風と向き合え』

その言葉の意味がよく理解は出来なかったが、そのことが自分の人間だった時の記憶に繋がるという。
私はそのために、記憶の手がかりを探すためにある場所を目指す。
そこは、古ぼけた図書館だった。活動しているのかさえも分からないその古ぼけた図書館は、入り口が封鎖されていた。
やはり活動そのものはしていないようだ。しかし、ここが指定場所のはず。よく見ると、その入り口の中に一つだけギリギリ入り込める場所があることを見つけた。

「ここから……」

旋風はその中を何とか入り込み、図書館内へと侵入した。
ギィィッと、いかにも年代物の感じを漂わせる音が扉を開くと同時に聞こえた。

「お邪魔しまーす……」

律儀にお邪魔します、と言ってから旋風は中を覗いた。
簡単に言えば、その中は本の山だった。
山積みにされた本や、本棚の上にまた本棚、というふうに連続的に本が連なっている。まるで御伽話の世界のような感じがした。
その時、ガタガタガタっと物音が奥の方から聞こえた。誰かいるのかと旋風は急いで中に入った。

「うわぁあっ!」

それから少し遅れて悲鳴に似たもの。それが奥の方から聞こえるのだから、これは誰かいるに違いない。確信へと変わった瞬間だった。

「だ、誰かそこにいるのかい? 助けてくれないか?」

本の山に下敷きになっているのであろう。奥には本の山が詰まれており、その中から声が聞こえたのだ。

「い、今待っててくださいね! すぐ助けます!」

旋風は急いで本の山を動かしにかかった。
一つ一つが重く、分厚かったため時間は少々かかってしまったが、中から出てきた一人の人間は何とも怪我が見られなかった。

「あ、ありがとう。助かったよー……」

ふぅ、とため息を吐いて安堵するその眼鏡をかけたボサボサ頭で何故か白衣に似たものを着ているその男は、どうにも異様な感じがした。

「あ、僕は西崎 守(にしざき まもる)。通称、埋もれ本っていうあだ名がついてる。よろしくー……えーっと、旋風さん?」
「は、はい! ……えっと、どうして私の名前を?」

すると、西崎は眼鏡をクイッと上にあげて自信有り気に答えた。

「超能力だよっ!」
「は、はぁ……」
「あ、もう一つ。別名で変人オカルトマニアと呼ばれるけど、それは気にしないでね!」

もう一つの別名に妙に納得してしまった旋風であった。
一体ここで何を取り戻すというのだろう。そんな疑問を抱えながら、旋風はこの西崎という男を見つめていた。