ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エンゼルフォール ( No.9 )
日時: 2011/05/09 23:03
名前: 遮犬 (ID: KnqGOOT/)

『——起きて……』

……なんだ?

『——起きて、起きて』

……誰なんだ?

『——私のこと……思い出して』

ッ!?



「起きろ〜〜!」

頭の中に、突如高い女の子の声が響くのと同時に飛び起きる。

「うわぁっ!!」

目を覚ますとそこは普通の何気ない部屋。と、目の前にいる女の子の顔。

「陽嗚?(ひお) 何回も私が起こさないと本当に起きれないんじゃないの?」
「え……」

僕は愕然とした。

「ねえ! ちょっと! 聞いてるの!?」

だって僕は——

「……だっけ?」
「え!? なんて? もっとハッキリと——」


「だれ……だっけ?」


「——え?」

この少女のことも、自分のことも、何一つ覚えていなかったのだから。

「はぁ〜……とうとう重症ね……」

目の前にいる可愛らしい少女は頭を抱える。

「私の名前は花坂 遥(はなざか はるか)! 毎回陽嗚を起こしてるの私なんだけど?」

怒ったような顔で遥と名乗る少女は陽嗚を見つめる。

「あぁ……ごめん。ちょっと調子悪くて……」

陽嗚はわざと言い訳をした。必死にその場を誤魔化したかったのだ。

「え、大丈夫? 何か持ってこよっか?」

途端に遥は陽嗚のことを心配したような顔で見つめた。
陽嗚はその遥の顔に少々顔が赤くなる。

「顔、赤くなってるけど……本当に熱あるんじゃない?」

そういって遥は陽嗚のデコに手を当てた。

「え、あ、の……大丈夫……だから……」


手だけではなく、顔も近づいたため、体温がまたも上がる。

「……これ本気で熱あると思うんだけど……」

遥は一つため息を吐いて立ち上がる。

「よしっ! じゃあ陽嗚のため……じゃなくて、今日の朝飯はおかゆでも作ろうかな」

なんていうかバレバレな嘘をいいつつ自分のことを心配してくれているということがよくわかった、けど

違う。ダメだ。僕は、陽嗚じゃないんだ。

(記憶が……君が知っている、陽嗚は……僕じゃない。僕は一体何なんだ? 一体僕は……誰なんだ?)

陽嗚は遥が部屋を出て行った後、頭を抱えてうずくまる。
自分が何者かわからない恐ろしさが身を包む。わけがわからなかった。

(僕は……そうだ。滝のようなところから落ちて……それからどうなった?)

答えがこんな穏やかな日常なんて考えられなかった。自分は何をしているか。アレは、夢だったのか。

(たとえあれが夢だったとしても……僕は、記憶がないんだ……何一つ)

色々考えている内にエプロン姿に着替えた遥が部屋を開けて笑顔で手招きをする。

「出来たわよ? 早くきてきて」

笑顔で遥は僕の手を引っ張り、強引に連れて行く。
罪悪感が陽嗚を襲う。だが必死で平静を取り戻し、遥のいる元へと向かっていった。

向かったテーブルには並べられたおかゆや他のおかずがあり、それらを目で見て、すぐさま席に座る。
いただきます、と元気そうな声で言う遥がとても輝いていて——とても、辛かった。
目の前にあるおかゆをゆっくりと陽嗚は口に運ぶ。その様子をじっと遥は見つめている。

「……どう? おいしい?」
「……うん、すごくおいしいよ。ありがとう」

陽嗚は微笑んで遥にいった。
実際ものすごく料理は美味しかった。おかゆも味がないのではなく、優しさに溢れていた。

「えっ……! あ、な、なんでいきなりそんな事……」

ちょっと顔を赤くし、驚いた顔で遥は言った。その態度に陽嗚は首を傾げる。

「え? おかしかった?」
「おかしいも何も……今までそんなことあんまり言ってなかったじゃない」
「ッ……!」

僕の前の陽嗚は僕みたいなことは言わなかったみたいだ。なんていう贅沢なんだろうと思った。
こんな優しい環境があって…僕は何一つ覚えていないというのに。
食事も済み、僕は学校へ行く支度をするために多少フラつきながらも服があるであろうタンスへと向かう。

「本当に陽嗚、大丈夫? 衣服の場所まで忘れてるなんて…病院行った方が良いんじゃない?」

どうやらタンスの方では無さそうだ。
アルツハイマー辺りの症状を思われているのかわからないが心配そうな目で見てくる。

「いや、大丈夫だよ。まだ寝ぼけてるみたいだ」

苦笑しながら遥に言う。必死に記憶のないことを隠しながら。

「……陽嗚? ちょっと今日、いつもとおかしくない……?」
「えっ……」

自分が陽嗚という少年を演じているのがバレたのだろうか。
しかし陽嗚はなんて答えたらいいのかわからず、そのまま押し黙る。それしかなかった。

「……ま、そんなはずないかっ! だって陽嗚だもんね」

笑顔で遥はそういって玄関まで行く。
その姿に思わず安堵のため息が漏れる。

「ほら! 早く行かないと遅れるよ〜?」
「あ、うん」

僕は遥に導かれるかのように玄関まで走っていった。




学校生活は正直、楽しかった。

「よっ! 陽嗚! お前相変わらずアホ面してんな〜」
「えっと……」

僕が教室に入ると声をかけてきたのは元気そうな男子だった。

「ちょっと! 登っ!(のぼる) 陽嗚からかってる暇あったら手伝いなさいよっ!」

横から活発そうな感じの女子が陽嗚に話しかけていた活発少年に言った。

「あぁ、はいはい……まったく、未来みくはうるせぇんだからよ……」

頭を掻きながら登は未来の方へ向いて返事を返す。すごく面倒臭そうだ。

「ったく……。あ、陽嗚! あんたも手伝いなさいって!」

と、手招きをする未来。それに流されるように陽嗚は適当に返事をした。
とりあえずこの二人の名前が分かっただけでもまだよかった。
他に分かったことは僕は高校1年生だということ。クラスは2組。
姓は柊というらしい。家に貼ってあったのを見ると柊と書いていたためである。つまり僕は柊 陽嗚…。
そして陽嗚はクラスの仲間達にも結構好かれているらしく、廊下でもよくクラスの人に話しかけられる。
大体がアホ面してるな、今日も。といわれるのはこのさい気にしない。

特に仲が良いのは遥とこの登っていう男子と未来っていう女子のようだった。

「おはよー、未来」

その関係はどうやら遥も同じのようだった。

「おっ! 遥〜! 今日も仲良く陽嗚と登校かぃ?」
「違っ! ……そんなんじゃないってば!」

赤面になりながらも遥は僕のほうをチラッと見てくる。

「ははっ、ま、いつもの感じだなぁ〜お前らは」

登が大きな声で笑いながら言う。
陽嗚はそんな三人の姿をただ笑って誤魔化すしかなかった。

(僕は、何がしたいんだろうか)

だんだんそう思えてきたのだ。

「陽嗚? 早くこれ作ってよっ!」

と、未来から差し出されたのは折り紙。

「……何を?」
「何をって……折り紙でほら、アレ作るの」

未来が指を向けた先には他のクラスメイトが持っている折り紙の何か。

「ほらっ! いつもの感じで!」

と、言われても陽嗚はやり方を全く知らない……はずだった。

「……ほら、出来たよ」

自然に手が動いたのだ。見たこともないはずなのに。

「おー! さすが! 手が器用だねぇ」

そういって満足気に未来は折り紙の何かを持っていった。

——心が、痛くなった。

いや、心なんて、無いに等しい。


僕はもう、陽嗚という少年ではないのだから。