ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 鬼紅葉 ( No.3 )
日時: 2010/10/20 20:24
名前: るりぃ ◆wh4261y8c6 (ID: UiZuvylZ)

今日は、麓に降りて作りためていた織物を売った。
いつものように問屋に行って。
出来るだけ会話をしないように。
笑顔を浮かべた店員らしき娘に

「鬼紅さんの織物は評判がいいですよ。」

と言われたが、私は頷くしかできなかった。
必要な道具を補充して。
ヒトのために薬や包帯も。
そうして私は逃げるように家に帰った。
早く。
早く帰りたくて。
走って帰った。
家に上がると、まずヒトを確かめる。
起きた形跡はない。
相変わらず、ただ息をしているだけ。
ヒトの腕にそっと抱きついた。
そうすると心が落ち着いて、怖い事なんて忘れてしまえそうだった。
ねえ、聞いて?
今日はとても怖かったの。
やっぱり、あなた以外の人間は怖い。
ずっとこうして、二人きりでいられたらいいね。
囁いても、返事はない。
それでいい。
返事なんか要らない。
ヒトが来て、もう六日。
怪我の具合も段々良くなっている気がする。
もともと回復力が強いのかしら。

どうしよう…

このまま順調に回復してしまったら、ヒトが目覚めてしまう。
熱ももう引いてしまったし。
骨折は治っていないからまだ動けないとしても。
目覚めて、怖い人だったら?
ううん。
怖いに決まっている。
物を言う人間だもの。
目を開く人間だもの。

どうしよう。

どうしよう。

いっそこのヒトが、骸ならよかったのに。
救ったことが悔やまれてならない。





殺してしまおう。

そう思った。
このヒトが骸ならいい。
骸なら骸なら そばにおいても怖くない。
いつ目覚めるかなんて恐れる事もない。
ヒトの体を跨いで、膝で立った。
上下する喉に、手を当てて。
力を込めようとしたら、このヒトの唇が動いた。

「矛盾、してるんじゃないのか?」

驚いて、飛び退いて。
そのまま家を飛び出した。
初めて聞いたヒトの声。
聞きたくなかったヒトの声。

かき消すように。

かき消すように。

私は唯、獣のように。

月に向かって 吼えた。