ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 鬼紅葉 ( No.5 )
日時: 2010/11/18 14:29
名前: 桜音ルリ ◆sakura.bdc (ID: 5bYoqzku)
参照: 桜音ルリ=るりぃ

参章

今日は、ひたすら機を織った。
隣じゃ翔が寝ているし…。
視界に入るとどうしても怯えてしまうから。
気配だけでも怖い。
それなのに、翔は私を呼びつける。
恐る恐る顔を覗かせると、いつもにっこり笑って。

「呼んでみただけだ。」

なんて言う。
私が触れるのを怖がるから、世話をしなきゃいけないときは寝た振りをしている。
私は敏感だから、気付いてしまうけど、普通なら気付かないだろう。
これは…「優しさ」というものなのかな。
私を案じて、寝たふりなんてするのかな。
翔の傷は思ったより深い。
動けるようになるまで、まだしばらくかかるだろう。
それまでは、私が彼の飼い主。
治った時の事を考えたら、今棄てるのが一番いいんだろうと、解ってはいる。
でも、世話をしたせいで情でも移ったのか…。
あの温もりが忘れられなくて、棄てられない。
ねぇ、貴方は本当に怖くない人なの?
私を蔑まないでいてくれる?
私に、温もりだけ与えてくれる?
恐る恐る、医者を呼ばなくていいのかと聞いたら、佐助は首を横に振った。
何故かと問う私に、翔は笑って。

「鬼紅は、生きてるものが怖いんのだろう?」

そう言った。
自分の為を思えば、医者を呼ぶ方がずっといいはずなのに。
私の為に、彼は医者は要らないという。
だけど、心を許しちゃいけない。
だって人間は嘘をつく。
特に、こういう優しそうに見えて強かな男には気をつけなきゃならない。
私の為と言うけど、医者に診られたら都合が悪いのかもしれないじゃないか。
部屋の隅から黙って見守っていると、翔はくすくすと笑った。

「もし薬が要るなら、俺の荷物の中によく効く軟膏がある。」

「荷物……どこにあるか聞かないのね。売り飛ばしたかもしれないじゃない。勝手に使っているかもしれないじゃない。」

「でも、してないんだろう?」

「……。」

「何処にあったって、今の俺には関係ない。鬼紅の好きにすればいい。」

信じちゃだめだ。
どんなに優しくても。
人は、裏切る。

翔が目覚めたことで、困ったことが増えた。
体を拭いてあげるのだって、やりにくいし。
だけど…我ながらよくやっていると思う。
最初ほど、彼の事も恐れなくなったし。
世話だって、ちゃんと出来てるつもり。
それが解るから、彼は時折こちらを見て、笑うのかな。
怖いから、離れていたい。
でも、姿が見えないとなんだか肌寒い。
翔が、目覚めたとき。
初めて言った台詞を思い出して、呟いてみた。

「矛盾…してる。」

そう。
私は、矛盾している。

「一人でどうやって暮らしているんだ?」

そう、翔が聞くから。
織物や面を見せてあげた。

「大したものだな。俺はそんなに詳しくないが。いい腕をしていると思うぞ。」

私はそれに、何も答えなかった。
だけど。
問屋に褒められたときは、恐ろしいだけだったのに。何だろう、この感じは。

『嬉しい』?
『誇らしい』?

それよりずっと、温かいもの。

「あなたは、今まで何をしていたの?」

今日は、私が聞いてみた。
聞いてから、我ながらどうでもいいことを聞いたと後悔した。
そんなことを知ったって、仕方がない。
翔は、優しく笑いながら。

「忍だ。それ以上は教えられない。」

そう言った。
その言葉が、やけに寂しくて。
どうだっていい筈なのに。
知る必要もないはずなのに。

「教えてくれない」という事が…
どうしてこんなに不満なの?

もう、貴方のことなんて聞かない。
それに、私のことも、喋らない。
頬に触れた指の感触で、目が覚めた。
慌てて飛び起きて、部屋の隅に逃げた私に、翔は苦笑いを残して。
少し痛そうに手を元の位置に戻す。
いつの間にか…彼の隣で転寝してたみたいだ。

「起こすつもりはなかったのだがな。随分可愛い寝顔だったから、見てるだけじゃ勿体無く。つい。」

「次……触ったら、殺すわよ……。」

「そんなに怒る事か?」

「忘れたの!? 私は貴方の飼い主よ! 貴方は私がいなきゃ生きていく事すらできないの!! 私が居て初めて存在できる自分を、もっと自覚したらどうなの!? 私の言う事は絶対なのよ!!」

「……わかった。もうしない。悪かった。」

翔は、嫌な顔一つせずに、ただ笑った。
怒鳴らなきゃ、居られなかった。
声を張り上げないと、保てないと思った。
自分を。理性を。
知らぬ間に触れられた事が、どうしてこんなにも恐ろしいのか、私には解らないけれど。
小さな私の心臓が、今にも絞め殺されそうなのは確かだった。
怖い。
怖い。
貴方は、やっぱり怖い人。
私の中に、踏み入らないで。
もうこれ以上、距離を縮めてはいけない…。
貴方を、私の中に許したら。
また、「恐ろしい事」が起きてしまうのだから。