ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 鬼紅葉 ( No.7 )
- 日時: 2010/12/01 07:53
- 名前: 桜音ルリ ◆sakura.bdc (ID: LMPzgpkP)
- 参照: http://www.youtube.com/watch?v
四章
離れたいと、思っている。
いつかのように、首を絞めてしまおうか。
今のうちに、息の根を止めてしまおうか。
だけど、それすら出来ずに。
私はただこうして……蝋燭の揺らめく灯りに、貴方を見る。
離れたいと、願っている。
なのに。
出来ない……
どうして……
どうしてこんなにも、貴方の命を尊いと思ってしまうのか。
考えては駄目。
その答えに、気付いてはいけない。
何もかも、解っているのに……
今日は翔から極力離れていた。
彼は何度か私を呼んだけど。
それでも、無視して。
手に入れた心の凪は、どこか空虚で。
寂しい。
今日も翔と距離を置いていたら、彼は初めて少し険しい顔をした。
「無視は勘弁してくれないか? やりにくいだろう?」
「……でも。解らないから。」
微かな声でそう答える私に、翔は怪訝な顔をして。
目線でその言葉の先を問いかけた。
「……他人の事は解らなくても……自分の事くらい解ってた。でも今は…自分の事もわからない。」
「……鬼紅。」
「貴方から、離れたいのか……近付きたいのかも、解らない。」
そう答えるのが、精一杯だった。
俯く私に翔が優しい声を出す。
「鬼紅、どうして、命が怖いんだ。」
「教えない……」
「何故だ?」
だって。
そんなの不公平だもの。
貴方が自らを影に染めるなら。
私も貴方に影しか見せない。
「貴方が、何も教えてくれないから……」
「秘密を守るのが俺の仕事だ。」
「だったら、知りたがらない事ね。仕事より、私の心に重みを感じない貴方に、私の闇を知る資格はない。」
翔は少し目を見開いてから、「確かに」と笑った。
自分の心を守るのが、何よりも大事な私も……
貴方を知る資格なんて、きっとない。
夕方ごろから、翔が熱を出した。
多分、怪我の影響だと思う。
ここのところ秋雨も続いていたし、体調を崩したのかもしれない。
私は、彼の隣に座って何度も濡れた布を取り替えてあげた。
どんなに否定しても、私は貴方の飼い主で。
貴方は大事な、私の生きたお人形。
だから壊れてしまわないように、助けてあげなくちゃならないんだ。
少し苦しそうに寝息を立てる、貴方の躯は熱くて。
燃えているみたい。
ふと目を開けると、いつの間にか起きた翔が私を見ていた。
いつものように驚いて身体を急に起こしたら、腕を桶に引っかけて水を溢してしまった。
慌てて拭いていると、隣からくぐもった笑い声が聞こえる。
翔が笑いを堪えているんだ。
「わ……笑うならはっきり笑いなさいよ!! 皆そうよ……私が少しでも失敗すると笑い者にして……!」
「すまん。でも笑い者にしたつもりはないぞ?」
「じゃあどうして笑うのよ!!」
「困った顔が可愛かったからだ。」
なんにも、返答できなかった。
いつもなら「ふざけないで!」って突き放せるのに。
相手が…翔だから?
私の大事なお人形だから…?
なんだか恥ずかしくて、顔が熱くて。
なんにも、言えなかった。
「ずっと、ついててくれたんだろ? ありがとな。」
「…いいのよ…飼い主だもの…。」
「…ほっぺ、触ってもいい?」
小さく頷くと、温もりが頬に触れた。
危険だと、恐ろしいと解っているのに。
……止められない。
翔は、どうしたいんだろうと。
機を織りながら考える。
私のことを呼びつけたり。
私のことを聞いたり。
私に、触れたり。
近付きたいと思っているのだろうか。
だけど、翔のことはなにも教えてくれない。
傍にいても、どこか遠い。
本当に近付く気がないから。
どんなに疑問に思っても、聞くのは無駄だと思った。
私は彼のどんな言葉も、信じきる勇気もないし。
彼が真実を語るとは思えない。
触れても、遠い人。
あの日から初めて、誰かの《ほんとう》を知りたいなんて思ったのに。
考えてみれば、離れようと躍起になった自分も無駄だったんだ。
私がどんなに近付きたかったとしても。
貴方は、遠いから。
きっと、私の腕なんて届かない。
翔を助けてから、もう大分経つ。
少しは、怪我もよくなったみたいだけど。
まだ、私が居なきゃ生きられない。
私は、多分。
翔に此処に居てほしいんだと思う。
怖さよりも、何よりも。
彼との距離を縮めたいんだと思う。
それに、やっと気付いた。
そうと決めたら簡単だ。
彼は近付きたがらなくても。
私に何も教えてくれなくても。
二人に距離があっても。
彼を縛る鎖なら、この手に在る。