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Re: 闇色のタキシード ( No.13 )
日時: 2010/10/25 21:25
名前: クロウ ◆vBcX/EH4b2 (ID: MKQiWlnd)

林檎が、駆け足で帰っていく。
林檎が私の方を向き、大きく手を振った。
私も手を振り返した。
林檎の姿が見えなくなった。

しかし、何なんだろうな。アレは。
そう思いながら、胸に手をあてて、ため息をつく。
この季節にあまり服を着込んでいないにもかかわらず、体はほんのりと温かい。
先ほども頬が熱くなった。
それに、林檎と毎日会うごとに、1人の時間がとても寂しいと思えるようになってきた。
何故に、突然寂しいなどと思うようになったのだろう。今までは、1人でいても別にどうも思わなかったのに。

林檎と会ってから、私が変わってきている。

その事実に少しだけ腹が立った。
人間が、林檎が神である私を変える。そう考えると、林檎に変えられる自分にも、自分を変える林檎に対しても苛立ちを覚えた。
冷たい風が体に当たる。
先ほどまで温かかった体が、少しずつ冷えてくる。
手に息を吹きかけると、少しの間は手が温かく思えた。

林檎に変えられる自分。少しずつ、少しずつ、バラバラに壊れてゆく、過去の自分。
頭を抱えて、縮こまる。
苛立ちが消え、恐怖が芽生える。
だっが、それでも、私は林檎を嫌いになったわけではない。むしろ、嫌いになれない。と言った方が正しいのではないのだろうか。
自分が少しずつ壊されても、人間の女が嫌いになれない。その女に対して、何もしようともしない。ギリシャの神から見れば、なんとも奇妙なものだ。

父は自分達を拒絶する人間の女に対して、残酷な運命を背負わせ、一生苦しめさせる。
私も、そうだ。自分を拒絶するものには、絶望を与える。人間を狂わせる神のはずなのに。
———やはり、自分が変わり始めている。
そう思い、小さく呻く。呻き声に答える者もいなく、何故か胸に鋭い痛みが感じられる。
人間が嫌いになれない。でも、嫌いになれないのは林檎だけで、他の人間はどうにでもなる。

1人の人間にだけ、このような感情を抱いている私は、きっと頭がどうかしている。
その時、やっと今までの感情の整理がついた。
相手を好いていて、相手に変えられて、怖くて憎くて、でも嫌いになろうとしない。林檎がいないと、なぜか寂しい。
自分が林檎をとても好いている証拠だ。
そして、その感情は友に向けている感情ではないことのだろう。
多分、多分。私は———。


彼女のことが、好きで、彼女に惹かれているのだろう。

こんなに、1人の人間に悩まされる自分は、本当にどうかしていると思え、苦笑する。
だが、間違いがない。私は、彼女を愛しているんだ。

「愛している、か」

呪いの言葉でも吐くように、そう呟く。今の自分にとっては、この気持ちは、まさに呪いだった。
なんて、忌々しく、愛しい感情。
初めての感情に戸惑い、苦しみながらも、天に帰る馬車が来る場所へ、歩いて行った。