ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 偽りの中の輪舞曲 ( No.16 )
- 日時: 2010/11/12 00:03
- 名前: 遮犬 (ID: pD1ETejM)
「……冬音姉さん? 冬音姉さん?」
「ッ!? は、はい?」
流都の幾度の呼びかけにやっと気付いた冬音は慌てた様子で流都に返事を返す。
「……お茶、入れれるかな?」
「あ、う、うん…」
冬音は気まずい顔をしながらもお茶を入れに行く。
その間も老人の様子をジッと伺っていた。
「それでは……依頼というのは?」
流都は少しとぼけた様子で言った。
依頼、それはそのままクローン破壊に直結するであろうからである。
何故こういう聞き方をしたのか。それは冬音の様子がおかしかったという性が強かった。
(姉さんがあんなに敏感に反応する相手だ。この老人…もしかして)
口元に手をやり、老人に顔を向ける。
俄然、老人は笑顔のまま椅子に腰をかけ、大人しく微動だにしていなかった。
夏喜はその老人の傍にいる黒人の男を時々見ている。どうやら警戒はしているようだ。
黒人の方はそんな夏喜の様子に老人同様、微動だにせず、ずっと何もない空間をただ見続けている。
しばしの沈黙を破ったのは老人側からだった。
「依頼というのは……運んで欲しいものがある」
「運んで欲しいもの?」
流都はその言葉に反応する。
クローン破壊じゃないのか?そういった疑問が脳裏を過ぎった。
「そう……そしてそれは……君達にとって、"見たくもないもの"だろう」
「……どういうことでしょうか」
流都は表情を決して強張らせずに、無表情で言った。
自分たちにとって見たくもないもの。それは直感で三人の頭を過ぎる。
「……冬音姉さん? お茶、早く入れてね?」
「え、あ……うん」
冬音は、あまりに警戒していたため、お茶を入れる動作が止まっていた。
その様子に老人は不気味に喉を詰まらせたかのようにして笑うと
「あまり、ワシは良く思われておらんようじゃな……? 君達、神の配合体たちに」
神の配合体。元、神のパーツたるものだった僕達の烙印のような呼称。
その老人の無神経な言葉に、よく夏喜が何もいわなかったものだと思った。
感情が激しい夏喜は様々な人格を持つ。ゆえに些細なことでさえも人格を変えることがあるのだ。
その変わり、様々な超現象を人格によって発動することが出来る。
それがまさに、夏喜の持つ神の力の一つである、神の異能だった。
「それで、一体何なんです? 運ぶものというのは」
核心を思い切って流都はついた。そして老人は高らかに不気味な笑い声で笑った後
「君達三兄弟に運んで欲しいものは……"とある遺伝子"だよ」
「遺伝子……?」
そんなものを運ぶ?一体、自分たちに運ばせて何のメリットがある?
試行錯誤してみるがまだ真相は分からない。
「そうだ。報酬はな、君達の探しているモノ、だ」
「僕たちの……?」
自分達の探しているモノ。それは自分たちが生まれた多くある研究室の中でも最も最高峰といわれる場所。
自分達の力を、なくすことの出来る唯一の場所である。
つまり、これが意味するもの。そう、化け物ではなく、人間になれる。
それこそがまさに流都たちの探しているモノであった。
「……その遺伝子、一体何なんだ?」
遺伝子の存在がまず、気になった。
そこで冬音がようやく熱いお茶とコーヒーの入ったカップを二つ持ってきた。
テーブルに置いている最中にも、冬音は老人の様子を伺う。
老人は全く気にせず、話を続けた。
「この遺伝子はね。無生殖型遺伝子といってね、新しく開発された遺伝子なのだよ」
老人は不気味な笑顔と共に語る。
(この老人……)
流都は核心が持てた。
「この遺伝子は、体内に肌上から侵入することができ、目では見えないほどの粒子のようなものだ」
(こいつが……)
「これをだな、君たちに……近くの都市にバラまいてきてほしい」
(こいつが、クローンだ)
老人は、不気味な笑顔はそのままに、目だけは流都を鋭く睨みつけていた。