ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 偽りの中の輪舞曲 ( No.20 )
日時: 2010/11/13 17:22
名前: 遮犬 (ID: pD1ETejM)

「引き受けるわけないだろ」

と、流都はその老人に呆れたような顔で見た。

この流都の判断は普通の人としては当たり前だろう。
いくら目の前に自分たちの求める情報があったとしても、ちゃんとした情報かの確証がない。
その確かでない情報のために得体の知れない、恐らく大量殺人のための遺伝子をバラまけという。

それに流都たちはもし本当の情報だという確証が出ても、大量殺人などはしたくない。
その中にクローン混ざっているかもしれない。だが圧倒的に普通に暮らしている人間の方が多いのだ。
引き受けたところで何もメリットはないし、したくもない。だから断るざるして断ったのであった。

「ふふ……だろうな」

だがしかし、老人は未だに不気味な笑顔を見せ、余裕の感じさえも漂わせる。

(何か僕たちが手伝わなければならない理由でもあるのか……?)

そう、考える他にはなかった。
しかし、老人の答えは単純な答えだった。

「ならいい。邪魔したよ」

老人はその見るからに年老いた腰をゆっくりと上げ、黒服の男に丁寧に杖を渡された。

——案外呆気ないものだ、と思った。
流都たち、三人は老人たちの去る姿を静かに傍観していた。
老人は、丁度入り口の境に立ち、流都たちのいるであろう後ろにゆっくりと振り返る。

「……この選択が、君たちにとってどれだけのものとなるのかは、"あのお方"次第……」

「あのお方…?」

意味深な言葉を残すと、老人は黒服の男と共に車の中へと入っていき、早々に店の前から立ち去った。




「何? あのおっさん」

年老いた老人をおっさん呼ばわりしながら、腕を組み、怒っている様子の夏喜。

「何だか、変な言葉を残して去りました…ね?」

不安気に冬音が手をもじもじさせつつも流都に対して目で訴えかける。

「うん。とりあえず様子見かな…。一応、準備ぐらいはしておいた方がいいかもしれないけど…」

「……けど?」

夏喜がまだ怒った様子で流都に聞く。
流都はそんな夏喜の様子に動じることもなく、淡々と疑問に感じたことを言った。

「まず、あの老人は何で僕たちに依頼しようとしたのか、だよ」

「それは私たちが頼りになるから…」

何ともいえない回答を冬音が出したが、流都はそれを首を横に振って違うことを示した。

「私達に断られるような案件なのに、どうしてわざわざ私達に依頼しようとしたのか、かな?」

流都は言おうとしたところに夏喜が口を挟む。流都は「うん」と、答えつつ傍にあった椅子に座る。

「つまり……俺たちを誘ってるっていう可能性が高い」

「確かにほうっておいたら誰かがあの殺人遺伝子をバラまいちゃうもんね…」

流都と夏喜が納得する中、店の可愛らしいエプロン姿で「うー」っと唸っている冬音。
そんな冬音に苦笑しつつ、冬音にも分かりやすく流都は説明することにした。

「このままあの老人を放っておくと、罪もない、クローンでもない人間が、多く死んじゃうんだよ」

まるで言い聞かせるかのように冬音に説明すると、冬音は納得したかのように笑顔を見せた。

(こういう時の冬音姉さんはとても可愛いよな……)

と、心からそう思う流都であった。

そう思っていた流都と違い、夏喜はどうにも傍にいた黒服の男のことが気になっていた。

「流都お兄ちゃん。あの老人はおいといて…あの黒服のことが気になるんだけど」

夏喜が流都のことをお兄ちゃんとして呼ぶのもまた、人間らしいからというなんとも悲しい理由からである
だが、夏喜自身がそんなこと関係なく、ただ流都のことを愛しているために呼んでいると言っている。
夏喜は見た目美女で、見た目だと流都より大人に見られることが多い。
ゆえにその大人の女性からお兄ちゃんと呼ばれることに少しの抵抗があったが今はもう別に気にしていない

「あぁ、そうだね。あの男も多分クローンだよ」

老人がクローンである以上、その傍で仕えているものは基本クローンであると見て間違いはなかった。
だが、そこで冬音が予想外にも口を挟む。

「でも……あの黒服の人はクローンのような匂いは発しなかったような……」

おどけた顔をしながら思いふける冬音は戦闘能力などが高く、
敵か味方かどうかも匂いのようなもので嗅ぎ分けられるらしい。
それもその可能性というのは限りなく100%に近い確率である。
その冬音がさっきの黒服は敵、いわゆるクローンではないと主張するのだった。

「じゃあ、あの黒服は人間? クローンと共にいる人間なんて…」

夏喜が訝しげな顔をして考え込む。

だが、言うとおりである。
クローンと共に行動する人間なんて、クローンの存在を気付かない人間ぐらい。
そのような人間の方がいまやこの世界では多いのだが、気付いていてもなお行動を共にする人間。
それは希少というより、全くいないはずだった。

「……裏で遺伝子クローン化学者がいるかもしれない」

流都は答えを出したのは裏で手を引く何かだった。
そしてそれは遺伝子クローン化学者、つまりは流都たちを作ったともされる人間。

遺伝子クローン化学者はこの世にはいないようでいる幽霊のような存在である。
政府の中でも幹部クラスでないと居場所を知ることはないだろう。
だが、糸を引いているのが遺伝子クローン化学者だとして、一つ引っかかることがあった。


「何で……大量に人を殺す必要がある?」


それはいわゆる科学者にとっては自殺行為そのものだった。
自分達の実験材料たる普通の人間をも死なせた何になるというのか。
流都は考える。老人の言葉や行動についても全て。
そして、一つの答えであろう仮定が浮かびあがった。

「もしかして…!」

流都は急いで準備に取り掛かり始めた。

「流都お兄ちゃん? いきなりどうしたの?」

そのままボーっと立っている夏喜と冬音に流都は叫ぶようにいった。

「このままだと…! この街全員が実験体になるっ!」

そして流都は持ち前のノートパソコンを開き、あることを調べる。

そしてそれは仮定の確信となる。

画面に打ち出されたもの、それは地図。そして場所は遺伝子をバラまくであろう街の離れ。

そこには二つの建物がある。


"刑務所"と"病院"


確信は、やがて行動に変わった。