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Re: 偽りの中の輪舞曲 3話完結 ( No.29 )
日時: 2011/01/05 02:58
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: zWHuaqmK)

巨大な腕が次々と壁を抉る。
それは壁を狙っているわけではなく、大太刀と大剣を持った冬音を狙っているのだが一向に当たらない。
当てるどころか、隙あらば冬音は攻撃を幾多と仕掛ける。
冬音の宣言通りに幾度と黒服は死亡し、そのたびに生き返っていた。
それがずっと引き続き、かれこれ何度死んだか数え切れないほどになる。

「はぁ……はぁ……」

冬音の方に疲れが見え始めた。
副作用は多大な能力を与える変わりにデメリットというものがあった。
それは、体の負担である。
肉体的疲れや精神的疲れなど、数多の体に対する負担が強くなる。
その遺伝子の副作用に不完全な神の体でどこまで耐えれるのか。

一方、黒服の方は全く疲れを見せないどころか、息切れもしない。
あれだけその見るからに豪腕な腕を振り上げては振り落とし、壁を抉りを続けているというのに。
いくらクローンでもそれだけの行動を見せて疲れが出ないはずがなかった。

「普通に戦っていては倒せないのか……?」

冬音はそう呟き、黒服を睨んだ。
一歩ずつ確実にこちらに向かってくる黒服の男。
人間の気配が確かにこの黒服には感じたはずだ。それにこの黒服の男は、"喋る"はずだ。
だが一向に口を開かない。最初の機械的な感じの口調で消滅宣言をした時以来何も口を開かないのだ。

(単に無口なだけなのか、それとも……)

思考が定まらないまま、気付けば黒服は既に豪腕を振り上げていた。
咄嗟に剣でガードしようとするが、足が耐えられなかった。
——足の限界が早くもきそうなのである。

「ッ!!」

そのまま豪腕によって突き飛ばされ、壁に激突する。
背中から全身へと痛みが走る。黒服は無表情で一歩ずつまた近づいてくる。

「足が……!」

足の震えが先ほどよりひどくなる一方でもあった。この状態ではあの豪腕の餌食になるのも時間の問題だろう。
この足の震えを失くすには遺伝子の突然変異をやめさせる。つまりは能力の低下を意味する。
能力が低下した状態でも多少戦闘力はあるが、到底今さっきまでのような動きは出来ない。
全く、不完全な神というのはその名の通りだと思った。

「……?」

黒服が一刻と近づいてくる中、気付いたことがあった。
まず一つ。夏喜がここらへんで倒れていたというのに既にいないということ。
何をどうしているのか少々広いが、薄暗いこの通路ではあまり分からない。
そして次に二つ目の疑問。それが一番気になることだった。
——どうして黒服は服まで元通りになる?
一見、何にもないようには見えるが服まで元通りになるのはおかしなことであった。
遺伝子の突然変異により、能力が開花されて瞬間再生をするというのに遺伝子に関係のない服までが元通りになっている。
一度、夏喜が黒服を木っ端微塵にしたはずだが、それでも直っているのである。

「もしかして……瞬間再生能力では、ない?」

すぐに元通りに回復するところを見て瞬間再生能力に捉われていたがそれが違うとなると……。
黒服は既に冬音の目の前まで来ており、再び腕を振り落としてとどめをささんとしていた。

「——ふっ、随分と幼稚な能力だな」

冬音がそう呟いた瞬間、通路に光が灯っていく。
それは夏喜がバッテリーなどを組み替え、薄暗い通路を明るくしたのである。
明るくした途端、黒服がもがきだす。
ぐるぐると肉体が混ざり、そして人の形をなくした瞬間、弾けて消えた。

「実体分身能力。実体とは違う分身を作りだす能力。その実体は自分の細胞の一部を与え、それによって再生可能になる。ただし、その細胞が光源体となるために反射すべきものは、自分。つまりは映像を見せるように自らを映像化して見せる。細胞の効果により、触った感覚もありその細胞次第で強さがまた違う……」

ベラベラと普段は気弱で大人しめの冬音が人が変わったように話し出す。
その様子を夏喜は見て、苦笑しながら一つため息を吐き、続きを言う。

「細胞自らが光源体となるわけだから体自体も細胞そのもの。それより強い光を当ててしまえば消滅するってわけだね」

夏喜がそこまで言い終えると、消滅していった黒服実体分身の細胞が残る。
細胞核たるものは他の生物を使い、行うのだがこの黒服実体分身はどうやらトカゲでやらせていたようである。
トカゲは"本物の黒服"の細胞に食い尽くされてほとんど形を失っていた。

それを見下すように見つめる冬音の目がふっと灯火が消えたかのようにして目の色が通常に戻る。
夏喜はとっくに元の状態に戻っていたのはわけがあった。

「あ——」

冬音はフラリと地面に膝を落とした。副作用がまだ通常にまで影響を出し、力を抜けさせたのであった。
眩しい光の中で冬音の細い体を夏喜は抱きかかえるようにして掴む。

「大丈夫? 冬音お姉ちゃん」

「う、うん……ちょっと力を使いすぎちゃった……かな?」

微笑を浮かべて冬音は言った。
これが"人間である時の冬音"である。能力を発動しているときとは全くの別人であった。
微笑を浮かべる冬音に自らの頭を抱えて夏喜は呟く。

「冬音お姉ちゃんはまだいいよ。私は能力を使いすぎたら……"他の人格に支配されるんだから"」

しかし、その夏喜の言葉を冬音は疲れのためか目を閉じて眠っていた。
その姿を見て、夏喜は安堵するのもまた確かだった。




カタカタと慌ただしい連続のキーボード音が鳴り響き、ようやくその音が終焉を向かえる。
モニター一面に赤い文字で【パスワード解除完了】と、大きく出た。

「よし……!」

そのままキーボードを扱い、操作していくとこの研究所の全てが分かった。

この研究所はやはり死刑などを宣告された者や、病院でもう治らないとされた患者などで実験が行われていたようだった。
その実験室はこのまた奥の上階にあるようだった。
流都はそのころを記憶すると他に重要なことはないか調べをあげていった。
すると、一つ気になる項目が取れた。

「……禍神ノ実験?」

聞いたことのない実験名に興味をそそられた。
それも随分とセキリティが厳重だったのでますます気になる。
難なく厳重なセキリティを解き、その事件の内容を調べて見た。


"世紀に初の両眼開眼が誕生した。異なった協力な何重にも重ねた遺伝子を集めに集め、それを凝縮したものにより生み出された災厄の人種。名づけて『禍神』。全世界に轟かせることが出来るほどの最強のクローンとなり得るものである。神を作る実験に成功した例はないが、この禍神はもしかすると神をも超える災厄かもしれない。異常な能力に知能をつけた最凶といえる災厄に違いない"


長々と記された機械的な文字を読み上げ、感づいたことがある。

「ここにその禍神がいる……?」

そう呟いた直後だった。
モニターが新たに切り替わり、真っ白で四角いものが現れる。
そこに次々と文字が書かれていく。

「……禍々しき神は、神を恨み、拒み、呪う。この奥に隠された真実に辿りつくまでに、禍々しき神に捕まれば——?」

文面はそうつづられていた。
この文章から分かることは禍神がここにいるということ。
そして、これはまさに鬼ごっこということなのだろうか。

「禍神に捕まれば……死ぬってか?」

不敵に流都は笑った。
目がだんだんと色を変わっていき、赤色に変わる。

「どこにいるか知らないが、禍神とやら。不完全な神は神になり得ない。俺たちは——人間だ」

銃を取り出すと、モニターに向けて放つ。
液晶が割れ、辺りに激しく飛び散る。


「神なんて、存在しない。俺たちにとっての真実がここに隠されているというのなら……見つけてみせる。

——この悲しき世界の終わりを見るために」


流都の目は赤く、赤く、血ではない真っ赤に燃えあがった炎のように決意の込めた目をしていた。