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Re: 無能と無慈悲と無駄遣い ( No.1 )
日時: 2010/11/21 21:14
名前: 出雲 (ID: kDmOxrMt)


闇に包まれた街。
満月の光だけが辺りを明るく照らし出し、明かりの届くことのない路地裏にも光が灯る。


《静》その一文字で表すことが出来るだろう。


だが、その静寂を破るように怒声が響き渡る。

『貴様、こんなことをして只で済むと思ってはいないだろうな!?』

強い言葉と裏腹に震えあがるように語尾が高くなる。
その男は息を荒げながら路地裏へ後退していく。

「只で済むと?もちろん思ってはいないが、どうなるんだ?」

男とは違う、少し高い声が嘲笑うかのように余裕を見せた口振で言い放つ。

『き、貴様、俺を舐めやがって…』

男は歯軋りをしながら、紅で濡れた右手を掲げる。

ゆっくりとした足取りで後退する男を追い詰め、掲げた右手を見ると楽しそうに。
或いは、哀れみをこめて口元を緩めた。


いや。
哀れみの心等存在しない。


「舐めているのはどちらかな?」

男はその挑発に雄叫びをあげる。
『己ぇぇぇぇぇぇ!!!』

雄叫びと共に、地割れがおきると軋みが一層激しさを増す。
男の周囲の地面が沈み、地割れは目の前の男のもとに道を進めていく。

何とも、この世の現象と思えないような光景。


「馬鹿が」


それでも男は、笑みを浮かべ軽口を叩いた。

そして、地は男の足元に届く寸前のところで割れ道を周囲だけを交すようにして途切れさせた。

『なっ』

目を見開き、目の前の笑みを崩した謎の男を見上げた。
男の真上、狂気に満ちたその影が言う。

「残念な奴だ」

男が何度手をかざしても、もうそこに地割れは起きない。
不安定になった感情が爆発し、男は呻く。

『あ、あ、』

「力の無駄遣いをしたな」

その言葉の後、力を失ったその男が苦痛を訴え始める。
さらには吐血をし、目が虚ろになっていく。


これこそ、状況への歩みを掴むことのできない光景。


脆くも最期を迎えようとする男が吐いた言葉。

『無能が…っ』

男の最期の言葉に何の意味が込められていたか。
返り血を浴びた謎の男は口元の血を舌で舐めとり、何も無かったかのように平然とその場に背を向ける。

呼ばれたその言葉。
無能とかけ離れたようなその男は、路地裏をでると漆黒の夜に身を潜めていった。



無慈悲なその男に、哀れみの心等存在する筈が無いのだから。