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Re: 無能と無慈悲と無駄遣い ( No.2 )
日時: 2010/11/25 16:18
名前: 出雲 (ID: kDmOxrMt)

     第一章 無と有の境場より


「お前何のためにここにいるんだ」

夜、賑わいを見せ始めた酒場の店内。
そこの店主の風貌を持ち合わせた白い髭が印象的な男が呆れたように言う。

「何のためって、一つしかないでしょ」

呆れ顔を向けられたのは酒場の片隅に置かれた椅子の上。
胡坐をかき、煙草を手に握る少女が一人。

「っ」
男はこらえることもせず豪快に笑い声をあげた。
「笑わせるなぁ、無能ちゃん」

少女の姿はこの酒場に似合う筈もなく、店内では酒を飲むことをせずに、話に花を咲かせる男女。
店主の言葉に振り返り、楽しそうに少女を見る。

無能、そう罵られた少女は自らの膝に肘を置き頬杖をついた。

「誰が無能だ、ジジィ」
言葉に高低をつけず、対抗し否定で罵倒する。

無能、少女は慣れているかのようには言うのだが表情には嫌悪感がにじみ出ている。

目を向けていた男女は既に興味を失ったかのように、もしくはこちらも見慣れているからか、少女の姿を確認。
すぐに話を始めた。
『またあの小娘来たのか?』
『あの子、何の力もないんでしょ』
『それならしらねェだろ』
『マスターの言う通りだな』
『何のために来てるのかしら』

少女にその会話が耳に入っていたかどうかは定かではないが、マスターと呼ばれた男に話を振られる。
「ジジィは無能のことは無能としか呼ばねぇよ」

少女はその怒りを買う言葉に舌打ちをして、眼をそらす。

「糞が…」


「ふん」
呟けば、マスターと呼ばれた男が鼻で笑い少女の目の前から離れていくと同時に店内に一つの音が聞こえてくる。

少し高めの鐘のような音である。

「今宵は誰が戦うかな?」
店内にいた男の一人が楽しそうに声を上げた。

12時の合図だった鐘の音とともに少女も胡坐を解くと、椅子から飛び降りる。
そこにいた誰よりも、楽しそうに声を張り上げる。

「私だ!」

勢いよく前へ出ていった少女であったが、楽しそうにしていた周りの男女は不服そうに黙りこんだ。
マスターと呼ばれた男といったら溜息をつくしまつ。
     チサト
「止めとけ千里」

少女が初めて名前を呼ばれる。
千里は、止められるがもちろん引くつもりはない様子で言い放った。

「もう無能なんて言わせてやらないんだ」

その強気な発言に一人の声が酒場を沸かせた。
『それなら私が相手になってやるわよ』

手を挙げたのは胸元が大きく開いた朱色のドレスを着た女。
歳は20後半だろうか、かなりの美女である。
『もうここはお子様の来る場所ではないと教えてあげるわ』

挑発にも似た言葉で美女は煙草の煙を天に向け吐くと、地を叩く甲高い靴の音が響き渡る。

「ババァになんか負けるかよ!」

美女は千里の前までいくと何処から出したのか扇子を口元にあて、不気味に言う。
もちろんその間にも美女へ向けられる歓声は鳴りやまない。


「それじゃ、かかってきなさいよ」


真上の月光が酒場を照らし出す。