ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 無能と無慈悲と無駄遣い ( No.6 )
- 日時: 2010/11/23 18:05
- 名前: 出雲 (ID: kDmOxrMt)
「糞ったれ…!」
先手を相手に渡すような言葉を吐いて、女はその場に立ちつくした。
ただ、余裕の笑みを浮かべて。
千里は一度目を閉じた後、女めがけて何かを投げる。
何か。それは、銀に光るナイフ。
千里は着ていたコートの内側から手に握ることのできる数を取り出し、次々と放っていく。
「っ」
「あら?その程度…」
女は舞うように、ステップを踏み千里の手から放たれるナイフを軽々しく避けていく。
観客は千里に罵声を浴びせ、女に黄色い声をかける。
「私は無能じゃないっ」
千里は最後のナイフなのか、その一つだけを強く握りしめ女を切りつけようと前へ足を向けた。
額には汗がにじみ、心なしか恐怖で怯えている様子も見て取れるものだった。
「そう」
女は千里がナイフを振りかざし、近寄ってこようとも踊るようにしてその場で一つ。
回って見せた。
「私を…見ろ!」
言葉の瞬間、ナイフが甲高い音を上げて何かにぶつかる音がした。
弾き返す様な、硬い何か。
「傷ついちゃうじゃない、私の扇子が」
女は千里のナイフを口元にあてていた扇子で庇ったのである。
女の扇子は鉄扇子であり、ナイフと当り嫌な音を出したのだ。
「そんな」
呆気にとられてるように目を見開いていた千里の手からナイフが消える。
「小娘が」
扇子によって地に落ちたナイフは虚しくその場に響く。
それでも千里は立ちつくし、女によって向けられた扇子で胸を叩かれた。
『最高だぜ!』
『流石、《無音の舞》と呼ばれるだけあるぜ』
『何もしてねェよ…』
男達が女に向けて感嘆の声を吐く。
《無音の舞》と呼ばれた女は、今までにない冷酷な表情で千里に言った。
「これでも無能じゃないと?」
千里は目に涙を浮かべるようにして俯いていたが、女に情けは無い。
扇子によって人間業では無いかのように、千里は後方へと吹き飛ばされた。
「っぐぁ…っ」
痛みをこらえるかのような声が漏れる。
壁に当たり、地に這った千里は顔を上げる事が出来ない。
店内が客達の声で溢れかえる。
女はドレスの裾を掴み一つ頭を下げると、千里には目もくれないかのように歩き出そうとする。
そこに、客の声。
『力使ってないな』
「ええ、もちろんよ」
『当たり前か』
「そうね、小娘如きに力の無駄遣いはしないわ」
必要が無いから、そう淡々と述べる女。
だが、女はすぐに顔を強張らせて振り返った。
声の主を探すようにして、辺りを見渡す。
その女の突然行動にマスターが不思議そうな声を出した。
「どうした?」
「誰…?」
女が扇子をひらき、客等の歓声が鳴りやむ。
無音の舞の通り名に合わせたかのように酒場は静寂に包まれた。
女は汗をはじめて浮かべ、千里が下で蹲る酒場のカウンターへと目線を向けた。
音。
『利口だな、無音の舞』
椅子の軋む音が聞こえ、影が一つ。
女がその正体に気付いた時には既に、客は逃げるようにしてその場から離れていた。
「お前は、《無能》…!?」