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Re: 無能と無慈悲と無駄遣い ( No.9 )
日時: 2010/12/05 15:24
名前: 出雲 (ID: kDmOxrMt)



 センリ
「千里…」
女が驚いたように声を上げて、マスターが離れた客を押しのけるようにして近づいた。
マスターが発したのは、目の前に現れた影の正体。

「売れ行きはどうだ?《有能》」

女から《無能》と、マスターから千里と呼ばれたその男は椅子に手をかけ立ち上がる。
その姿はまだ、青年では無く少年と言った方が合うであろう若さ。

「マスター?」
女が、《有能》と言う言葉に反応したマスターの名前を呼ぶ。
マスターは俯き、女が《無能》と呼んだ男を睨みつけ、そして響く。

 クドウ センリ
「久遠 千里、私はもう《有能》ではない、知ってるんだろう?」

「もちろん、無駄遣いをして貴様は《無能》になった」
久遠 千里、その名前で呼ばれた男はマスターを嘲笑うかのように声を上げ、楽しくなさそうに下を見た。

床、彼の足元には先程女《無音の舞》によって飛ばされた
「コイツも《無能》なのか?」
チサト
千里がいた。

「まさか、お前と同じな訳がないだろ」

少女の持つ《無能》
少年の持つ《無能》

「なるほど」
男はただただ無表情で見降ろし、何かに頷いた。
マスターはそれを察したのか言葉を紡ぐ。
「彼女は《有能》だよ」

先程と違った、少女への呼び名。
《無能》と罵った少女の筈が、マスターは寂しげにその自分が少年に呼ばれた言葉を発する。

「ずいぶん、哀しい受名だったな」
意味ありげな言葉だったが、それ以上マスターは口を開くことなく一歩と足を下げた。


「《無能》何の用なの」


女はマスターとの会話が終わるのを待っていたのか、すぐに高い声を上げた。

先程よりも焦りが見えるような、早い口ぶりで。

「分かっているんじゃないのか?」
千里はすぐに返し、そして女に近づいていく。
ゆっくりとした足取りで。

徐々に、女の顔に疑惑が生まれ、汗がにじみ出る。
千里は無防備のまま女のすぐ傍まで近寄ると少し背の高い相手を見上げた。

「貴様の母親に会ってきた」

囁くように言われたその言葉に女は、目を見開き扇子を地に落とすと、拒絶するように千里から離れていった。
「な、何のこと」
驚きを噛み殺すようにして発した言葉は、隠すことなく怯えの色が見える。


「いや、義母と言った方がいいのか」
簡潔したその言葉に女は口を小刻みに動かしながら、次の言葉を探している。

千里はその隙に、足元に落とした扇子を蹴ると女から遠ざけ、無防備の状態を作る。
「貴方、何を言っているのか、サッパリだわ」

「言ってもいいのか?」
「…っ」

女は目を固く閉じた。