ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【ホラー】短編さんいらっしゃい!【オリジナル】 ( No.1 )
- 日時: 2010/11/23 22:39
- 名前: かっぺい (ID: SUsN38YB)
【かわり者】作:かっぺい
塾の帰りだった。
既に十時をまわっている。
小道は行きがけとは段違いに暗く、調子が悪いのか、街灯はぶちぶちと忙しなく点き消えを繰り返していた。
オレンジの光が眼に痛い。かと言って、駆けてしまおうと考える気力は残っていない。
疲れていた。連日の追い立てるような怒号と皮肉が、密度を増して背にのしかかっていた。
———やめたい
街灯の横を通る時だった。少しだけ長く灯っていた頭上の光が、突然、音をたてて消えた。
不快な「ばつん」という音が耳をつき、喉奥がざらざらとして吐き気がした。
さして深く考えないうちに、乾いた唇が動いた。
「やめたいなあ」
眼前の茂みに何かが見えた。
はっとした。
濃さを増した闇の中で、こぢんまりとして丸い茂みがあった。
それに、何かが突き立っている。ぼんやりとした月の光の下で、それは棒のように見えた。
歩みは止めない。見た瞬間は不意を突かれたが、それでどうした、と内心で思った。
木材か何かだろうと勝手に決めつけて、そそくさ脇を通る。
そこで電灯がばちりといった。
ざあっと肌が粟立った。
急に灯りが点いたからではない。傍にあった例の棒状の影を、目の端で捉えていたのだ。
影は、人の腕に見えた。
歩調を早めた。
さっきまでの虚勢はとうに消え、有り得ない事態を飲み込めないまま、帰路を急ぐ。
ちらと、マネキンの腕に違いない、と頭で唱える声もあった。
確かに有り得ない事ではない。けれど、立ち止まる理由にはならない。
後ろを振り向いて確認する意味などは、無い。
背後で茂みが鳴った。ぺたりと云う音が、小さく聞こえた。
どうしようもなく気味が悪かった。一足ごとに脚は鈍さを増していたが、速度を緩める気にはならない。
しばらく早足のままでいると、また同じような茂みが視界に入った。
だらんと細長い何かが、茂みの中ほどから地面に垂れていた。
オレンジの光の中でそれは、初めに見たあの影に似ていた。
通り過ぎると、背に向かってくる音が、二つに増えた。
ぺたり、と云う音は、自分の歩調よりも遅いはずだった。
しかし、もうそれなりの時間を歩いているのに、依然その音は絶えていない。
息切れがした。右手の塾鞄が、耐え難いほど邪魔だった。
また茂みがあったと思うと、頭がきりきり痛んだ。
外面に変化は見えなかった茂みは、近付くにつれて、内に何かを含んでいる事を主張し始める。
通り過ぎる時に、それは胴だと気付いた。
人の胴だ。
そして直後に、背後の音が「ぺたり」から「ざらら」と変わった。
這いずる音だった。
何かおかしい、と思った。
今更だ、後ろの音は速度を上げていた。よく考えればすぐ気付く事だったのだ。
塾から家まで、本当は十五分ほどしかかからない。
はたして、今までどれだけ歩いてきたのか。
時間の感覚は消えていたが、震える脚は間違いなく異常な距離を歩いてきたと言っている。
目に映ったオレンジの光が、ばちばちと云って消えた。
すぐさま灯りは戻ってくる。すると丁度、すぐ傍に茂みがあった。
ぬうと、二本の影がそこから伸びていた。
叫びが出た。
喉はがらがらに渇いており、発した言葉で唇の皮が裂けた。
躯は酷く重かったが、構わず走った。鞄は足下に投げ捨てた。
ざらら、ざら、ざ
這いずる音が止まった。
けれど、気配は離れずにいる。駆けている背に残っている。
ぺた、ぺたり
手をついた音が何故か聞こえた。
離れているはずなのに、立ち上がる音が、聞こえた。
オレンジ色が頭上で点滅した。
思わず呼吸を乱し、咳き込んでその場に倒れ込む。
すると、茂みだった。上半身が小枝と草の間に沈み、切れ切れの闇が視界を満たす。
瞬きをすると球が映った。ぼおと青白いそれは、くるりと回ってこっちを『見る』。
首と頭に掌らしいものが触れると同時、
目の前で自分の頭が笑ってみせた。
「替わってあげるよ」
ごき り と なった。