ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 皇女の肖像 ( No.2 )
- 日時: 2010/11/25 20:35
- 名前: 羽衣 (ID: 4jdelmOD)
[序章 少女時代]
突然の揺れに、私は深い眠りから目覚めた。
私は乳母のアンナのそばのベッドにいた。
体中のあちこちに新調のシーツのにおいがしたので幼い私にも長時間眠っていたことが分かった。
「アンナ…、ここはどこ?」
アンナも眠っていたようだったが、私の声に気付いて目を開けた。エメラルドグリーンの目が、心なしか濡れて揺れ動いていた。「ああ…ナターシャさま…」
私はまわりを見渡した。
船室のようだ。
広い部屋になっていて、アンナは白いソファに腰掛けている。となりの小さなベッドには兄のロランがすうすうと眠っていた。さっきの揺れは大きな波がぶつかったからかもしれない。
アンナが目をこすりながら微笑んだ。
「お船の中でございますよ。お嬢様。長い間お眠りになられていたので覚えていませんか?」
ええ、と私はうなずき、それから体を起こしてアンナを振り向いた。
「私たちはどこへ向かっているの?」
「平和な国へですわ。暖かくて、ロシアのように寒くないところへ」
「ロシアはどこへいってしまったの?」
「どこって…」
アンナが困ったように首をかしげた。
「何時間も前にロシアを起ちましたから、もうずいぶん遠くにあると思いますよ」
私はとたんに不機嫌になった。
祖国を捨てるなんて、父さまが許さない。祖国を捨てるのは、命を捨てるようなものだと父さまが言っているのを、アンナは知らないのだろうか。
「ロシアを捨てるつもりなの?」
厳しい口調で問うと、アンナは表情をくもらせ、目を伏せた。
「そうではありませんわ…ただ…」
「父さまに会わせて。父さまは祖国を捨てるのは下劣だといつもいってらしたわ。そんな父さまが私とロランを連れて船で異国へいくなど信じられない」
「でも、お嬢様。伯爵は男爵や子爵と話しておいでです」
「それでもいくわ」
「お嬢様…」
私はベッドから降りると、ロランのベッドへ近づき寝顔を見つめた。「お兄さま、寝てるのね」
「私、これから父さまのところへ行くわ。行って確かめてくる」
「ナターシャさま…!」
アンナが私を引き留めようとしたけれど、私は扉へ向かって外へ出た。暗い廊下が私を怖がらせたけど、父さまを見つけるまでは後戻りはしないつもりだった。