ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 食い込む冠の苦痛と愛を。 ( No.5 )
- 日時: 2010/11/26 20:38
- 名前: 羽衣 (ID: 4jdelmOD)
それがママの手だったらいいのにと、私は思わず欲張ってしまった。
「父さんはあっちにいる」
ロランが指さした方向に目をやると、白いテーブルを父さまと男爵たち、夫人たちがかこって、楽しそうにおしゃべりしている姿があった。
貴婦人たちがもつ緑色のレースの縁取りのある日傘がクルクルと優雅にまわり、床に不思議な影をつくっている。
ロランと私がテーブル目指してかけてゆくと、すれ違った人たちが会釈をしていった。私たちはそれに走りながら大急ぎで会釈を返さなければならなかった。
「ロラン!ナターシャ!」
私は大きく広げられたたくましい腕の中に飛び込んでいき、父さまのざらざらしたあごに頬ずりした。ロランがうらやましそうに見上げている。父さまが幸せそうに言った。
「おはよう!子供たち。セーラー服似合ってるじゃないか」
アンナが父さまのティーカップに紅茶を注ぎながら私にウインクした。私は思いきり笑った。
──なんて幸せなんだろう!!
しかも朝食は私の大好きなキャセロール!
焼きたてのロールパンからは香ばしいにおいがし、私は公衆の面前でよだれをたらしてしまいそうになった。
家庭教師のマナー担当のマダム・セシーナがいたら、あとでこっぴどく叱られるだろうが、マダムは向こう側のテーブルにいて、私に気づいていなかった。
アンナが耳元で食後にはブリオッシュを用意していると言った。
同じことを聞かされたロランも喜びを隠しきれないようだった。「父さん、早く食べようよ!」
ロシアでは考えられない素晴らしい朝食だった。しかも、頭上では太陽が輝いている。
父さまはいつも忙しくて、私が席につくころにはアンナたちが彼の皿を片づけているような毎日だった。私とロランはいつも二人きりで食事をしていたのを覚えている。
「…しかし、久しぶりだね。三人がいる食事は」
父さまはお腹がひどくすいているのか、食事を次々と口に詰め込みながらも笑顔になった。父さまの白い歯が、心なしか輝いている気がする。
ロランはキャセロールをつつきながら、動揺が隠せない様子だった。「父さん、ぼくらはどこへ向かっているの?」
そうだ、と私は昨夜のことを思い出して父さまを見上げた。父はそれに気づかず、ただ微笑みを浮かべてロランを見つめた。
「そうだね…どこだと思う?」
昨日子爵たちが話しているのを聞いたけど、どこの国だか思い出せなかった。ロランがおずおずと答えた。
「イギリス?」「ちがうな」
「フランス…」「それもちがう」
「…デンマーク?」「ちがうよ」
「アジアかな?」「アジアではないな」
「じゃ、どこ?」
「フルボ伯爵夫人がヒントを教えてくれるよ」
私のとなりにすわっていたフルボ伯夫人はにこやかな笑みを浮かべた。