ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 食い込む冠の苦痛と愛を。 ( No.6 )
- 日時: 2010/11/27 08:49
- 名前: 羽衣 (ID: 4jdelmOD)
「大きな国ですわよ」
私の頭の中で世界地図が広げられた。
ロシアが一番大きいのは知っている。あとは…中国?じゃなかったっけ。でも、アジアじゃないから…
「アメリカだ」ロランが手を合わせた。
「そうさ」父さまが言った。「わたしたちはアメリカへ行くんだよ」
「どうして?」兄がすかさず尋ねた。
「ナターシャには昨日言ったよ」父さまがロールパンをかじる。それを見てロランが不満そうに声を上げた。
「ぼくきかされてないよ」
「じゃあ、ナターシャにあとで教えてもらいなさい」
「なんでターシャが知ってるの」
「父さまに昨日きいたの」
「へえ、じゃあ教えてよ」
私はゆっくりとうなずいた。だけど、“私たちを守るためにアメリカへ行く”だなんて彼に言えようか?だいたい私たちを守る理由がわからない。
13、12歳の子供を誰がつけまわし、狙うというのだろう。しかも名だたるフォンステルフ伯爵の子供たちを?
「父さま、アメリカにお家があるの?」
「いいや。わたしの友人に別荘をかりることになって
いるんだ。クリフト男爵たちはほかの別荘をね」
父さまのはずんだ声に対し、男爵はフォークをおいて不快感をあらわにした。私は瞬時に昨日のことを思い出した。幸い父さまは気づいていない。
「それから、三人とアンナで静かに暮らそう。もう、寒さを我慢する必要はないし、おびやかすものもいないんだよ」
おびやかすもの──ボルシェヴィキのことだ─父さまはとくにそいつらを嫌っていた。
いわゆる革命家たちである彼らはロシアを破壊させた、と私たちに繰り返し言いきかせていたからだ。私もそんなやつらとお別れできて嬉しかった。
「でも、これからロシアはどうなるの?」
私は低い声で言った。父さまの目も少しかげる。
「わからないな。わたしにも。ただ一つ言えることは、決していい方向にはいかないだろう。おびやかすものがいるかぎり」
「父さまは何とかできないの?」
してはいけない質問をしてしまったらしい。
素晴らしかったはずの朝食の席が一気に静かになり、不穏な空気につつまれた。
ほのかに赤かった貴婦人たちの顔も、みるみる白くなってゆく。
父さまは厳しい表情をしたが、すぐに苦笑いをした。
「わたしがなんとかできることだったら、君たちは今船上ではなく、ロシアにいただろうね」