ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: フランベルジェの剣   ( No.14 )
日時: 2010/12/11 21:42
名前: 雅 ◆2WetyLTYZk (ID: 7hV223vQ)






月明かりに浮かぶシルエットに、僕は懐かしさと希望を感じていた。何もかも変わらない彼女、口調も、彼女の纏う雰囲気も…全てが“あの時”のまま。

「……フフ、“貴方”だったのね。久しぶりね、ラルク」

そんな事を考えていたラルクを、アリスは全てを見透かしたふうに言葉を漏らし、不敵に笑う。そして、続けざまに彼女はある言葉を不意に紡ぎ出した。

「—————いえ、貴方の事は“ロスト”と呼ぶべきかしら?」

「…」
その言葉に、僕は否定はしなかった。だが、肯定もしない。


“ロスト”…それは、僕のもう一つの名。
そして、それは同時に僕の“呪い”を指し示す言葉だから———…


「…その名前で呼ばれるのも随分慣れたな。自分の名前なんて、最早名乗っても呼んでもらえないか…」
僕は、控え目に自嘲の笑みを浮かべた。彼女から目線をずらし、遠い何処かを見つめる様に僕は俯く。だが、そんなラルクを見てもなお、アリスは楽しそうに笑う。
「ウフフフフ…その顔、素敵ね。苦悩に歪んだ顔、とても辛そうな顔…貴方にピッタリな表情ね————ロスト」
「君は—————!」
僕は、思わず声を荒げた。僕の最も嫌う“ロスト”…つまり、呪いの事を、分っていながら軽々しく口にする。

そう、これがアリスなんだ。

不思議の国の住民だという彼女は…どこかおかしい。狂っているのだ。美しい容姿とは裏腹に、彼女は言い表しようの無い狂気を持っている————僕は彼女に初めて会った時、そう思った。そして、それは何時になっても変わらない。だが、そんな彼女だからこそ………全ての魔法を司り、世界という馬鹿げた程大きなモノを創り上げる事ができるのだろう。僕はそう思った。

「——フフッ…怒らないで、ラルク。言わなくとも、貴方の用件は分っているわ」

そんなアリスは、不気味な笑みを絶やさぬまま————僕のすぐ目の前へと歩み寄ってきた。そして、僕の顔の横、つまり耳元で、彼女はこう静かに囁いた。


「用件は、“呪いを解け”———でしょう?それは無理、呪いを解くには貴方が死ぬしかないのよ」





ロウスト街の北区、砂漠で倒れていたあの青年の行方を追ってさ迷う少女が一人。それは、その青年をここまで運んできた少女だった。温かそうなマフラーを首元に巻き、コートに身を包んでいる。砂漠に囲まれたこの国は、無論夜は冷えて寒い。四季という季節の差が無いこの街は、昼は極端に暑く、夜は極端に冷え込むのだ。

「もうっ…!何なのよあの子。砂漠で倒れてたってのに、起きるなりすぐ出てっちゃうし…」
彼女は余分に手に持っていた分厚い羽織りを見て、短めに溜息をついた。
『全く、世話のかかる…』
彼女は心の中で呟いて、ある人物の顔を思い出した。懐かしいような、だけどどこか寂しげな感情を覚える。
…あぁ、そう言えばあの子のせいで、例の魔法書を探しに行くの忘れてたなぁ…。
悲しそうな笑みを浮かべ、彼女は空を仰ぐ。
あぁ———そうだ。あの魔法書さえあれば、また“あの人”と会う事ができたのに…。何やってるんだろう、何でそんな大事な事放っておいて…あの子の事探してるんだろう。

でも、彼女は歩みを止めなかった。まるで、あの青年を探すのが必然であるかのように————…



「—————って、何でこんな所に来ちゃったんだろう…」
と、そこで気が付けば、彼女は教会の前にいた。錆びれた門は、侵入者を拒んでいるかのよう——にも見えなくはない。だが、彼女がふと顔を上げてみると…教会の屋根に人の影が見えた。何か言っているけど…良く聞こえない。私は「よっ」と言いながら策を飛び越えると、教会を見上げる。…結構な高さだ。
「えっと…こう言う時にアレだよね…作用系魔法だっけ」
彼女は記憶の中から、“飛翔”とやらの呪文を探す。


「えっと、えっと———確か…“Un vol(飛翔)”!!」


フッ—————
彼女がそうあやふやにであるが呪文を唱えた瞬間、彼女の足元に青白い光の術式が広がった。そして、それがその瞬間———彼女の体はフワリ…いや、ビュンッと飛んだ。あぁ、魔法書の呪文覚えてて良かった!…と、彼女が一瞬でも安心したのが悪かったのだと思う。
「あ」
彼女は屋根に乗り損ねてしまった。
『ちょちょ…ちょっと!此処から落ちたら結構高いわよ!?』
彼女は咄嗟に屋根にしがみつく。そして、何とか右手が教会の屋根を掴み————プラーンと宙ずり状態になった。落ちなかっただけマシか———と彼女は、必死に屋根に這い上がる。

だが、這い上がった先で見たものは


「————呪いを解くには貴方が死ぬしかないのよ」



その声と同時にあの例の青年の体から飛び散った、鮮血の赤だった。