ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Veronica*Oz.10更新中 ( No.136 )
- 日時: 2011/02/01 21:47
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
- 参照: 祖に会えば祖を殺せ。期末に会ったら逃げよwこれが朔の唱える無一物(ry
* * *
———何の冗談だよ、コレは!!!
鍵爪が引き抜かれた部分には大きく穴がぽっかりと空いている。中から液体が溢れ出ていた。夜空の下、はっきりと色は確認できないが、恐らくあの"赤黒い液体"だろう……。
視界が霞んでいた。血液を大量に失ったからだろうか———恐らくそうだろう。血は止まる様子を見せず、絶え間なく流れ出ている。傷口を抑えようにも、そこまで躰が動いてくれなかった。
『滑稽だな』地面を這っているフリッグを見て、ポチは嘲った。その竜を少年はきつく睨みつける。それを見て、ポチは笑い声を上げた。『———ハハハッッ!その顔は相変わらずだ!!昔と変わらんな、フリッグ』
「うっさい、黙って、くん、ない?」
躰は重力に従うのか、地面の方に力が働いているように重い。フリッグはそれを無理矢理起こした。最早、体中を回っている血液が枯渇するのも時間の問題の様に思える。
立ち上がるフリッグを見て、竜の口元が卑しく吊りあがる。
『ほう、まだ立ち上がれたか。流石だな』
腹立たしい言い方は挑発のつもりだろうか。奴の喋り方は常に上から目線である。
「主人に向かって、上から、目線な……わけ?いつから、お前の……ほうが……う、えになった、ん……だ、よッッ!」
重い躰を無理矢理動かし、彼はバックステップを踏んで竜の背後に回る。そしてポチが反応するよりも早く"音の弾丸"を撃ちこむ。それはポチの腹部に深く減り込んだ。流石の彼女もそれには声を上げた。
直後、すぐにポチの口から火炎が吐きだされた!紅蓮の炎はフリッグを正確に捉えたつもりだったのだが、少年が避ける方が僅かに早かったようで瓦礫と化したコンクリートを焼いただけだった。ポチは羽を広げ、空へ向かう。
そして鋭い牙が並んだ口が開かれ、咆哮した。それはフリッグの足元を焼き尽くす。目には焔は見られなかった。本当に"完全燃焼"を起こすと、火は透明になるのだ。
それをすれすれで避けたフリッグは両手を上げた。右が激しく上下するのに対し、左は顔の前で左右に切るように動かされている。その動作にポチは覚えがあった。
———躰は覚えていたか!
咄嗟にポチは急降下する!下にいるメリッサたちの眼前に降り立った。が、彼らになど相手はせず、そのままチェヴラシカ大草原に向かって低く飛んだ!激しい突風が建物の間に吹き荒んでいる。深緑の巨体は想像できないほどの速さで飛んでいる。———出来る限り低く、尚且つ遠くに逃げなければ"アレ"は避けられないと悟ったのだ!
だが、ポチが飛んでいる真下の地面には彼女を追うかのように恐ろしいほどの速度で魔法陣が描かれてゆく。白くぼうっと光っている魔法陣を見て、"あの日の出来事"が脳裏に再生された。まるでデジャヴの様な感覚に陥る。全くあの日と状況が一緒なのだ。
* * *
フリッグは大きく躰を起こした。右足を前に踏み込ませる!そのまま、コンパスの様に右足を軸にして左足で円を描く!その円は徐々に白い光を宿していく!それはどんどん広がっていく———!
彼はその行動に覚えはなかった。が、躰が勝手に動いて行く、口が勝手に言葉を唱える。流れに身を任せる様に、抵抗せず、何かを描く!唱える!謳う!!
魔法陣と化した円に両手をついた!すると、円は激しい閃光を発し始めたのだ。手を離し、くるりと一回転した。腹部からの血はボタボタと流れたままだが、慣れたのか痛みを感じない———というか感覚が消えていた。
フリッグは両手を真上に突き出した!光の粒子が付着したように、細かく光を放つ手は空を仰ぐかのよう。フリッグの口が言葉を唱えた。
「———叙唱……レスタティーヴォっ……!」
"叙唱<Recitativo>"!
唱えたと同時に円の光が緑白色に変わった。それは逃げ惑う様に飛んでいたポチの進路を封じた。目の前に見えない壁を造り上げたのだ!ごちん、とスピードを緩めれなかったポチは頭をぶつけた。マズイ、と彼女は確信する。
少年は今度は両手を前に突き出す。掌を地面と垂直にし、右手を上に重ねる。蒼白色の小さな光が手に灯った。
「えい……しょ、う………アリア」
"詠唱<Aria>"!
今度は蒼白色に光る、光の筋が、意思を持つかのようにうねり、ポチの躰を拘束した。もがけばもがく程縛りはきつくなってゆく……!
———"二重合唱<Cori Spezzati>"か!?
それは、かつてのフリッグが得意とした技だった。
二つのコーラス群が掛け合いで歌う合唱形態のことを二重合唱という(※divide…分ける、分割するの意)。
それと同じように、独唱(=叙唱)と重唱(=詠唱)を組み合わせたのが、フリッグの得意とする二重合唱だ。この後に続くものが、まだあった。
———来てしまう!
焦ったが、枷が解ける筈もない。ポチがどうなってるか知らないフリッグは、両手を横に広げた。前を見る。翡翠の目に火が灯った!
「交声曲……カンタータ!!」
"交声曲<Cantata>"!!
叫んだと同時に激しく周囲が光った!その光は縛られたポチの体躯を包み込んでゆく———!!
独唱(=叙唱)、重唱(=詠唱)、合唱(=二重合唱)から作り上げられた技・交声曲だ。三つの絶対音感による攻撃は組み合わされ、更に一つの絶大な威力をもった攻撃が加算されて、驚異の力を作り出すのだ。
光がポチの身体中に衝撃を与えた!外部からではない、内部へと直接に響くものだ。竜の口から血が滴り始める。彼女の巨体はよろめき、地面に落ちた。と、同時にフリッグもその場に倒れ込んだ。
『———まさか、四連魔法陣が使えたとは』
ふらふらと飛行しながらポチはフリッグの元へ戻ってきた。力尽き、倒れたフリッグに意識は無い。
フリッグ=サ・ガ=マーリンが得意とした四連魔法陣とは、絶対音感によって作り出した攻撃を魔法陣にし、それを重ねたものだった。三つの重なった攻撃に、さらに効果が乗せられるのだ。四つの重なった攻撃が醸し出すハーモニーは、恐ろしい程の威力を持っている。流石のポチもそれに堪えるのだが、幸いにも威力がまだ中途半端だったので動けたのだ。
フリッグは力尽きていたので、ポチが側に居ることに気付かずにいた。予想通り倒れていたフリッグに安堵する。ポチは彼を口にくわえた。と、同時になにか乾いた音がポチの体躯を貫いた———。
空を見た。帝国軍の飛行機が旋回している。ポチの躰は弾丸に貫かれていた。赤い血が滴る。ポチは翼を広げ、フリッグをくわえたまま飛び立った。それを追うように飛行機は飛んで行く。
チェヴラシカ大草原周辺までポチは飛んだ。着地しようとした瞬間、竜の右目に弾が当たった!
『———ッア゛!!』
痛みに耐えられず、ポチはフリッグを落とした。飛行機から飛び降りてきた人影はすかさずそれをキャッチした。そのまま草むらに転がり込む。
飛行機は旋回しながらポチを射撃していた———。
* * *
「————起きたか?」
徐々に視界がハッキリとしてきた。紅い光と青い光が一直線に並んで見えている。それはだんだんと輪郭線を顕してきた。———ウェスウィウスの顔が、そこにあった。
「……ウェス?」
「喋るな。死ぬぞ」
喉から捻り出された小さな声をウェスは止めた。膝枕をしてくれているウェスウィウスは後ろをちらりと見た。竜の悶え声や銃声が轟いている。
フリッグは腹部を見た。包帯が巻かれ、止血されている。恐らくウェスウィウスがやったものだろう。
「あれは、ポチか?」
ウェスウィウスの呟きにフリッグは頷いた。
「いきなり、襲って……きた」
「そうか」
「……ウェス、は?」
ウェスウィウスはここまで来た経緯を簡潔に述べた。深夜に、「竜が暴れている」という連絡が入って駆り出されたそうだ。
「……そっか」
静かにフリッグは瞼を閉じる。ポチが苦しんでいる———彼女の声は助けを求めていた。
ウェスウィウスはフリッグの躰をそっと持ち上げて近くの大樹の根本に置いた。そして優しく彼の手に銀の筒を持たせた。右手の指を引き金にかけ、安全装置を外す。———ウェスウィウス愛用のS&W M10だ。
「……これ、ウェスの———……」
愛人じゃないか、とまで言葉が続かなかった。途切れた細い声にフリッグの身を案じながらウェスウィウスは立ち上がる。
「俺の愛人……じゃなくて、愛銃だよ。手ぶらじゃ危ないから持っとけ。こめかみサイズだぞ。
かの偉い坊さんも愛用してる奴だぜ」
歯をニッと見せ、笑顔を向けたウェスウィウスに、呆れた目をフリッグは向けた。
「———誰だよ」
「だから、ある有名な偉い坊さんだって言ってんだろ。因みに最年少でお偉い坊さんの地位を手に入れたらしいぜ。その人愛用って、凄くね?」
「知らない」
意地でも突っ込みをいれていた。
フリッグに背中を向けたウェスウィウスは、先程までの優しげな雰囲気を一掃させた言い方で、静かにフリッグに語りかけた。
「———アイツがポチだろうと、関係なく殺る」
その言葉を聞いたフリッグの目が見開かれた。冗談であって欲しい……。
「な、何言ってんだか……理解出来ないよ」
「しなくて良い」
少年の言葉はピシャリと遮られた。
ホルダーからもう一丁、銃を取り出し弾を装填する。空の薬莢が地面に六弾落とされた。弾を込める音が静かに鳴り響く。不安な音だった。聞きたくない音だった。
———止めて。止めてくれ。いくら襲ってきたとしても、アイツはアイツなんだ。ポチにも事情がある。きっと昔の僕が何かしたんだ。"約束"ってやつを破ったんだ。だからウェス、止めてくれ!
弾が装填された銃を構え、前に進んでいくウェスウィウスを止めたくても躰が麻痺して動かなかった。次第に視界が白くなっていく。意識も遠退いていく。血液を大量に失ったからだろうか。動きたくても動けないもどかしさに彼は嘆いた。
だが、嘆いているうちに。
プツリ、と現実と自分を結び付けていた紐は何かに切られてしまっていた。
<Oz.10:Howling-母と子(Frigg)、忘れ路- Fin>