ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Veronica*Oz.10更新中&オリジナル募集中 ( No.141 )
日時: 2011/02/03 18:17
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
参照: 今回のマーリンを石田彰氏の声だと思いながら読むとより楽しめる訳でも無い

 止まない砲撃。それは次々にポチの躰を貫いていく。

「一体何処から来たんだ?このサイズの竜なんて……」
坊主刈りのカーネリア種の青年は戦闘機の窓から見える、苦しむ竜を見て呟いた。誇り高き竜族が人里に現れることなどそうそう無い。

 竜の口が開かれた。真っ赤に燃え盛る焔が飛行機を焼いた。機体を燃やされ、それは虚しく地に堕ちる。が、飛行機は一機だけではない。幾つもの"鉄の鳥"が、機体から銃口を現し、竜を撃ち抜く。それに対抗して焔が吐かれる。


———フリッグは何処に行った!?

猛攻に絶えながらも、常に思考はフリッグの身を案じていた。

———連れていけば思い出すと思ったのだ……。

記憶すら消え失せたフリッグ。彼が自分を思い出せそうにないのならば———

"ウィンディア"に連れていくしか無い。


 "約束"を破った。それに憤るポチだった。しかし、僅かながらも期待をしていた。———思い出す、と。

 フリッグが自分から離れていくのが怖かった。彼がフレイに名を言われた時に、フリッグがフリッグだということを確信した。昔のあやつとの約束があった。その約束が、今までずっとポチを支えていたのだ。


———私はポチでは無いのだよ、フリッグ。

      私の名は———


<Oz.11:Howling-母(Tiamat)と子、追憶->



 フリッグの躰が白い靄のかかった世界に放り出された。地べたに躰をぶつけた痛みで意識が宿り、起き上がる。目の前に萌黄色の服を纏った青年が立っていた。彼はにこにこと笑みを浮かべている。

「———やあ」
翡翠の目を開き、女の様に細い手をフリッグに向けて彼は声をかけた。フリッグと同じ色の髪が静かに揺れている。

「何が『やあ』だよ」フリッグはきつく青年を睨み付けた。「今まで話しかけても無視してた癖に」
「それはすみませんでした、フリッグ」目を細めて彼は軽く謝罪した。「あ、いや……僕もフリッグだから、この場合どうするべきでしょうか」
青年に振られたフリッグは仏頂面で返す。
「知らないよ」

「僕がフリッグで君がフリッグ二世」
「やだよ」即答で提案を拒否した。「登場は僕の方が先」
「では、僕がマーリン、君がフリッグ。これはどうですか?これなら書き手も読み手も困りません」
「それで良い。てか、それが良い。
作者の都合はどうでも良いけど、読者の人たちには分かりやすくなるから」
「じゃあ、そうしましょう」
そう言ってマーリンはフリッグに再度笑いかけた。

 今まで話しかけても聞いてくれなかったマーリンが、急に自分から声をかけてくることが不思議で仕方がなかった。と同時に、この男がかつての自分だったことに絶望する。嫌で仕方ない。まるで人をからかっているような素振りが不愉快だった。

「マーリンは昔の僕、なんでしょ」
何気なく訊ねたフリッグに、丁寧にマーリンは返答する。
「はい。但し、君はクリアーと違って"転生"ではありませんが」
「クリアー?」
聞き覚えがなかった。ウェロニカの昔はクリュムと言ったのだから、別人なのかも知れない———とすると、自分は何気に何人もの女と関係を持っていた女誑しだったのかもしれない!その考えに囚われつつあるフリッグは尚更マーリンが嫌いになった。

「ああ、クリュムの渾名です。僕とクリュムだけの呼び名です。二人隠れて関係を持っていましたからね」
「最悪だね」
フリッグの厳しい言葉にマーリンは苦笑いを浮かべた。

「はは。好きに言ってください。"神聖な存在である巫女ヴォルヴァは純潔でなければならない"という仕来たりを容赦無く破っていたものですからね。僕も、クリアーも」自嘲染みた笑いでマーリンは喋っていた。じきにはっとした顔をし「話が逸れましたね。戻しましょう」と、焦った様子で会話を戻した。

 周囲の靄はなかなか晴れない。まるでフリッグの今の心情を具現化したようである。マーリンに対する疑いの念は、晴れるどころか募るばかりだ。

「君は僕です」
そう言ったマーリンに、反射的にフリッグは言い返す。
「知ってる。生まれ変わりかなんかだろ?」

少年の投げ遣りな返答にマーリンは笑いながら首を横に振る。
「少し語弊———というか、勘違いしているようですね。
君は僕だ。心も、躰も」
「躰?」
「そう」まるで保母さんが泣きじゃくる園児と喋る際に目線を合わせるのと同じように、青年は少年に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。「"君"自体が僕なんですよ」

訳が分からないフリッグは無意識のうちに眉間に皺を寄せていた。マーリンは彼の心情を完全に理解していた。突然そんなことを言われて解る人間など居ないだろう。だから彼は丁寧に順を追って説明しようと始めた。

「僕は過去にファウストの野望を止めました。それと同時に僕は大切な存在を喪った———そう、クリアーです。
彼女の蘇生は無理でした。人は人のことわりを曲げることは禁じられていますし、不可能です。死したものは、この世に甦らない。だから、如何なる手段を用いても、僕はクリアーを生き返らせれなかった」

マーリンは静かに目を閉じた。彼の脳裏には、クリュムが死んだ瞬間が色鮮やかに再生されている。———冷たい石の床に転がる女の姿が。

「でも、一つ手段がありました。彼女を転生させることです。転生には千年という長い時間が必要でした。
僕は彼女が千年後、違う場所、違う種族で転生するように仕組みました。僕は死んでいても良かった。彼女が幸せな生涯を送り、死んで逝ければ良かったのですから。

しかし、ファウストは死んでいませんでした。奴は自分の目的にクリアーが必要でした。僕が彼女を転生させたのを知った奴は、自分が千年後甦る様に術をかけたのです。それを阻止しなくてはいけない、ですから僕は自分自身に魔法をかけたんです。———自分も千年後に甦る術を」

「千年後甦る?じゃあ何で僕って存在が……」
マーリンの意図通りの疑問をぶつけたフリッグに、青年は優しく微笑む。まるで、「待ってました」と言いたげな表情で。

「甦りました。が、色々と小細工をしているうちに躰が耐えられなくなったんです。反動で急激に躰が縮んでしまったようで———記憶も全てわすれて、ね」
「じゃあ訊いても良いかな。
ポチとは何があったの?ジェームズの村を滅ぼした理由とか……!」
フリッグは急に立ち上がり、感情のままに疑問をぶつけた。だが、それは静かに受け流される。

「その辺りは君自身が思い出してください。今ここに居る僕は、君の記憶の断片が形作られたようなものなんです。詳しくは分からないし語れない。
それは君が思い出すことだ、フリッグ」

顔はいつの間にか厳しいものに変わっていた。マーリンは優しげな口調でも、中に刺があるような言葉を投げ掛けていた。

 何かを思い出したように、青年は軽く顔を上げ、宙を見た。そして、その後すぐに立ち上がり、フリッグを見て言った。

「時間が来ました。僕はもう行かなければいけない。
あとは君が思い出して下さい、フリッグ」

「待っ———!」
萌黄色の袖を掴むより先に、それは靄と同化して消えていった。最後までマーリンは笑みをフリッグに向けていた。まるで彼の様子を見守ることを楽しみにしているかのように———。


 マーリンが消え失せたと同時に、何かが頭の中に過った。深緑の、鱗に覆われた爬虫類のような巨体が見える。それはポチのようだ。

頭に激痛が走る!フリッグは地面に倒れ込み、頭を押さえた。———何かが流れ込んでくる。目まぐるしく回るコマに少年の脳は追い付かない!


 やがてそれがある程度やんだところでフリッグは起き上がった。頭痛はやんでいた。少年は自分に言うように、呟いた。

「———思い、出した……。ポチとの約束……」

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