ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Veronica*Oz.10更新中&オリジナル募集中 ( No.145 )
- 日時: 2011/03/12 17:43
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: インフルフル、インフルフルフル、インフルフル
女はその日の朝、いつものように買い出しに行っていた。
庶民の出であった彼女は、生まれながら持っていた美貌を買われ、有力者の息子の元に嫁ぎ、一気に幸福を手に入れたのだった。子に恵まれ、孫に恵まれ———幸せの絶頂だった。
趣味の買い出しは、昔から家の召し使いにも譲らない程楽しみだったものである。彼女はいつも鼻唄を歌いながら行ったものだった。
だが。
家に着き、入った彼女は目を疑った。
夫も、子も、孫も、家に仕える人間も、皆殺しにされていたのだ———!彼女が家に入ってすぐ、何かが燃える臭いが室内に立ち込められた。
『これで良いんだろうなぁ?』
と、聞き覚えのある低い声。
『おうよ。今、この家の×××××も入って行ったしよ。これで次の選挙に邪魔者は消え失せたぜ』
続いて聞こえたのも、聞き覚えのある若い声。
———あやつら、が?
女の中に憎悪が芽吹いた。彼女は今の会話を聞いて、確信した。———この惨劇の犯人を。
———あやつらが、殺ったのか……!?
憎悪がふつふつと沸き立つ。押さえきれなくなった怒りや憎しみ———負の感情は一気に溢れ出る。女性は、まるで獣のような咆哮を上げた!
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
次第に女の躰が深緑の鱗に被われて行く。女の白髪が混ざった金の髪は抜け落ち、目立たない小皺か多少ある綺麗な顔立ちは、面影を残さない。紅の目からは血が滴り、口は裂け、綺麗な歯並びは全て鋭く剥き出した牙に変わり果てた。女の躰が膨張する。細かった四肢は鱗に被われ、爪が鋭く光った。躰は竜のようになっていく———!
『おいっ、アレは何だ!?』
燃え盛る木造の豪邸の中から、竜の姿が現れた。
若く、筋肉質の男が先に気付き、もう一人の少し年上の男に訊く。若い男が指差す先には、深緑の鱗の体躯があった。
『竜?何で此処に———?』
年上の男の声に反応した竜は、二人の男を睨んだ。と、同時に口から赤々と燃える火を吐き出し、焼き尽くす。
『ッア、ア゛!?』
焔に焼かれ、男の躰が爛れていく。苦しむ姿はまるで踊っているようだ。躍り疲れて倒れるように男たちは倒れた。黒く焼け焦げた部分と、皮膚が溶けた部分とあった。命は無かった。
———まだ足りんッッッ!!
かつて女だった竜は叫んだ。そして彼女は両翼を広げ、空へ飛び立つ。家族を一瞬で喪った理由を作った奴等を殲滅するために———。
* * *
「———暴れ竜?」
口からウィンナーをポロリと落としたフリッグ=サ・ガ=マーリンを見て、黄土色の髪をしたジェイド種の女性は頷いた。
「そう、暴れ竜」両サイドの前髪だけ胸の辺りまで伸ばし結んでいるが、後ろ髪は肩までしか無い。まだ二十歳を超えていないようだが妙に大人びた雰囲気を醸し出している。丸い翡翠の目がフリッグを頼るように向けられた。「皆殺す気なの。フリッグ、どうにか出来ないかなって」
「いくらなんでも無理じゃないかな……」
フリッグは溜め息を吐いた。自分の愛する巫女クリュムの頼み事でもそれはいくらなんでも無理がある。
ジェイド種が繁栄している時代。魔法を極めた者に与えられる最高の称号[大魔導師]を十五の頃に取った、最年少の大魔導師フリッグ=サ・ガ=マーリン二十歳。
「ねえ、お願いっ!」
両手を眼前で合わせて請うクリュムにフリッグは困った。———断れそうな雰囲気では無い。
「仕方ないなぁ……」
フォークをテーブルに置く。食事を終えた彼はクリュムの様子を見て、仕方なさそうに言った。彼女の目が輝く。
「本当!?」
「クリアーの頼み事なら仕方ないし。……どうせ、無理矢理やらせるんでしょ?」
フリッグの的を射た発言に照れながらクリュムは笑った。図星だった。
人が二人入るだけで窮屈な部屋には、小さな本棚と、小さな円テーブル、そしてベッドがあるだけだ。クリアーこと、巫女クリュムの部屋である。
ジェイド種の都ウィンディアには"巫女"と呼ばれる者が、一人だけいる。
巫女とは、都の中心にある遺跡ラッフレッドーレで、ウィンディアの未来を占い、祈祷する神聖な存在だ。癒しの力に長けた女性を一人選び、死ぬまで巫女としての職務を全うする。巫女が死ねば、次の巫女候補を探しだし、一番力のあるものを巫女とする。クリュムは先月連れて来られたばかりの巫女だった。
巫女に選ばれた者は遺跡内部にある大書庫に居なければならない。逃げ出さないようにそこで幽閉するのだ。外出以外の必要最低限の生活は保障されるが、容易に人に会うことも禁じられているため知識は書庫にある本から拾うしかなかった。
だからフリッグはいつもこの窮屈な部屋で彼女との時間を過ごすのだ。調理場の無い部屋なので、彼が外で作ったものを持ち込んで一緒に食べる。勿論、それは許されていないので隠れてやっているのだ。
空になった皿はそのまま机の上に置かれたままだ。フリッグは目の前にいるクリュムをそっと自分の元に誘い込む。
「やるなら、お礼とかってこと?」
悪戯にクリュムは笑った。頭をフリッグの胸板に付け、彼の顔を見上げる。
「いーえ。
出掛ける前に少しでも触れておこうと思いまして」
にこにことした笑みを浮かべながらフリッグはクリュムの黄土色の髪をくるくると指に巻き付ける。この仕草はなにかやらしいことを考えている証拠だ、とクリュムは確信する。
「敬語ってことは何かヤラしいコト考えてますなあ♪」
クリュムはにやにやしながらフリッグの胸に躰を埋めた。男の腕が、女を優しく包み込む。女は至福に包まれた笑みを男の顔に近付けた。細い指が、女らしさを秘めた細い顔に触れる。顔に触れるクリュムの折れそうなくらい細い指をフリッグはそっと包むように触った。
それから暫くの間、彼らの間に万人が立ち入ることを禁じた時間が流れた———。
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