ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Veronica*Oz.11更新中&オリジナル募集中 ( No.162 )
- 日時: 2011/02/17 19:17
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: テスト期間中、携帯で書きとめていたものをまとめてUP中
特技のアレ以外、手段は無い。右足を大きく踏み込ませ、左足で円を描く。白光を宿してゆく円は魔法陣。徐々に広がるそれの中心に両手をついた。
両手をついたことで更に眩しさを増した円から一旦手を離す。光が付着した両手を真上に突きだし、一回転する。そして声帯を震わせた。
「"叙唱<Recitativo>"」
いつもよりも数段低い声だ。まるでその声に反応したかのように白光は淡い緑を待とって緑白色に変わった。思わずその光に見とれていた竜は自分に何があったか気付かなかった。気付けば自分の進路は全て見えない壁によって塞がれてしまっている……!
今度は両手を前に突き出したフリッグは掌を地面と垂直にし、右手を上に重ねた。蒼白色の小さな光が手に灯り、続けて言う。
「"詠唱<Aria>"」
閉じ込められた竜を蒼白色の光の筋が、拘束した。その苦しさにもがいた。が、縛りは暴れるほどにきつくなっていくのだ。肉にまでそれは食い込んでおり、苦痛が躰中を駆け巡る。
「"二重合唱<Cori Spezzati>"です。驚いたでしょう?」
何の嫌がらせか、青年は笑顔を向けて話しかけてきた。竜は言葉を返そうとしたが声を出す余裕がない。呻き声だけで精一杯の口は途切れ途切れの語句を時たま発し、忙しく開閉していた。
「二つ合わせないと出ない、合体魔法みたいなものです」彼の顔は、実に嫌らしい。「あともう一つ、ありますけどね」
短いスタッカートのような笑いを混ぜて言った。然り気無い殺意が仄めかされている気もする———と竜が思っていると、青年は大きく声帯を震わせた。
「"交声曲<Cantata>"!」
縛りが緩くなっていった。ほどける、と思った矢先のことだ。激しく周囲が光った!その光は深緑ね巨体を包み込んでいき、内部に直接に響く衝撃を与えた!強烈な痛みが躰を貫く。閉じ込めていた白の壁は溶けるように消え、巨体がどすんと堕ちた。
風が哭いた。寂しく哭いた。青年の乱れた金糸が揺れ動く。目の前で堕ちて動かない竜の頭をそっと撫でた。辛うじて呼吸しているので死んでは居ないようだ。———ホッとした。
———すみませんね。
謝罪の言葉が自然と溢れていた。連れて帰るべきであろうが、その気にならない。
倒れた竜の首筋を背凭れにし、座り込んだ。フリッグの口から無意識に長い溜め息が漏れた。
「———おなかすいたな」
溜め息に混じって、呟きが溢れ落ちていた。
……別に空腹感は無い。ただ何か言葉が漏れてしまっただけだった。何も思わず、本当に無意識に漏れた呟きだったのだ。何か漏らさずには居られなかった。
* * *
「———目、覚めましたか?」
ゆっくりと開いた血の目は、端正な顔立ちを捉えた。翡翠の目が微笑みを纏いながら此方を見詰めている。
竜は首だけを動かした。いや、正しく言えば動かせなかったのだ。フリッグはそっと竜の顔に触れた。自分躰五人分より大きい竜の頭に光る血赤色はフリッグをしっかり捉えていた。翡翠と目が合う。彼はにこりと笑いかけていた。
「先程とは偉い違いだ」
ふ、と竜は笑った。目付きも雰囲気も何もかもが違う。自分を追い込んで倒そうとしてきた男とはまるで別人だった。
「ははは」
「誤魔化すな」
笑って誤魔化そうとしたフリッグに釘を指す。彼は目元を擦っていた。
「すみません。元気なようでホッとしました」
竜は、このやり取りに懐かしさを感じてしまった。息子がフリッグと同じ歳ぐらいの時にあったやり取りにとても似ていた。思わず笑いが漏れてしまう。それを見逃さなかったフリッグはにやりとした。
「やっと笑いましたね」
竜の心からは、自然と怒りが消えていた。今まであった憎悪も無い。攻撃的だったフリッグに対し、怒りを覚えるはずだが不思議とそれは無かった。まだ躰は動かせないが笑うことに苦は無かった。
———いつ振りか。
心から笑うという行為がひどく久し振りに思えた。
いつからか、笑わなくなったのは。
いつからか、嘲るようになったのは。
「名前、まだ訊いてませんでしたね」
彼の澄んだ声が聞こえた。フリッグは名を名乗っていたが自分はまだ名乗っていなかった。
微笑みが浮かんだ。
しゃがれた女声は穏やかだった。
それは彼女の名前を紡いだ。
「私の名は、——————」
しかと青年はその名を耳に刻んだ。
焼け残った緑の中に小さく咲いた、薄桃色の花が、風に揺れた。
* * *
———思い出したんだ!!
フリッグは飛び起きた!同時に腹部に激痛が走り、思わず屈み込んだ。が、すぐに躰を上げ、走り出した。
『———私の名は——————』
———ああ。思い出したよ。お前の名、お前との約束。
まだポチは暴れて苦しんでいる。ウェスウィウスが去ってからどのくらい経ったかは分からない。昔の自分、マーリンとのやり取りにどのくらいかかったのかも分からない。が、今すぐポチの元に行きたい。行きたくて仕方ないんだ!
———昔の僕との約束事。今の僕は、マーリンでは無いよ。僕は僕だ。
でも。
でも、貴女との約束は破りたくないんだ。
約束事を結んでる人が違うなら、また僕が結んであげるから———!
遠くで轟音がしている。腹部を押さえながらフリッグは走った。深緑の鱗に覆われた巨体が絶え間無く砲撃を受けている。———関係は無かった。
空には朝焼けが見えていた———。
<Oz.11:Howling-母(Tiamat)と子、追憶- Fin>