ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Veronica*Oz.11更新中&オリジナル募集中 ( No.164 )
- 日時: 2011/02/19 19:30
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: http://www.youtube.com/watch?v
フォルセティの小さな躰が吹き飛んだ。壁に頭を強く打つ。———脳震盪を起こしたのか、ぼんやりとしている。
飛んでいくポチを追いかけ、もうすぐでチェヴラシカ大草原に辿り着く所だった。草原と街中の丁度中間、一歩踏み出せば叢というような場所から一気に街中に押し戻されたのだ。煉瓦の上に座り込み、彼は頭を押さえる。辛うじて意識があるものの、躰はいつものようには動かせないようだ。
———足音が聞こえる。煉瓦の上を歩く不気味なリズムだ。一定間隔で鳴り響くそれは明らかに自分に向かってきている。自分を飛ばした奴に違いない、と無理矢理躰を立ち上がらせた。
「天命の書版の持ち主だな」
白髪で天パの男はぎろりと此方を見た。神器所持を何故知っているのか疑問に思うと同時に嘯いても通用しないだろうと確信した。なので限りなく小さな声で
「……はい」
とだけ答え、頷いた。それを見聞きした男は、にやりと笑う。
男は両手に一本ずつ剣を持った。どこから出したかは分からなかったが、恐らくは自分の神器と同じ原理だろう。右には焔を思わせる赤い剣を、左には水色の剣を。二つを眼前で交差させ、隙間からフォルセティを捉え、口元を歪ませた。
リュミエールと同族だが、彼は明らかに好戦的なエンジェルオーラ族に属しているようだ。……肉弾戦で男に勝つのは不可能なことだと、自分は痛いほど分かっていた。ウェスウィウスやイルーシヴから護身用といって剣技等を教わったことがあったが、体力的な問題もあってか、全く駄目である。だが相手が構えている以上、自分も手ぶらで居るわけにはいかない。手元に書版を出現させ、抱えた。
男が踏み込んだ!右の剣がフォルセティに斬り込みかかる。空気が斬れる音がした。高速で縄跳びを跳ぶとびゅん、という音がするがそれとは少し音の感じが違う。剣独特のあの斬る音だ。"斬"の音読み、「ざん」に近い音に聞こえた。
「"極光の将護"ッッ」
刃が斬り込むより先に、少年は口を大開きにして唱えた。開いた頁ののどから一筋の透き通った蒼の光が現れ、フォルセティを護るように盾を作る。氷雪系呪文第一階位のこの呪文は、素早く氷の盾を作って身を守るものだ。が、"氷"の盾であるため焔にはめっぽう弱いという弱点を持っている。
男の剣が盾に斬り込む!———ここでフォルセティは自分の失態に気付いたのだった。
剣の触れた箇所がじっくり溶けている……!溶けて水になった氷がフォルセティの頬に落ちた。なんという失態、だが今盾を解けば斬られる。しかしこのままでも斬られてしまう———!
とうとう氷が溶け、剣の刃がフォルセティに触れた。頭てっぺんに斬りかかったそれを完全にはよけれず、栗毛が数センチ斬られて風に舞う。
「運が良いなァ!」
相手は待ってもくれず、続けて、今度は左の剣を振るった。流水が発生し、フォルセティの髪を濡らす。———技を出す瞬間が掴めない。敵の猛攻を避けるのが精一杯になっていた。
千鳥足。見ている人を、いつ転けるか不安に駆らせるような走り方で逃げる。後を成年男性が猛威を振るいながら追っていた。民家に逃げ込むわけにもいかない。小柄な体格を生かし、男が踏み込んで剣を振るった瞬間に出来た大きな隙を狙って、進路を変えようとした。が、そんなことを男が許す筈もない。突ける隙すら見せず、剣閃を放っている。
遂に刃先がフォルセティの脇腹に刺さり、そのまま壁へと押し出した。肉には触れず、服だけを貫いている。木製の朽ちかけた扉に、まるで虫ピンに刺された昆虫の標本のようにフォルセティは固定される。込み上げてくる死への恐怖心から、つい手に持っていた本を地べたに落としてしまった。
「死のうか」
男は空いた水の剣を構え、卑しく笑った。彼の服にプリントされている髑髏は死神のように見えた。———考えろ、考えるんだ。打開策は必ず見つかる。必死に思考を巡らせた。
『"人には乗り越えられる試練しか与えられない"のだそうよ』
厳しい言い方の中に慈愛が込められた、少し低めの女性の声がフォルセティの脳にこだました。
フォルセティが慕う人間。母のような存在。彼女の言葉が、イルーシヴの言葉が脳裏を巡回している。
———そうだよ。
どうにか、なるさ。そう思った彼の口元から自然に笑みが溢れた。男はそれを不審がる。
「何が面白い?」
「…………いいえ。思い出し笑いって奴です。
———走馬灯が見える感じがしたんで」
———無論嘘である。バレぬよう表情を前髪で隠し、声色を低く小さくして喋った。受賞ものの演技だったろう。自分でも絶賛する程の出来だとフォルセティは思う。実際男はペースに飲まれていた。
「最期に言葉は」
そう言う男には遺言など聞くつもりは無さそうだ。雰囲気が語っている。先読みしたフォルセティはタイミングを待った。早く、早くしろ!と、相手を心の内で急かした。そう、この時既に彼の頭には"打開策"が閃いていたのだ。
<Oz.12:Tagesanbruch-黎明->
「じゃあ——— 一つ、良いですか」
静かにフォルセティは訊いた。「言った」と「訊いた」の中間ぐらいの、曖昧な言葉だった。———ここが重要だ。男に出来た一瞬の隙を突く。彼が"遺言"を少しでも聞く体勢に入るのを待つ。先程同様に顔を隠してぼそぼそ喋った。
「……何だ。」
早くしろという心情をはっきりと表に出しながら男はフォルセティに言った。少しだけ剣を降ろす。
———来た!
待ちに待ったこの瞬間!フォルセティは言葉を紡ぐ体勢に入った。大きく息を吸い込んだ!
「"雷晄閃彈"!」
少年の力が籠った猛々しい大声に反応したかのように、彼の足元に落とされていた本が激しい光を発した!
雷晄閃彈———攻撃力こそ無いが、激しい閃光を放ち、相手の視力を一時的に奪う呪文である。
自分は相手を捩じ伏せる様な力など兼ね備えていない。殴られれば一発で屈伏する、弱く脆い人間である。子供ならではの貧弱な肉体が、更に運動嫌いという馬鹿の壁に覆われて尚一層自分を躰を動かすことから遠ざけられていたのだから。
「———ック!?」
突如焚かれたフラッシュライトの閃光に思わず男は目を閉じるだけでなく両腕までも使って光を遮ろうとした。なので両手に持っていた二刀は落ち、刃と煉瓦がぶつかり合って金属音を奏でた。目眩ましによって大きく隙が出来る。男の股下を潜り抜け、そのままフォルセティは逃げ出した。
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