ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Veronica*Oz.11更新中&オリジナル募集中 ( No.174 )
日時: 2011/03/06 14:44
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: 最終更新が2/23ってwww

* * *

 古代遺跡の中に彼らは居た。

ジェイド種の都ウィンディア。今はそこを拠点としている。ウェロニカは瞼を閉じた。……自分が誰なのか、分かっていない。分かろうとする気も無い。ファウストという男に忠実であることが自分の存在意義なのだろうと感じ、それが自分の全てであると思っているのだ。


「【巫女】。十二神将はどのくらい集まった?」
仄かに灯りが灯る広間にアングルボザの幼い声がこだました。十二神将———ファウスト選りすぐりの者からなる集団だ。それぞれ異名を持っている。アングルボザは十二神将では無かったが、ファウストの代わりに十二神将を纏めるときがあった。ウェロニカはあまり彼女を好かない。好きになれない何かがあった。それがあったからという訳ではないが、ウェロニカは黙っていた。

「———【愚者】は?」
まるで出席をとるようにアングルボザはウェロニカに訊く。見回せば直ぐに人数を把握できるのに、と不服に思いながらも丁寧にウェロニカは答えていく。
「腹痛を起こして帰りました」
「【雷神】は」
「娘のデートが心配でついていきました」
「【無邪気】」
「さあ。遊びに出てるんでしょう」
「【蜃気楼】」
「着信拒否されました」
「【罪禍】」
「連絡つかず、です」
「【豊穣】」
「【奔放者】・【放蕩者】共々愛人と遊んでるでしょう」
「———【喰狼】は不在……」
呆れたアングルボザは長く深い息を吐き出してから部屋を一回見回した。ぽつりぽつりとした人数である。

「これが十二神将の集まりかね?酷いねェ……」

黒の幼女が口に出そうとした言葉は違う人間に取られていた。禿げ頭をてからせ、透き通った水晶の様な目は飛び出るのではと不安になるくらいのギョロ目である。歳も結構なものだろう。科学者のように、白衣を纏った男の老人だ。仕草や言動は狂っているのではないかと心配になるものばかりのこの男は渇いた笑いを何度か漏らし、ウェロニカに歩み寄った。

「———【狂信者】」

ラズリ種の娘にそう呼ばれた【狂信者】は皺くちゃの右手でウェロニカの白金の流れを撫でた。
「集まっているのは【女帝】【大蛇】【巫女】、そして儂の四人か。十二人中四人とは集まりが酷いねェ」
「……今日の内容は、大陸最南端の火山プロミネンスト火山に封印されている生命体の封印解除の話だった筈だけど、この集まりじゃ無理ね」
早く欠けた十二神将を探して、ちゃんと揃うようにしたかったアングルボザは呆れながら言った。


 十二神将と称している割には、正直ちゃんと十二人いるという訳でもなかった。しかし人数が揃っていない段階から「十二神将」という名称があったのには、ちゃんとした訳がある。
 ファウストがウィンディア時代に属していた集団の名前がそれだったのだ。変なところで過去にこだわる男だということを、ヘルもアングルボザも既知であった。

 

 ……いや、あの男に未来など見えていないのだろう。


 
 何時までも過去にばかり縋りつく、哀れな男———。その内面を知っているのは、恐らくアングルボザやヘル等、ウィンディアが繁栄していた時期を知っている者だけだろう。



* * *


「———ロキ様」

くぐもった女声に気付いたロキは振り向いた。大草原にポツリと一つだけあるベンチに座っていたロキの背後には萌黄色のウェーブがかかったショートヘアを揺らしている大人しそうな女性が立っている。水晶の目は、光を宿していない。薄い黄色を基調とした服装の彼女は、まるで男が何か言うのを待つかのように直立不動でその場に居た。

「シギュン」
「———集まりをサボってよろしかったのですか」
シギュンと呼ばれたその女性は喋る前に小さくハイと返事をしていた。その後に来た問いかけにロキはがしゃがしゃと橙色の髪を掻きむしりながら、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「あー、あいつらは勝手にやるだろ。大丈夫大丈夫」
軽々しい返答はいつも通りのものである。毎回、態々訊くのも失礼だと思いながらもシギュンはロキに訊く。いつも彼は文句など言わず、シギュンの問いに答えてくれた。


 シギュンは右手首を見た。傷痕がある。かつて自殺願望の塊だった自分に生きる理由を作ってくれたロキは自分の全てである。彼のために生きることが本望なのだ。もう死のうと考えることは———多分無い。

「……スノウィンの神器回収は」
何故こんなに仕事のことばかり訊いてしまうのだろう。迷惑だと思われているに違いないと思っているのに訊いてしまう理由がシギュンは自分でも分からなかった。しかし、ロキは呆気なく答える。
「サボる」
別に驚きはしなかった。何故ならこのような答えなど日常茶飯事同様のものだからである。だから彼女は声に出して了解とは言わず、それを示すように深く頷いた。


———仰せの通りに。私は貴方に従います。


* * *


 足が重い。
 思っていたよりも躰の状態は悪かった。しかし、甘くみていた自分自身を叱咤する余裕など無い。フリッグはゆっくりと右手に持つ拳銃の安全装置を外した。これで引き金を引けば弾丸が撃ち出される。

 呼吸が酷く荒い。ふと三年前を思い出した。あの時も、こんな感じで———昔に比べれば体力がついたことは自分でも分かっている。が、どうも呼吸が荒くなると思い出してしまう。こうなると自分は何も守れない脆弱な存在だと思い込み始めてしまう。フリッグは頬を叩いた。

———そんなこと考えてどうする!意味無いぞ、そんなこと。

そう自分に言い聞かせて。


 右手の拳銃も重く感じられ始めた。安全装置を外してからである。ウェスウィウスが使っているこれは所々に傷が付いている。彼が昔から使っていることを物語っていた。

———エイルさん……。

ウェスウィウスの彼女の顔が脳裏に浮かび上がった。彼女が彼に贈った品である。最早遺品とも言えるこの銃を渡したウェスウィウスは、彼女がフリッグを護ってくれるとでも思っていたのだろうか。それならウェスウィウスが持っている方がいい気もした。……護られるべきは、奴だと。

目の前で父母が殺され、異父妹を亡くし、挙げ句の果てに結婚を誓い合った女も殺された———。これ以上無いくらいに愛すべき存在を亡くした男だ。今度はウェスウィウスの命を狩りに死神がやってくるのでは無いかとフリッグは思うのだ。

いや、もしかしたらもうこれ以上身内を亡くしたくないのかもしれない。だから彼はフリッグに拳銃を持たせた。……そっちの考察の方が合理的だ。


 銀の躰に刻まれている「S&W」のWの後には小さく「es」と付け足されていた。後からナイフか何かで刻んだものだろう。楔型文字のようである。

———これじゃあ「Sとウェス」だな。

文字を見ていたフリッグの口許が小さく笑う。

 ———ウェスウィウスの彼女であったエイルが彼に贈った誕生日プレゼント。それが彼の持ち物だと示しているように、無理矢理ウェスウィウスのあだ名である「Wes」が刻まれている。プレゼントとしてそれを選んだセンスと言い、無理矢理付け足した「es」と言い、エイルらしさが滲み出ていた。

 銃を愛人と言うのも、何となく分かる気がした。それはウェロニカを喪ってからかもしれない。愛すべき存在が自分に残してくれたものに執着する気持ちは分かる。理解出来る。そのような思考を巡らせていたフリッグは、ポチの行動の理由も理解出来た。愛しい存在を取り戻そうとする意志は、痛いほど分かるからだ。彼女がそうしようとしたように、今度はまた自分がそうするべきなのだろう。

……ポチは大切な存在だった。
昔の自分は彼女を母のように慕い、同時に彼女も自分を子のように接してくれていた。いつしかそれは親子のようになっていた。竜との不思議な親子関係は、種族などという壁に阻まれること無く続いていたものだった。


「死なせるわけには、いかない」
その意志に揺るぎは無い。