ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Veronica  -オリジナル募集中- ( No.19 )
日時: 2011/01/10 14:16
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 7Qg9ad9R)
参照: We Shoudn't relate to people sepurficially.

* * *


 体内で自分の躰を徐々に侵す猛毒に、フリッグは耐えきれず吐血した。ボタ、ボタと赤黒い血が黄緑の草花を染める。巨大化したポチが不安そうにフリッグを見た。


「大丈夫だ」


そう言って彼は口についた血をぬぐった。視界がぼやけて見える。かなり毒は躰に回ったらしい。


——— 一発で決めなくては。


ポチを傍らに呼び、構えた。しかし、次の行動までに躰が追い付かない。そのまま地面に倒れかけたが堪える。


 バジリスクの左眼までにも光が戻った!


 両目を取り戻した怪物はニヤリと口元を歪める。



———駄目だ。終わりかもしれない。


ポチが倒れ込むフリッグの躰をくわえ、蒼空そらへと向かった。少しの間、身を潜め、機会を待つつもりだ。



「藤崎さん!!」


またもコレットの声だ。意識朦朧もうろうのフリッグは彼女の方を見る。


———馬鹿、逃げろと言ったのに。


バジリスクが彼女を真っ直ぐと見つめる。フリッグはそれに反応するのが遅かった。ポチは急降下し、地面に近付いた所で飛び降りたが地面に着いた時には、バジリスクは完全にコレットを見つめていた。


 しかし、コレットは何事もなかったかのように立っている。

 手には、大きな鏡の破片を持っていた。


「見たものを、殺すんでしょ…!?なら、鏡に映った自分も同じじゃない?」



 鏡に映った自分を見たバジリスクの体内に猛毒が回り始めた。怪物はその毒に悶え苦しみ、叫び声と共に身体中から血を吹き出していた。


「今です、藤崎さん!!」


「藤崎じゃない、フリッグだって…!」


叫んだコレットに訂正をかましながらフリッグはポチを自分の後ろに誘った。

両手を大きく広げ、それを真上に上げる。ポチの大きな口が開いた。フリッグは、大きく、素早く手を動かす。激しい指揮と共に、ポチの口内にほのおが灯り始めた。



"協奏曲<Concerto>"!!!!



 ポチから放たれた灼熱の焔とフリッグが放った無数の尾との刃が一斉にバジリスクを攻撃した!

バジリスクは悲鳴をあげながら赤の火の中で暴れていたがやがて生命の灯火が尽きたのか、動かなくなった。

火が消え、その場には真っ黒に焼け焦げたバジリスクの巨体だけがあった。それは風に掻き消されていった。


 その光景を見届けると同時に、ポチは子竜の姿に戻り、フリッグはその場に倒れ込んだ。


「ポチ?さっきの…って、それどころじゃない!!早く藤崎さんを病院にっ…!!」


 急いでフリッグを担ぐ。ポチはヘッドフォンをくわえた。そのまま彼らは走っていった。



* * *


 二人と一匹が去ってから暫くして、その場に一人の女性が現れた。


「遅くなってすまなかったわね————あら?」

深い紫紺の瞳に蒼のセミロング。自身の背丈を優に超える太刀を携えた女性は何も居ない景色に疑問を感じる。

「何も居ないじゃない。来て損したわ。ウェスに任せて来るべきだったわね」

 少し先に、広範囲に焼け焦げた跡を発見する。それを見て、蒼い口紅を斜めに釣り上げた。

「どこかの誰かさんが殺(や)ってくれたみたいね。感謝、感謝」
感謝と言いながら首を何度も上下に動かした。———紫紺の眼は鋭い眼光を放っている。


 後ろの物陰に、気配を感じた。しかし、彼女は振り向かずにいる。ライオンの胴体と鷲(わし)の頭部と翼を持った魔物、グリフォンだ。

彼女の背の高さなど優に超えてしまうこの魔物はチェヴラシカ大草原が魔物出没地域として立ち入り禁止区域になっている大きな理由の一つでもある。戦意を感じない女性に、大鷲は鋭い爪を振りおろした。



 銀の光が蒼天を真一文字に横切った。



 女性の白い頬に紅い液体が飛び散った。彼女は、胸部を一文字に切られそのまま地に堕ちてゆく大鷲を静かに見届けていた。

グリフォンはどすんという音を周囲に響かせ、地面に堕ちた。女性の右手には銀の刀身の太刀が握られている。細身の女性がとても扱えるとは思えない刀だった。


「———ったく」はあ、と溜息をつき、ポケットから煙草の箱を取り出し一本吸い始めた。「ニコチン補充補充。無駄足で苛々(いらいら)してんのに、何でこんな雑魚相手にしなきゃなんだか。村雨丸、また無駄な血で汚れちゃったじゃないの」

村雨丸と呼んだ太刀を一振りし、刀に付着(つ)いた血を飛ばす。そしてそのまま弧を描くようにし、鞘へと収めた。

「———立ち入り禁止の危険区域とかいう割には、貯水池にある陳腐な看板があるだけで見張りもいないんだから」

吸い終わった煙草の吸殻を真下に捨て、高いヒールの靴で踏んだ。そして、女性は来た道を戻って行った。



 人の居なくなった草原には、草花が風に揺れて鳴らす音だけが響き渡っていた———。


 * * *

———深い、闇の中に居る感覚がある。つかみどころもない、漆黒が眼の前に広がっている。躰が闇に食われてしまいそうだ。

『寒かったでしょう?』
柔らかな女性の声と共に、一筋の光が差し込んできた。

『こんなところに一人ぼっち。あら、雪にまみれて———。さ、おいで』

躰が宙に浮いた。人の温かい、温もりを肌が感じ始めた。


 幼い頃の記憶だろうか。



 徐々に眼を開けるようになる。薄っすらと眼を開くと白い世界が広がっていた。



「起きたか!」


聞いたこともない男の声がした。若い青年とは言えない、四、五十代の男の声だと思われる。

「藤崎さん!!起きました!?」
「だから、藤崎じゃないって。初めて読んだ人が間違えるでしょ…。ごめん、頭痛いからボリューム下げて……」

起き上がると、体に激痛が走った。しかし、そんなフリッグの体に構わずコレットは彼の体を掴み、激しく上下に振った。


「良かったぁ!!!死んじゃったかと思ってぇ!!!!!」

大量に流れる涙で顔をぐしゃぐしゃにした彼女は嗚咽混じりに言い、言い終わった後も泣いていた。

「藤崎さんか。娘を助けてくれて、ありがとうな」

無精髭を生やしたがたいの良い、黒髪のカーネリア種の男がフリッグの頭を乱暴に撫でながら感謝した。隣にはコレットによく似た、少し太った…いや、ふくよかな女性が男の言葉に頷いている。
「有難う、藤崎さん」

———みんなして藤崎で定着してるし…。

今更、訂正する気にもならない。

「コレット・アイゼンヴァンクの父、バレット・アイゼンヴァンクと俺の妻コナーズ・アイゼンヴァンクです」
家族一同して頭を下げる様子に抑揚もない言い方でフリッグは頭を下げ返した。

「そりゃ、どうも」

 ポチが遠くから飛んできて、フリッグの手にヘッドフォンを落とす。彼は急いでそれをつけ直した。

「そういえば、外してましたね、ソレ」
その様子を見ながらコレットが言った。

「———ああ、これね」フリッグは咳き込みながら装着したヘッドフォンを指差した。「これを外すと、ものすごい膨大な音を聞きとっちゃうからさ。あまりに長時間そうしていると頭が割れそうになるから」

ヘッドフォンの着けられている携帯音楽プレーヤーに電源を入れる。激しいロックが彼の耳に流れた。

「緋のウェスウィウスを待っているんだろ?来るまでの宿泊費は全部まけといてやるよ」

バレットはフリッグにウィンクした。———オッサンのウィンクなど気色悪いもの以外なんでも無いのだが。

 有難う、と呟いて頭(こうべ)を下げた直後、フリッグは再び眠りについた———。



 * * *



———ウェロニカとの再会は、きっと何かの予兆にすぎない。



———あの召喚魔法で放たれたバジリスクは、きっと『関わるな』という僕に対する警告だ。



———そんなの、別にどうだっていい。関係などない。



 "あの時、掴めなかった手を、今度こそ掴んでやる。"



 少年は夢と現実のはざまの空間で自身に言い聞かせた。




 この出来事は単なる予兆にすぎない。

 少年は、少女を追う中で自身の正体と真実を知ることになる———。



<Oz.1: Blast-竜と少年の協奏曲コンチェルト-   Fin.>