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Re: 【Veronica】 ( No.198 )
日時: 2011/03/22 19:12
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: 自暴自棄自己中心的(思春期)自己依存症

「ククク———何だか、お困りの様で」


その声は、優しげに話しかけているものであるのだろうが、あまりにもそれとはほど遠く、表面からは見えない何かどす黒いものが底で停滞しているのだろうと思える何とも不思議なものだった。


「……誰だか分からないけど、古典文法に於けるカ行変格活用終止形を用いた笑い声を上げるのは止めてくれないかなあ。———反吐が出る」


傷ついた竜を抱えて撫でながらフリッグは声に向かって吐き捨てた。そんな少年の頭にウェスウィウスの拳骨がぶつけられた。

「馬鹿」耳元でウェスウィウスはフリッグに囁く。「お前アイツを知らねえの?」
「知らない」
小声で喋る義兄の態度など全く関係なくフリッグは大きな声で答えた。再び拳骨がぶつけられる。
「評議員だよ、評議員。国のお偉いさん!この国でもかなり偉い人!そのうちの一人のロードって奴だよ」
ウェスウィウスは横目で背後をちらちらと見ながら教える。僅かに差し込む光に照らされ、漆黒の長髪と整った色白の顔立ちが深紅の眼を二人に向けている。細身でいかにもインテリというような雰囲気であった。病弱そうなその顔は微笑みを浮かべている。


 ロードと呼ばれたそのカーネリア種の男は徐々に二人に歩み寄って行く。そしてフリッグの眼の前まで来た彼は手を腰に当て、軽く会釈をした。
「初めまして、私はロードと申します。何とぞお見知りおきを……」
後ろで一つにまとめられた長い黒の流れがさやさやと音を立てた。紳士的な男であるが、フリッグの心の中はざわめきを隠せない。これがこのロードという男の本性かと言えば、そうではないような気がするのだ。取り敢えず、得意の皮肉を込めた言動で返してやる。
「で、そのエロい評議員さんが一体全体何でこういうところに来てるワケで」
「エロいじゃなくて偉いだろうが。それじゃ変態じゃねえか!
……すみません、ロード殿。ちょっと常識知らずな田舎者なんで」
また頭を殴られたフリッグはその箇所を右手で優しく撫でる。ウェスウィウスの態度からも偉い奴と言うのは良くわかった。男から滲みでる気品でもなんとなく分かる。が、どうも怪しい。……こういうタイプの人間が嫌いだからかも知れないのだが。


 ロードは深紅の眼を弧の形にし、フリッグの抱きかかえているティアマットに視点を合わせた。そして少しだけ歪んだ唇を動かす。
「先程フレイから話がありましてね。どうやらニーチェ郊外で竜が暴れていると言うのが、ね?」
そんな言葉に答える義理など無い、とフリッグは心の中で彼の言葉に対し、そう返す。ストレートで投げられた言葉をそのまま撃ち返してやった。——さよならホームラン、お前とは会いたくないね。フリッグは何も言わずに黙りこんでいた。
「え、あー……」その気まずい状態をどうにかしなければと思ったウェスウィウスであったが繋げる言葉が見当たらない。髪の毛を掻きむしる。取り敢えず浮かんだ単語だけを口に出す。「その、事情が……———うん」



「竜が現れて退治してくださったんでしょう。双璧の一人"緋のウェスウィウス"と義弟のフリッグ君が———ね?」

「———え、あ?……はい…?」
ロードの言葉に思わずウェスウィウスは訊き返す。が、彼は返答しなかった。
「だから、倒してくださったのでしょう?その暴れていた竜を、貴方方お二人が」

そう言う彼の眼は本気の様にも捉えられるし、冗談の様にも捉えられる。違うと言っておくべきなのか、それともそうだと嘘を言っておくべきなのかフリッグは戸惑った。が、どうもこの男は話を"二人が倒した"と言うものに持っていきたいらしい。
「有難うございますね。いやあ、貴方の様な少年も将来、軍の方に入ってくれれば幸いなのですがねぇ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
眼を合わせてこようとする深紅の眼から、フリッグの翡翠の眼は逃げた。そっけなく返し、背中を向ける。


「その子、怪我が酷いから手当をした方が良いでしょうね。後は私が此処をどうにかしますから、お二人とも医者の元に行った方がよろしいでしょう」
そう言ってロードは道を開けた。二人に「行け」と言っているのだ。フリッグとウェスウィウスは二人顔を見合わせてから、すぐにティアマットを見た。———出血の状態が思うより良くない。評議員ロードの言うことに従うのは嫌で仕方が無いが、折角の機会なのだから取り敢えず走り出した。フリッグは軽く会釈をし、ウェスウィウスは一旦立ち止まって
「……有難うございます」
とだけ言い、そのままフリッグに続いた。



<Oz.13:Dawn -You're ALONE,aren't you?->



「ロード殿!」

金髪の少年と白金の青年が走り去って行ってすぐに若い軍人が評議員の元に駆け寄った。

「何ですか?」
「何ですか、ではありません!」青年の呼吸は妙に荒い。「暴れていた竜は、あの少年が持っているものなんです!!」

「ほぅ……」
ロードの深紅の眼は虚空を見つめている。上の空だ。
「ですから————!」


「クク、そんなこと既に承知でしたよ。ですから彼らを余所にやったのです」


ロードの眼が怪しい光を帯びた。今まであった雰囲気とは違う、重く暗い雰囲気が漂い始める。

「なら、何故———ッ!?」

そう攻め入った青年の腹部に何らかの衝撃が走った。感覚は何もない。取り敢えず腹部を見てみると、其処からは白煙が上がっていた。


「貴方の様な三下が知るようなことではありませんよ?」
そう笑う男の右手には白く光る銃が握られている。——人差指が引き金を引いていた。


 ———白銃アクケルテ。神器の一つである。鋼鉄の銃身を持つ、何に変哲もないごくごく普通の銃に見えるのであるが、標的を一瞬で死に至らせるという能力を持っている。


「ロード……ど…——の———……?」
まるで糸の切られたマリオネットのように青年の躰は地面に堕ちてゆく。口元から赤黒い液体を流しながら、人形のように、通常では不可能なほど躰を曲げた状態で地についた。先程まで希望に満ちあふれていた筈の紅い双眸は曇った硝子玉へと変わっていた。その光景を見て、他の軍人も一斉にロードの方へと怒りと戸惑いを露わにしながら駆け寄った。

「如何して、そんなことをするのですか!」
「評議員殿!!」
「何故、何故ですか!」
ロードに近付いてくる人数は次第に膨れ上がって行く。暫くするとその場に居た軍人全てが彼を取り囲むようになっていた。

「全く騒々しい。少しは礼儀というものをわきまえて欲しいものですね」
そう呟いてロードは右手を軽く上下に振る。一瞬でアクケルテが消え、今度は細長い銀の槍が現れた。———これも神器の一つ、屠殺者(とさつしゃ)ルーン。……一振りすれば、血肉を一瞬で引き裂く血に飢えた槍だ。





 銀の閃光(ひかり)が朝焼けに覆われてきた世界を分けるように奔った。


 ロードを取り囲んでいた者たちの上半身は、まるでその銀の閃光を切り取り線にしたかのようにそれになぞられて下半身と切り離された。幾つもの下半身が血を噴き出し、ロードを紅く染め上げる。上半身は何も言わずにただただ冷たい地面に堕ちていった。

頬についた血液を手でなぞり、それを舐める。先程まで紳士であったはずの男には狂気がとり憑いていた。




「ククククククククッッッッ——————!」


男の渇いた笑いが朝焼けの空に響き渡る。血まみれになった左手で顔を覆い、地面に膝をつく。笑い声を上げる男の眼は常人にはとても思えないくらい"ブッ飛んだ"ものになっていた。今の彼を言葉で表すなら"狂気"しか無いだろう。



———面白いことが始まりそうではないですか、フリッグ=サ・ガ=マーリン!こんな素敵な舞台に邪魔者は要らないでしょう。最高の役者を揃えて、素晴らしい"悲劇"を堪能してもらうとしましょうか!




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