ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【Veronica】 ( No.218 )
- 日時: 2011/04/04 20:29
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: されど駄目人間は愛鳥と踊る。
號ッ!
吹き抜けていった風が激しい音を立てた。メリッサはくるりと空中で一回転し、ノルネンを重力に従わせて一気に急降下した。
とんっというステップは音を立てて、煉瓦道を破壊した<ベルザンディ>から離れた。ラピスは一呼吸置いてから首飾りに指を当て、口をもごもごと動かし始める。———呪文だと思ったレイスは猛進し、剣を振るった。
「"煽火"」
淡々と放たれた言葉と同時に触れる直前にあったレイスの剣に火が点いた。それは赤々と燃え盛る。鉄製の刃を融かす勢いだ。———"煽火"、火炎系の呪文でも最高峰の攻撃力を備える魔法だ。術者から離れた位置に紅蓮の焔を出現させ、相手を火葬させる。
「チィィッ!」
急いでレイスは火を消そうと剣を振ったが全く消える勢いを見せない。それを見たメリッサはくるんとノルネンを回した。淡い水色の光が先端に宿る。それを大剣を振る青年に向けた。
「<スクルド>!! 水も滴る良いオトコにしたげて!」
メリッサがそう声を張り上げるとノルネンから一気に水が吹き出し始めた。それはクレイモヤに点いた火を一瞬で消化した。青年は声に出して小さく礼を言う。
「すまない」
「良いんだよ。これじゃあ、"火葬"パーティになっちまう。……まさか、あの餓鬼使えるなんてさ」
ちらとメリッサに見られたラピスは不敵に笑った。
「なんなら、正体教えようか。メリッサ=ラヴァードゥーレ、レイス・レイヴェント」
———名乗った覚えは無かった。ピシャリと本名を紡いだラピスは続ける。
「一人は戦火で家族を喪ってる。もう一人は国を揺るがす原因になった家族を持ってる。
レイス・レイヴェント、永雪戦争時にネージュ軍が中立的立場だった帝国領の場所に誤って砲撃を繰り出したことによって自分以外の家族が全員焼死。その後、マーリンに拾われてアースガルド王国地下都市アンダーグラウンドの孤児院で育つ。……違う?」
饒舌に話したラピスの言葉にあったある単語にメリッサはハッとした。———故郷の名があったのだ。忘れもしない名———メリッサはノルネンをギュッと握り直した。
「じゃあお前は何なんだ」
レイスの鋭い眼光を向けられたラピスは静かに答える。
「十二神将【罪禍】」
と。
「じゅうに……ざいか?」
「ファウストって奴の、選りすぐりの十二人をそう呼ぶんだよ。コッチは【罪禍】」
繰り返すように呟いたメリッサに、まるで答えるように言葉を紡ぎきった。
「じゃ、強い奴ってことか!」
———運命聖杖ノルネン<ベルザンディ>!!
不意を突いてラピスの躰を上へと突き飛ばした。直後、メリッサは足を壁に付け、一気にビルの上へと駆け登り始める。空中でノルネンを振り上げている。ラピスに向かって打撃が放たれようとした、その時だった。
『ほぎゃあ————————』
どこからか赤子の声が聞こえた。
それを聞いたメリッサの顔色が一気に変わる———……。
『メルはもうすぐお姉さんね。さーあ、どうする?』
『大丈夫だよ!だってこんなに良い子なんだよ?ソコのセージっていういつまでも子供と同レベルの奴なんかより断然マシだもん』
『んなこたぁゼッテェ嘘だろ馬鹿娘。
———シロネ、コイツの言うことは間違ってっから』
『んなこと無いから!親父よりマシだから』
『言ったな?言ったな〜?』
———懐かしいやり取り。親父と……母さん———。
メリッサの脳裏に現れた彼ら———彼女と似た雰囲気の男性と、大きな腹を抱えたメリッサ似の女性———は彼女に笑いかけていた。
———ヤメて。
この先は見たくなかった。
気付けば十二神将【罪禍】は腕に赤ん坊を抱えている。
それにメリッサの躰が静止した。
———ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ!!
空中で動きを止めた躰がゆっくりと降下していく。それにまだメリッサは気付いていないようだった。彼女は眼をきつく閉じ、まるで全てを拒絶するかのように両手で耳を押さえこんでいた。手からノルネンが離れ、重力に為されるがまま先に落ちていった。
「メリッサ、気付け!!おい!!!」
レイスがそう怒鳴っても彼女は全く気付かない。焦ったレイスは足をメリッサの真下の位置まで移動させた。まだ彼女は落ちてこない。先に落ちた錫杖は煉瓦に接したと同時に光の粒子へとなり果てて消えた。
「じゃあね、馬鹿」
ラピスはそう言い放ち、ポケットから出した小刀で抱えている赤ん坊を一突きした。小さな体躯から絶えまなく赤い液体が噴き出す。が、それはメリッサにだけ見せていた幻覚であって実際にはそんなことはしていなかった。ただナイフで何かを刺すようなふりをしていただけなのだ。が、彼女の眼には赤ん坊が刺されているように見えていた。
「いっ………やああああああああああああああああああああああああッッッっ!!!!!」
メリッサは悲鳴を上げた。その叫びは辺りを全て囲むように響き渡っている。悲鳴を上げながらメリッサの躰は下へと落ちていく。まだ彼女はそれに気付いていなかった。
「メリッサ!」
そう叫んだレイスの頭上を何かが飛んだ。見上げると、巨大な竜の陰がすぐ上にあった。それを見たレイスの心に希望が宿る。———あの少年が、竜を従えて帰ってきた、と。彼の口元が緩んだ。
* * *
落ちていく———。
眼の前で刺されたあの子。それはきっと——————…………。
メリッサはそのまま流れに身を任せた。落ちるのに、死ぬのに。自分が今まで生きてきた人生はどうだって良かったのかもしれなかった。……家族を全て喪った自分など。新しい命ですら、救えなかった自分など。今まで気丈に生きてきた筈だった彼女は今、今までにないほど弱くなっていた。
赤ん坊の声を聞くだけで過去を思い出す。
だから死んでしまえば、と————————
「メルゥウウゥウゥウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥウゥウウゥ————————!!!」
真下で聞き覚えのある、まだ未熟な声帯が放つ声が聞こえた。自分の渾名を呼んでいるその声。それは、それは———……。
「フリ———」
メリッサが彼の名を呼び終わるより先に躰が何かについた。ずん、と躰が一瞬沈み、それからすぐに浮き上がるような、不思議な感触がした。———眼を開いた先には、あの見覚えのある翡翠の双眸があった。
「訳わかんないんだよ」
そういう彼は傷だらけだった。思わずメリッサは泣きそうになったが、必死に堪えた。琥珀の眼から涙は出さず、直前で堰きとめて。
俗に言う"お姫様だっこ"の状態の二人は同時に真上を見上げた。金糸に邪な笑みを浮かべた少女が見下ろしており、その視線と交差した。未だ傷も癒えきっていないポチ———ティアマットの背中からフリッグは声を飛ばした。
「お前は?」
その問いにラピスは呆れた。またいちいち「十二神将【罪禍】と答えねばならないのか。面倒なのでそのまま無視する。
「……」
「十二神将だ、って」代わりに言ったのはメリッサだった。「十二神将【罪禍】……」
「へえ、そう」
「教えてあげた割には結構酷い返し方だこと」
「勝手に言ってりゃ良いじゃん」
少年はふっと見下したような笑いをもらした。
ラピスはそんなやり取りを不愉快に感じながら眺めていた。
「殺してあげたいのはやまやまなんだけどさあ」
そう言って直ぐに見上げる。先には二人ほどの人影がちらほらと見えていた。ラピスは溜息をつく。自分が十二神将の一人であっても、それを仕切るような立場に居るあの女———アングルボザ———は全くと言っていいほど自分の行動を許してくれないようだ。ビルの屋上で眼を光らせる二人の正体をラピスは分かっていた。アングルボザの命で自分を連れ戻しに来た、ケイオスと蒼(あお)の二人だろう、と。
「へえ、逃げるんだ」
「———別に?今すぐ殺しても良いけど、帰らなくちゃいけなくなったってわけだよ」
眼を少し細めて、笑みを帯びた表情でフリッグに返してやった。直ぐその後にくるりと踵を返し、体中を黒く光らせ始める。光が全身を覆ったところでいた場所からしゅん、と消えた。姿が消えたのを見たフリッグはすぐに頭上を見上げる。視線をやった先で、白髪の茸を模したような短髪と曙の空には似つかない鮮やかな空色の髪の人間に挟まれたラピスが此方を見ていた。彼女は口元に僅かな笑みを作り、曙の空に掻き消されていった。
「行ったかあ……」ひょこりと竜の背中から顔を出した白金色の男が声を漏らす。「なんか一発撃っときゃよかったかなあ」
「ウェス……」
「なんだよ?」
くぐもった少年の声にウェスウィウスは色の異なった双眸を向ける。
「撃っとけよバーカ」
不敵な笑みとふざけた言葉を作ったフリッグはけたけたと笑いを上げた。そのふざけた行為に憤慨したのか、ウェスウィウスは銃を取り出し安全装置を外し始めた。
———が。
流石に怪我の影響があったのか、三人を背中に乗せてずっと空中に停滞していたティアマットの躰が徐々に降下し、それに伴って縮小されていく。なので三人の足場がだんだんと狭まっていった。思わずメリッサが声を発す。
「ちょ———?」
異変を察知したレイスは助ける素振りも見せず、出来るだけ遠くへと離れていった。そして静かに心のうちで言う。
———アーメン。
数秒後、破壊され尽くされた煉瓦道の上に三人の人間が落ちてきたというのは言うまでもないだろう。
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