ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 *Oz.13更新 ( No.226 )
日時: 2011/04/08 20:43
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: されど駄目人間は愛鳥と踊る。

* * *

 長い夜だった、とフリッグは思う。


 全員無事に合流し、尚且ポチも無事だったので安心した。と同時にこれからの呼び名に悩み始める。
「……今まで通りポチ———」
そう言うと竜は妙に機嫌の悪そうな顔を作る。急いでフリッグは繋げる言葉を作って無理矢理くっ付けた。「じゃなくてティアマットで良いかな」
『今まで通り、ポチで良い。……どうせそう言おうとしたのだろうに』
しゃがれた声で返されたフリッグは苦笑いを浮かべる。彼女にはお見通しだったらしい。

「でも驚きでしたね。ティアマットにマーリン、歴史上でも伝説的な存在なのに」
感心したアメジスト種の少年がフリッグとポチをまじまじと見た。今まで本の中でしか見たことのなかった者らが目の前で他愛の無い会話をしている。凄いものだ、と思った。
「まァ、何が何だろうとフリッグはフリッグだし、ポチはポチだからね。気にしなくて良いんじゃない?」
ポン、とフリッグの肩が叩かれる。琥珀玉からウィンクが飛ばされ、呆れた翡翠の目を返したが内心は感謝していた。こう言ってくれるメリッサが有難い。更にこれを素で言ってくれている。慰めじゃなく、本音なのだ。



 帰ってきたベテルギウスを見て申し訳の無い気持ちになった。前回ウェロニカが召喚したバジリスクと戦りあった時とは比べ物にならないくらい破壊しくされている。瓦礫の中で呆然とする筋肉質の男を見つけた。フリッグは駆け寄るが、言葉が詰まる。何を言って良いのか、全く分からなかった。
「えあ———……」
「全く毎回コレはヒデえなぁ」
銅鑼声を飛ばされ、心臓が一時停止するような感じがした。バレット・アイゼンヴァンクは足元の瓦礫を一つ拾い上げる。コンクリが痛々しい。
「お前が来てからこんなことばかりじゃねえか」
———いや、まだ二回。と普段なら言いたいところだが流石に今は言えなかった。すみません、と小さな声で謝罪。項垂れて言う。が、こんなもの謝罪にならないことは分かっていた。でもこうしか出来なかった。面と向かって彼に謝罪出来なかった。

「三千万プラッタ」
バレットが言う。
「———え」
フリッグは聞き返す。
「三千万プラッタだ、ここのローンは」
苛立った口調だったが振り向いた男の口許は笑みを浮かべていた。
「つまり、借金?払えってこと?」
そう訊くジェイド種の少年に呆れながらバレットは言った。
「お前がくる度に三千万プラッタも損害出してちゃしょうもねえ」そしてまた笑う。「半分借金としてやる。——— 一連の事が終わったらここで働いて返せよ」
くるり、と男はフリッグに背を向けた。少年の目に思わず涙が込み上げてくる。うん、そうだね。一連の事が終わったらココに働きに帰ってきてやるよ。何度も何度も頷いた。


* * *


「行っちゃうんですねー」
赤々とした目は寂しげだった。今日は黄色を基調とした服のコレットは決してフリッグと顔を合わせない。
「そうだね」
酷い返事だ、と思う。
「なんか色々たすけられたなあ……」
涙が込み上げてきて、溢れそうになったコレットは手で目を覆った。然り気無く。横の少年に気付かれぬよう。
「……僕もね」
繕われた言葉では無かった。それから暫く沈黙が流れる。


「フリッグーっ、フレイん所から連絡ぅーっ。ネージュ行きの便が出るから乗れってさぁー」

流れていた静寂を破るかのようなメリッサの元気な声が響き渡り。ハッとしたフリッグは咄嗟に返事をし、立ち去ろうとした。———なんだか気まずい。
「じゃ、あ……。世話になりました」
声を絞りだし、くるりと踵を返した。そのフリッグの袖が何かに引っ張られる。振り向くと俯いたコレットがしっかと裾を掴んでいた。

「……あ、の」
言葉を言いかけたコレットだったが、途中で止めた。言えそうに無かった。自然と掴んでいた手が緩む。
「え?」
「また、会えれば良いですね。ま、た……———」
「うん。じゃあ、ね」
フリッグは手を振った。コレットも手を振り返す。少年はそのまま走り去っていく。徐々に小さくなっていく背中をコレットは消えるまで見つめていた。


———交わることなんて、無いんだって。
姿が消えたあと、彼女の目から涙が零れ落ちた。分かっていたのだ。無意識に彼に惹かれていたことを。皮肉屋で、どこかを見つめている少年。その視線は平行線だ。コレットの視線と決して交わることは無い。

いくら思いを寄せても、彼はどこかを見ている。それはコレットの知らない、"ウェル"という人間なのだ、と。

 切なくなった。いくら恋慕しても彼は気付いてくれないのだから。

涙が溢れる。落ちて、地面を濡らしていく。頬を伝わず、直接地面に落ちていく。溢れだした涙は止まることを知らない。次第に嗚咽混じりになってくる。———分かってた、分かってた。叶わないことを。でも、でも———……。哀しいものがあった。


 そう言えば、と彼女は顔をあげる。



 彼は「またね」とは言わなかった。


* * *



 エターナル首都ニーチェからスノウィン首都のシュネー行きの便が出る時間を確認したウェスウィウスが空港から出てきた。
「昼は機内だな。出航まであと一時間、どうする?」
「レイスたちはそろそろ、だよね?」
メリッサはちらりと黒いコートの男を見た。レイスの黒コートはラピスとの戦いで消えてしまった為、今さっき新しいのを買ってきたのだ。彼は襟を立てながら答える。
「———ああ」
リュミエールの小さな手をそっと握っている。二人がどこに行くのかは知らなかった。

なのでフォルセティは訊ねる。
「どちらの方へ?」
「アースガルド王国だ」
短刀のような短い言葉で答えられたものにメリッサの琥珀が見開かれた。目にも見えない速度でレイスに急接近し、彼の襟首を掴む。二十センチ近くの差があったが気にはしなかった。

「アースガルドって———」フォルセティも驚いた様子だ。「確か、アンバー種との領土問題で……迫害、してますよね」
長身のアンバー種はコクリと顎を引いた。

 アースガルド王国は未だに絶対王政を保っている国だった。ネージュも王国であるが、実質政治的な力を持っているのは国王では無い。他国同様国の象徴である。だが、アースガルドは国王の支配する数少ない国だ。

 そしてアンバー種を異常に迫害している国でもある。

 第二次永雪戦争中、戦力不足を感じた帝国はあることを思い付いた。丁度その時期、流民であるアンバー種のミストという男が「国を持たねば我らは滅びる」と主張していたのだ。彼らはアンバー種建国派と名乗っていた。数も多かった。そこで帝国は思い付く。

「彼らに建国を許し、戦力として協力を得る」、と。

アースガルド王国にはアルフヘイムという広い"聖域"があった。帝国はそこに目をつける。アンバー種建国派との間に「アルフヘイムでの建国を認める」というアルメニ=ミスト協定を結び、アンバー種の協力を得た。

 だが、アースガルドはそれを知らなかった。それだけでなく、帝国との間に永地不干渉条約を結んでいたのだ。建国派がアルメニ=ミスト協定を主張しても帝国側な介入出来ない。そしてアースガルドは知らないと主張。この歪みは大きかった。

やがて、アンバー種の迫害を促すかのようにアースガルド現国王第一子の暗殺事件が発生する。容疑者一味とされたアンバー種を国は弾圧し始めたのだ。アルフヘイムからアンバー種を強制排除。
 アンバー種は抵抗勢力ヤンターリをラヴァードゥーレとメグオームが設立するもラヴァードゥーレの銃殺により弱体。以降、アースガルド王国はアンバー種の中でも最も忌むべき危険区域とされてきた。


「そんなアースガルドになんでッッ……!」
声を荒げたアンバーの少女は拳をきつく握りしめる。メリッサはアルフヘイム出身だった。丁度十年前に強制排除を経験している。その際に家族を喪っていた。
「俺もアースガルド出身だ」
レイスの答えにリュミエール以外の人間は目を丸くした。ただ一人、状況理解出来ないエンジェルオーラの娘はキョロキョロとしているが。
「ならぁ!!」
「育ちもアースガルド———アンダーグラウンド、だ」
聞いたことも無い名前だった。フリッグは聞き返す。
「アンダーグラウンド?」

「ああ。アースガルドの地下遺跡を利用したアンバー種の小国家みたいなものだ。———無論、無断でだかな。
俺はそこの孤児院で育ったから、な……。意外に安全な場所だ。そこに行く」
青みがかった長髪の青年の双眸は遠くを見た。そのまま手を引く娘の白い頭を撫でる。

「……そっ、か…………」
目を閉じる。メリッサは内心驚いていた。アースガルド王国に同族がそんなものを作っていたことなど知らなかったのだ。
「じゃあ、行くんだね?」
フリッグが改めて訊く。青年は口許を緩めながら頷いた。手を握るリュミエールは寂しげな表情を浮かべている。……やはり離れたくないようだ。


『十二時半発、アースガルド王国行き二〇七便にお乗りのお客様は———』

雑音混じりのアナウンスが響き渡った。手荷物を抱え、レイスはフリッグらと反対方向に足を一歩進め、振り向く。
「じゃあ、俺たちはこれで。……リュミエール」
声をかけられたリュミエールの目には涙が溜まっている。今にも泣きそうな童女の側にメリッサは歩みより、彼女と目線を合わせるようにしてしゃがみこんだ。

「リュミぃ、泣くなって」
白い歯を見せながら頭を撫でられたエンジェルオーラはとうとう涙をこぼした。
「う……ぅえ、ぇっ」
嗚咽ばかりで言葉になっていなかった。そんな子供に怒りもせず、メリッサは撫で続ける。そして何かを思い付いたのか、ポケットから何か物を出した。それをそっとリュミエールの細い頚に付ける。手が退いたところで、銀の十字架がライトに反射して光っている。それに手を当ててリュミエールは首を傾げた。
「こぇは?」
涙声で滑舌が悪い。「これは」と訊いているらしい。
「アンバー種はねぇ、再会を約束するときに相手に物を預けるの」そう言ってメリッサはリュミエールから手を離し、立ち上がり始める。「だからリュミ。泣くなって。また会えるよ、それが真実ならさ」
十字架に指を当てるリュミエールは笑顔になり、大きく頷き言った。
「うん!」


「『会える』じゃなくて、『会う』んだろ?」
然り気無く訂正したレイスは笑いかけた。そして右手をフリッグたちに向けて振り始める。リュミエールも始める。
フリッグは返す。メリッサも、フォルセティもウェスウィウスも。その場の者らが全員手を振ったと同時にレイスの足が進み出した。背中を向け、幼い少女を引き連れて、それでも手を振っていく。徐々に消えていく二つの背中を見ながらフリッグは声を飛ばした。

 再び合間見えることを願って。




「うん!」




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