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Re: 【Veronica】 →雪国事変突入 ( No.228 )
日時: 2011/04/08 21:04
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: されど駄目人間は愛鳥と踊る。



———。
 一面が雪だ。銀世界は美しいながらも怖い。何もかも覆って消してしまうのではないか、という無意識な恐怖に苛まれる。

 小さな体躯が雪に埋もれていた。むくり、と起き上がり、手袋を付けた手を右目にやる。そっと瞼を撫でた。———憎い、目だ。


———血みたいだ。

紅い瞳は血の紅だ。赤血色の眼を鏡で見る度に激しい憎悪を覚える。周囲と違う、自分の姿が憎い。耳は尖っていない。嫌だった。


 擦り切れた頬から血が流れ出ているようだ。すーすーする。ずっと投げられていた小石が肌を掠めていたのだ。こんなもの、日常茶飯事。種族意識の強いスノウィンなのだから、仕方無い。

 ウェスウィウス、十三歳。四歳下の異父妹と、彼女と同い年の捨て子の弟が居た。兄になったということは、護るものが出来たということ。———死ぬにも死ねなかった。差別を受ける日々から逃げたくても逃げられない、それは母も同じだ。

 生まれた経緯は知らない。でも、自分の父母はお互いに愛し合っていたらしいので、恐らく自分は、所謂いわゆる二人の"愛の結晶"というものなのだろう。父親はエターナルの軍人で、永雪戦争中に死んだ。父の「二つの種の架け橋になって欲しい」という呟きは確かに覚えていた。八年前に終戦、当時の自分は五歳だった。父親が死んだのは三歳の頃だった。終戦の一年前、母は幼馴染みとの間に子を成し、そのまま結婚した。弟フリッグを拾ったのもその年だ。当時は子供が出来る原理など知らなかったので「コウノトリが連れてきた」という母の言ったことを真に受けていたが、流石にこの年になると分かってくる。

 二人が遊びでやった、という訳でも無いのだろう。今の父は結婚を許して貰えなかったのだ。ウェスウィウスという存在の所為か、母がカーネリア種と交わったからかは分からない。ただ、結婚する為に"理由"が必要だったのだろう。だから妹ウェロニカが生まれたのだ。



 サクサクと雪の上に足跡を作っていく。ふと、背中から気配を感じた———。




<Oz.14:affection-運命の糸は紡がれた->




あか、黄、緑、紫ですか」色の名称に併せてフォルセティはその場に揃う三人に焦点を合わせていく。「……なんだか、色合いに運命を感じますね」
「ま、行くのは西じゃなくって北だけど」
恥ずかしそうに言った少年をあしらうように琥珀の娘は言った。
「まあ、そうですけど」紫を西の方角に向ける。「これでアイゼン共和国行きだったら良かったんですけどね」
西の大国の名前を紡いだ。

フォルセティはアイゼン共和国に行ったことが無い。先程別れたリュミエールとレイスが向かったアースガルド王国にも行ったことが無かった。というか行くことは育て親にもイルーシヴにもきつく禁止されていたのだ。理由は知らない。アンバー種を極度に嫌うきらいは自分にもあったが、だからと言ってあそこまで排除しようとするのには理解できなかった。


 フリッグらはエターナル首都ニーチェからネージュ首都シュネー行きの便に乗っていた。座席は二人ずつの席が向き合って四人の状態だ。フリッグとウェスウィウスは横並び、アンバー種を嫌うフォルセティの隣にメリッサが座っている。異様にアンバー種を嫌悪していた筈の少年であったが無意識に会話を交わしているのに気付き、思わず自分を疑った。「毒されてる」とは言い方が悪いが、少なからず影響されているようだ。

「そいえばさ」話題を作るべくメリッサが切り出す。「敵についてって何か知ってたりする?」
「ラスボスはファウスト、その一味が十二神将。で、奴らは殲滅呪文ジェノサイド・スペル発動を目論み宝珠と神器を集めている」
答えたのはウェスウィウスだった。整った顔立ちについた口がさらさらと言葉を紡いだ。
「……宝珠?」
フリッグが首を傾げる。首もとの竜は寝入っていた。アメジスト種の少年が説明を始める。

「鳳凰歴一二二四年、ピエドラ・プレシオサが『ある一定区域にて特定の種族のみの大規模な殲滅があると、その場には種族の名を冠した石が残る』という事象を発見しました。
プレシオサはその石を宝珠と名付け、翌二五年に発表された『宝珠と種族による』によれば、『宝珠は強大な魔力をめる結晶であり製造には大量の種族のたましいが必要だ』とのこと。実際、古代ウィンディアがあったとされる遺跡周辺からは強大な魔力を秘める石が発見されました」
「へ、え……」
まるで講義のような説明だ。理解しきれていないが、一応相槌を打つ。
「恐らくファウストの殲滅呪文には宝珠のように桁違いの魔力を秘める物が必要だと僕は推測します。だから十二神将は宝珠を集めるために各地へ言っていると思われます。
マックールでエンジェルオーラ族が殲滅されたというのも宝珠創造のためかと」

そう聞いたフリッグの脳裏にヘルと名乗った女とマックールで遭遇したことを思い出した。紫巻き毛の女の手に浮いていた石はその宝珠だろう。そう考えるとやはり阻止めなければならないという使命感が込み上げてくる。

 一旦言うことを終えた少年は呼吸した。一息に近い説明だったので流石に辛かったようだ。と言ってもフォルセティは喋るのは嫌いではなかった。寧ろ好きである。
「なんかイケガミさんみたい」
解説上手の人名をメリッサにあげられ、フォルセティはくすぐったい感じがした。照れ臭い。思わず顔を紅潮させて後ろ髪を掻きながら小声で
「いやあ……へへ。そこまでは」
と漏らしてしまう。その様子をメリッサはにこにこ笑いながら見ていた。そして他二人にもそうだろう!?と同意を得ようと思い、顔を前に向けた。

「ね?あんたらもそう思———」

今まで気付かなかったのが不思議だった。いつのまにか、あの義兄弟の姿は忽然と消えていたのだった。

* * *

「急に抜けさせてすまねぇな」

チャリン、と小銭の音。トイレスペースにあう自販機のボタンが一気に点滅。一つ、炭酸飲料水を押す。ゴトン、と重い音。取り出し口に手を突っ込み、銀の指輪がついた青年の手にジュースが持たれ、それをフリッグに投げた。両手で取る。缶ジュースだ。
「別に良いよ」
フリッグの返答と同時にまた重い音がする。今度は自分用らしい。ウェスウィウスはフリッグと同じ缶ジュースを開けて一口飲んだ。プハァ、と年相応ではない音が彼の口から漏れる。

「どうせあの人らが居ちゃ話せない話なんだろ?」
「御明察」
ウェスウィウスは左の人差し指を立てる。引き金を引き続けた指だ。凝らさなければ見れないたこが出来ている。
「で、きっとウェルの件だ」
少年も缶を開け、一口飲む。炭酸特有のシュワッとした感触が口内に広がり、喉を攻撃する。———どうもこの感じは好きになれない。冷たさによって余計に攻撃力を増しているようだ。合成着色料の透明感のある紫が缶の中で揺れ、たぷたぷと音を立てる。もう一口。また泡が咽頭を攻撃し、同時に食品添加物によってつけられた人工的な葡萄の味が広まる。

ジュースを飲む姿を見てウェスウィウスは考え込んだ。一応精神メンタル面に気を配り、
「単刀直入に言って良いか」
と最初に訊く。
「良いよ」
さらりとフリッグは返す。

 暫く黙った。喉の辺りで低迷する言葉を汲み上げよう、と決心したのだがなかなか出来ない。だが悩んでいても仕方なかった。口に出す。



「ウェル———ウェロニカ・フェーリア・アリアスクロスは敵、だ」



淡と言った。やはり聞いたフリッグは動揺の色を見せている。嗚呼、やっぱりな。ウェスウィウスの予想通りだった。なんせ、幼馴染み———いや義理の妹であり好意を寄せていてもおかしくはなかった存在なのだから。我ながら残酷なことを言ったものだ、と青年は思う。
 フリッグの口がゆっくりと開口していく。



「うん。知ってる」



それを聞いたウェスウィウスは馬鹿みたいに転んだ。頭が床に激突。 二本の長い脚が浮く。
「何だよ、知ってんのか」
「一回会ってる」
「あ、そ」
どうやら先程の動揺した様子は演技だったらしい。完全に騙された。
「敵なら仕方ないじゃないか」そう言った少年は握りこぶしにさらに力を込めた。真っすぐとウェスウィウスのオッドアイを見つめる。「戦った先に、救いがあるのかもしれないんだから、さ」


そう言った少年が自分よりも大きく見えた。ウェスウィウスは色の異なる双眸を左手薬指にやる。嵌められた銀の輪が鈍い光を発していた。



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