ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【Veronica】 →雪国事変突入 ( No.234 )
- 日時: 2011/04/09 21:13
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: されど駄目人間は愛鳥と踊る。
* * *
「うっひゃあ、寒いなー」
シュネーに降り立ったメリッサがまず最初に声を立てた。一面雪景色に近かったが、冷戦下にあるエターナルの首都ニーチェと張り合っても良いくらい発展していた。高いビルディングに雑踏。光を宿す店頭テレビから絶え間無く流れるコマーシャル。予想していたよりも開けている。
「さって、これからまた一本乗ってスノウィン近郊まで向かわなきゃだからなぁ」
「あー、田舎だからね。僕もエターナル言ったときは乗り換えで大変だった」
ウェスウィウスの言葉にフリッグは苦言を吐いた。ネージュの首都ニーチェは拓けているものの、彼らが住んでいたスノウィンは全くのド田舎なのだ。電車もまともに通らず、近くと言っても三キロメートルは離れた場所にしか駅がなく、しかも一日数本単位でしか通っていないくらい交通に不便な場所であった。
ウェスウィウスから手紙を預かってニーチェまで行った日を思い出す。ひたすら乗り換えであった。電車で相当な時間がかかるのだ。それを思い出したら、また鼻フックをしたくなった。
電車の時刻表を見ていたフォルセティが
「あと一時間くらいありますね。少し巡れるかもっ」
と時間をなぞって目を輝かせた。
「まあそうだねぇ〜。折角のネージュだし、ちょちょーいっと巡ってきたいもんね。な、ポチ」
アンバー種の少女はフリッグから取り上げて腕の中に押し込めていた竜に同意を求めた。残念ながらフリッグ以外には声を聞かせることが出来ないらしいポチは不服そうな顔をしている。雪国用に厚手のコートを買って着ているメリッサの腕を少し噛んだ。が、厚手のコートであるため効果は無い。
軍服から、茶色のジャケットとレッグウォーマーを纏ったズボン姿になったウェスウィウスは三人に言う。
「乗る前には便所。済ませとけー」
まるで引率する教師のようだ。いや、事実そうなのかもしれない。十代前半、または中盤程度の少年少女の中でウェスウィウスだけが二十歳なのだから。
その直後にフリッグの下半身が異常をきたし始めた。股下が疼く。突然の尿意に焦り始めた。我慢しようと思ったが無理のようだ。リュックサックとヘッドホンを装備したままのフリッグは顰めっ面で引率者に小声で
「ごめん、トイレ言ってくる」
と素早く言い、早足で化粧室という案内板に沿いながら去っていった。姿が消えてからポカンとした様子のウェスウィウスは「ほい……」と言いながら手を振っていた。
……その後ろではメリッサがにやつきながら「トイレに行っトイレ〜」と寒いギャグを連呼していた。
* * *
解放感が躰に染み渡る。用を足し終えたフリッグは手洗いで几帳面に手を洗っていた。水道から出る冷水が手に染みていく。それが彼の手を冷やしていった。
ふと顔をあげた。手洗いについている鏡には白けた翡翠の目をし、橙が混じった山吹色の様なボサボサの金糸の自分の顔が写っている。思わずそれに濡れたままの右手を重ねた。憎らしく鏡に写る左の頬を押す。
———これが自分……。
思い出された記憶にいたマーリンとは目付きや雰囲気が違うもののクリソツだった。過去の自分には興味がなかったが、今起きている事態に自分が深く関係していた———というかある意味原因———のだから今は嫌でも気にならなければいけなかった。自分に嘲笑を向ける。
「———ははっ……」
鏡を覆う硝子ごと握りしめようと爪で表面を引っ掻いた。自嘲の笑みが零れる。もう嫌と言えば嫌だった。そう一人で居たときだ。
「久しぶりだなァ、フリッグサマよゥ」
軽々しい、聞き覚えの無い男の声が不意に背後から聞こえた。フリッグの耳は聞き取って居なかった。咄嗟に振り向く。
自分と同じ翡翠の目、後ろで結んだら橙の長髪。どこかの民族衣装らしい、くすんだ茶色のローブを纏っている。目の細い長身の、美形と言っても良いくらい整った顔立ちの若い男だ。
「……誰」
常識的に必ず見知らぬ人に親しげに話しかけられたときに発する言葉を吐いた。男は口を大きく開けて、掌を上下させ笑い、フリッグに歩み寄って彼の肩をポンポン叩く。
「やーっぱ忘れてっかァ。そりゃそうか、そりゃそうか。シグルズことジークフリード、昔のお前の友人的なポジションだった奴だよ。
わかんね?」
シグルズと名乗った男はフリッグの肩を叩き続ける。少年は疑惑の目を向ける。
「分からない、てか知らない」
「やっぱかァ……。ま、そゆことよな」
「うん」
見知らぬ人間であったが、恐らく自分と同族だと思ったので親近感を得ていた。が、やはり滅びた種族であるのだから居るわけは無い。 可能性とすれば敵、ファウスト等という輩と同じ部類なのだろう。相手に悟られぬようにそっと戦闘態勢に入った。隙が生まれたと同時に"追走曲<Kanon>"を放つつもりで可能な限り自然にヘッドフォンへ手を忍ばせる。
その手が突然掴まれる!
いつの間にか急接近したシグルズは口元を歪ませて言う。
「おいおい、そんなに警戒されちゃ俺も参るって」
全く気付けなかった。フリッグは完全に動揺する。忍ばせていた左手は男に掴まれ、遠ざけられた。少年は口腔をパクパクと開閉させる。男の手は力が込められており、逃げることが出来ない。空いている男の左の人差指には金に光る環と、それに嵌められた蒼い石が有り、光を発していた。その手を強くコンクリの壁に押し当てた。指輪から激しい蒼い光が迸り始める。するとコンクリートが鋭い突起物に変形し、フリッグの横っ腹を掠めた。思わず顔を顰める。
———やっぱりコイツ……!
確信したフリッグはすぐさま右足のスニーカーを強く男の脛(すね)にぶつけた。男は短い呻き声をあげ、フリッグから手を離す。ジェイド種の少年はすぐさまヘッドフォンを首元まで下ろした。膨大な音が耳に吸収される。操るように手を男に向け、衝撃波を放った。が、衝撃波は発射と同時に男の前に現れた壁に辺り分散する。シグルズは床に手を当てていた。手を当てた少し先が盛り上がり、盾を作っていたのだ。
「攻撃のセンスは相変わらずだな。……まあ、"昔のお前"なら俺がコレ———指環アンドヴァリナウトを持ってることを想定して放ってるんだろうけどね」
くすくすと笑いを上げながらシグルズは蒼い石の嵌った指環を右の人差指でこんこんと叩いた。少年は確信する。奴も神器を持っている。
トイレという狭い空間で戦うには不向きだと思った。が、外は空港で人通りが多い。幸いにも人が入って来ていないものの、これでフリッグが外に出、奴がついてきてしまえば膨大な被害を及ぼす可能性があるのだ。シュネーもニーチェと同じくらい人口が集中している。此処で倒してしまうのが一番なのかもしれない。しかし、その前に素性を訊いておく必要性があると思えた。簡単に吐いてくれるとは思っていないがやらないよりやった方が良い。
「アンタも、十二神将———とか言う奴らの一人?」
「ん?ああ———今の名前は十二神将【愚者】のロキ」
右の小指を耳孔に突っ込み、穿りながら男は答えた。ロキと言ったシグルズはフリッグに左手の掌を見せた。また指環による攻撃だと思ったフリッグは一旦姿勢を低くし、男の股下へ潜り込んで抜けようとする。
シグルズの左手から白光が噴射された!と同時にフリッグは地面を蹴り上げ、前に飛ぶように進んだ。が、フリッグの足元に突如黒い穴が発生し、吸い込まれる。どぷん、という音を立てて穴はフリッグの右足を呑み込んだ。———先程とは違う。
「———な……!?」
声を上げ、驚愕の表情であるフリッグを十二神将は笑みを浮かべて見下していた。……嘲笑とは違う。
「お前さんにスノウィンに行ってもらっちゃこっちは困るわけ。ちょーいと、最北端にでも飛んでってくれや」
男はそう言って翡翠の眼を弧にした。
「おまっ———!一体何を企、んッ——————!!」
足掻くフリッグの左足が完全に沈んだ。次に腹部、そして腋(わき)。そのまま首元まで一気に沈み込む。
「だから暫く最北端で万年吹雪を堪能して貰おうと思ったんだって。良いねえ、観光。美人に雪景色、最高じゃないの」
「全っぜ、ん!最高なんかじゃない!!」
ワイングラスを持つような手の動きをして笑うシグルズにフリッグは怒号を飛ばした。とうとう穴に顎が触れた……!
「直ぐに帰って来てやる……!そしてお前を倒して」
その怒号が少年の最後の言葉だった。言葉を言い終わらせるより先に穴は少年の金糸のてっぺんを吸い込んだ。ぽちゃん、という虚しい音が鳴り、その後余韻だけをその空間に残し、穴も消え去った。
フリッグが消えたのを確認し終えた【愚者】は着物の袖口に手を突っ込む。手探りで携帯電話を取り出した。アイゼン共和国で最近開発され、全世界一斉販売をしたばかりの最新型の携帯電話"Ipon(アイポン)"だ。画面に触れて使うものである。その液晶の上を男の細い指が走る。ぽん、と小さく跳んだ。一通りの作業を終えた指は男の反対の袖の中に腕ごと入れられる。携帯を持っている手は耳まで機械を運んだ。そして男の歪んだ口元は言葉を紡ぐ。
「ウェスウィウス・フェーリア=クロッセル・アリアスクロスさまァ。
お宅の弟さんは遠くへ行ってしまいましたあ〜」
不気味な男声が響いた後の空間は、何所か卑しく笑っているような雰囲気であった。
>>