ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】  ( No.237 )
日時: 2011/04/10 21:50
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: されど駄目人間は愛鳥と踊る。

* * *



 空港内のカフェテリアに入り、四人用の座席を取る。フリッグがなかなか帰ってこないので彼が行ったトイレに近い場所に入って待つことにした。ホットココアを注文たのんだフォルセティの前に、白いカップに入った生クリーム入りのココアが置かれる。紺のスカートに白エプロンのウェイトレスと微笑みを交わした。去っていったと同時にカップに口を付けた。———ほんのり濃厚なココアの味がする。生クリームと混ざって甘さが相殺、旨い。

珈琲を注文した二人のうち、メリッサは砂糖とミルクをどす黒い海の中へ大量に投入した。黒に白が混ざり、ベージュに変わる。メリッサもそれを一口飲んだ。
「なっかなか来ないね」
カップから口を話したメリッサがトイレの方を見て呟く。
「ああ」言葉を拾ったウェスウィウスが携帯を気にしながら答えた。「連絡無し、遅い。やっぱなんかあったか」
短パンの上に乗る竜は咽を鳴らした。彼女は何か別の違和感を感じる。千年近く昔に感じていた空気を今感じている気がするのだ。少しだけ気に止めていたら、突然ウェスウィウスの携帯が音を発しながらバイブレーションした。

二十歳の好青年に似合わず、時代劇調の音楽だ。小節がきいた曲が店内に鳴り響き、一気に視線を集めた。フォルセティとメリッサは恥ずかしく思い、他人の振りをする。携帯の持ち主は気にせず、平然と電話に出た。———見たことの無い電話番号が表示されている。


「———はい」
『ウェスウィウス・フェーリア=クロッセル・アリアスクロスさまァ』
相手は聞き覚えの無い、若い男声だ。見知らぬ人間であるというよりもウェスウィウスには疑念を抱くものがあった。何故か相手の男はウェスウィウスの"本当の意味での"フルネームを言ってきたのだ。思わず彼の表情が凍りつく。

 ウェスウィウスのフルネームはウェスウィウス・フェーリア=クロッセル・アリアスクロスと糞長いものである。それは彼の親の人数を示しているものでもあった。フェーリアは母の姓、アリアスクロスは養父の姓である。そしてクロッセルは実父の姓だ。スノウィンに居るときも、帝国で軍に所属している際も彼はクロッセルを抜いて名乗っている。と、いうかクロッセルを入れて名乗ったのは殆ど無かった。……昔から、母親に禁じられていたためである。


この名は"ラズリ種がカーネリア種と混じったことを示すもの"だから駄目なのだ、と。確かに戸籍上ではウェスウィウスに血の繋がった父親は居ない。隠れながら結ばれた者による子供だったからだ。

 彼がこの名を教えたのは二名しか居ない。———自分を軍に導いたフレイ=ヴァン=ヴァナヘイムと恋人だったエイルの二人だ。彼らが外に漏らすことは有り得ない。フリッグや妹でさえ知らない名前である。



「何で俺の名前……」
思わず口走った。が、
『お宅の弟さんは遠くへ行ってしまいましたあ〜』
と、相手と会話が噛み合わない。
「弟……———」呟きの後で彼の双眸が見開かれ、声が張り上げられる。「フリッグをお前ッ、どうしたんだ!?」
それを聞いたメリッサとフォルセティは一瞬静止した。飲んでいた飲料物をテーブル上に置き、ウェスウィウスの電話のやり取りに聞き入った。二人の表情は深刻だ。


『まあまあ、そう焦らず』
相手は悠長だった。
「焦らずに居られる訳、ねえだろ!」
ウェスウィウスは憤慨する。
『俺もね、あまりこういうことはしたくないわけ。でもな?こうしないともっとややこしいことになるんだな、コレが。ウェスだって、これ以上家族を失いたくはないだろ?
俺も分かるよ?愛する存在を失った悲しみってモノ』
「やすやすと俺の仇名を呼ぶんじゃねえよ!!」
怒号を上げた混血の青年の拳がテーブルに叩きつけられる。強い衝撃音が店内に響き渡った。周囲は一気に静まり返る。が、青年は全く気に止めていない。


『ま、そう怒るなよ。お前さんはそのままスノウィンに行ってくれ、な?そうしないとフリッグがどうなるか俺、知らないから。
———お前さんと俺は何処か似通ったところがある。愛して抱いた女の様に、義弟をしたくないだろ?そう思うなら素直に帰郷するのを勧めるぜ。じゃ』

つらつらと言い残して、男との通話が途絶えた。携帯を切ったウェスウィウスの顔は蒼白だった。静まり返った店内に、さらに沈黙したウェスが作り上げる静寂が上乗せされる。それを破ろうと、メリッサが話しかけた。
「……なん、だって?」
「フリッグを置いて、スノウィンに向かおう」
いつもより一層低い声で男は言った。どうして、と理由を訊こうと思ったがメリッサは止める。訊いてはいけない気がしたからだ。膝元の竜は心配そうに青年の紅と蒼の眼を見る。彼の眼は曇っていた。





* * *


 万年吹雪が降り付ける。吹雪の中にぽつんと立っている人影は、雪の中を漁っていた。食料になるような物を探す。———無い。

「食べ物、無し」
沈んだ琥珀の色を鈍く光らせ、青紫になった唇が小さく言葉を紡いだ。長い睫毛には雪が積っていた。くすんだ白の軍服の様なコートの胸元には少しだけふくらみがある。それ程歳を喰っていない少女だった。若干眺めの灰色の髪にも雪が積もる。その上にかぶされている防寒帽子は元の黒を白で塗りつぶされていた。手袋を纏った両手が雪の中に再び突っ込まれる。

 がさがさ、と穿るような仕草をした。指先に触れるのは雪しかない。仕方なくその場から手を抜き、少し歩いた。さっきの場所から数メートル離れた地点でもう一度雪の中に手を入れ、探る。今度はなにか手ごたえがあった。取り敢えず引き抜く。


「———?」

手が触れた場所は妙に暖かい。動物でも埋まっているのかと思い、彼女は肩に提げている散弾銃を手に取り、それで掘り始めた。スコップ代わりだ。手よりも穴を空けられる。暫く雪を退かしていると、今度は橙色が混ざった黄色の毛が現れた。動物だとしたら、狐だろうか。更に効率を上げる為に、散弾銃を地面に投げ捨て、今度は背中に背負っていた大きめの狙撃銃を手に取る。道具を代えて、掘り起こし始めた。

 金糸の下に肌色が見え始めた。睫毛が付いている。人間だ。この極寒の中、雪の下に人間が埋まっているのだ!遭難者にしてはえらく服装が準備不足に思える。少女は更に掘り起こした。首元にマフラーをつけ、軽いセーターとアームウォーマーにリュックサックをつけた人間の上半身が露わになる。———やはりおかしい。これは異常だと思い、スピードを上げた。下半身は半ズボンにスニーカーという状態だった。明らかに場違いの服装だった。


 身長一六○センチ程度の少年の躰は雪から出た瞬間に急激に冷たくなっていった。少女は急いで着ているコートを一枚脱ぎ、少年にかぶせる。金糸の中からヘッドフォンが見えた。やはり風貌からして、登山感覚で此処に来たというのは間違いだ。青白い童顔を見る。唇が青紫に変色していた。


「まずいな……。このままじゃ死んじゃう」


少女は雪の中に捨てた散弾銃を拾い上げ、少年を担いだ。身長一六五センチ前後の自分の躰が一六○センチ程の少年を担ぐのは容易ではないと思いながらも自分が助けなければ少年は死んでしまうと思い、意地でも担ぎあげた。ずるずると下に垂れさがる少年の足が、二人の進路を白の下地に描いていく。吹雪は更に強まっていった。




* * *


「ハァッ!」
荒い吐息を吐きながら、襟の長い黒いコートを着た人間は路地裏に転がり込んだ。壁に背を当てて、一つ深く息を吐く。直後に周囲で
「何処へ行った!」
「見つけ次第殺せー!!」
と物騒な罵声が響く。


———行ったか?


被っていたフードを取る。中から藍の流れとラピス種特有の蒼い眼が現れた。ダボンとしたGパンの膝部分に頭を密着させる。藍色の髪の毛がさらり、と音を立てた。


 ——— 一安心する。まさか追われるとは予想だにして居なかった。興味本意でスノウィンにやってきたのだが、待ち受けていたのは狂った村人たちだった。


「まさか、な。こんなにおかしなことになってるなんて思っても無かったぜ……」
そう呟き、右手から神器【氷孤】を出す。氷の様な透き通った蒼の光から、透き通った氷の刃が生まれ、刀の柄が付く。氷を操る力を持つ、神器の一つだ。また追手が来た時の為に構えておこうと思った矢先だった。



「ああ———、此処にいたか」
「———!」

くく、と乾いた笑いを上げた老人がクラウドを見下ろしていたのだ。ラズリ種特有の白金の髪ととがった耳。スノウィンの奴だった。
「てめえッ!」
青年は刀を振るう。刃が通った後の空気が一気に凝結し、氷を作る。凍てついたそれらは老人に向かった、が。



「ッ……!?」
その前に青年が呻いた。腹部に視線を送る。寒がりによって着こまれた服の上に紅い染みが出来ていた。
「邪魔ものは排除だ」
冷たく男が言い放った。青年の蒼い眼が霞む。蒼透石の双眸が閉じられていく。

 暫くして、どすんと大きなものが倒れ込む音がした。それを合図だと言うように、その場にぞろぞろと人が集まってくる。老婆に青年、そこそこ妙齢の女性と様々だった。彼らを前に、老人は冷たく凍りつくような目付きで言う。
「邪魔ものは排除だ。我々が求めるのはフリッグ=サ・ガ=マーリン———」

周囲を冷たい風が通り抜けた。


「そしてウェスウィウス・フェーリア=クロッセル・アリアスクロスの排除だ」






 倒れ込んだ青年は動かぬ躰の中で思う。

———やはり、このスノウィンはおかしい!!



<Oz.14:affection-運命の糸は紡がれた- Fin.>