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Re: 【Veronica】 雪国コンビついに登場?致しました汗 ( No.248 )
日時: 2011/04/24 14:56
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: 9nPJoUDa)
参照: 新学期意外な多忙さにもたねえ…。

* * *


 風の都ウィンディア。風を産み出すという伝承を持つウェラルディアの森に囲まれたこの巨大都市はジェイド種という"絶対音感"を持つ種族が生きる都市だった。

純潔を保たねば為らぬという制約を持った巫女が占い、それに民衆が従うという独自の文化を持っている。風の民と言ってもおかしくないのは、絶対音感という最高の聴覚を持つ耳が有るからで、彼らは常に風を聴いている為だ。

 ジークフリード=ロカセナ=ヴェルスングは静かに歩く。ひたすらに続いている大理石の床に、革製のサンダルが一定のリズムを刻んでいる。赤みを帯びた黄の長髪は頭のてっぺんで一つに纏められていた。前を開け、厚い胸板を露出させた服装だった。彼のジェイド種特有の翡翠の目が、ふと前方の人間を捉える。


 前方に居たのは、飴色の髪を揺らした萌黄色のローブを纏った男だった。顔立ちはすらりとして、女顔に近かった。翡翠は憂いを帯びているようだ。ジークフリードはそれが、巷で噂になっている"フリッグ=サ・ガ=マーリン"だと分かった。魔物の一種である夢魔インキュバスに犯された女が産んだ大魔導師、マーリン。同じような境遇の自分だからか、以前から話してみたいと思っていたので、ジークフリードは駆け寄っていった。


 呆けていた青年の肩をポン、と叩く。するとフリッグは一瞬肩を跳ねさせてからジークフリードに振り向いた。驚いた表情をする彼にジークフリードはニヤリと笑う。
「フリッグ=サ・ガ=マーリン?」



糞長いフルネームで呼ばれたフリッグは細い顎を引いた。有名人なので、名前は嫌なくらい広がっているのだ。大体の初対面の人間はこうやって話しかけてくる。
「えぇと」
「あ、俺、ジークフリード=ロカセナ=ヴェルスング。ヴェルスング家の人間」
人の顔を覚えられないフリッグが記憶からジークフリードを検索している間に彼は名乗った。———記憶に無い。フリッグは少しだけ目を見開いた。
「ヴェルスング家、ですか?」
聞き返す。

ヴェルスング家は代々十二神将の【英雄】の座を受け継ぐ名家なのだ。巫女に使え、都の騎士として君臨する十二神将。フリッグも一応その一員【魔導師】だった。が、この男との面識は思い出す限り一切無い。
「あー、でも異端児。ヴェルスング家だけど【英雄】の称号は貰って無いねぇ」
「やはり」フリッグは笑う。これで十二神将で、面識があったらそれこそ反応に困る。「良かった、十二神将で無くて。初対面、ですよね?」
我ながら愚問と思いつつも訊ねた。より正確に、"初対面"ということを確認するためだ。「あ、初対面初対面。お前さんのお噂はかねがね」
ジークフリードは笑い声をあげながら言った。ホッとしたと同時に、初対面の人間にも礼儀を弁えない男の行動に少々苛立った。が、自然と笑っている自分に気付いてその感情も消えていく。


 フリッグに親しみを込めて話しかけてくる人間は少なかった。クリアーことクリュムと、【星詠み】のステラツィオ、ノルン三姉妹ぐらいだった。それに彼はそう簡単には気を許さない性分でもある。———だが、今真ん前に居るジークフリード=ロカセナ=ヴェルスングと言う男からは、何故か「共感を得られるのでは?」という不思議なものを感じていた。

「お前さんは魔物の血が半分入ってるんだって、な」
ジークフリードは唐突に言う。フリッグは目を見開いたまま停止していた。言ってはならなかったかと後悔しつつ、続けようとしたがその前にフリッグが喋った。
「は、い。……よく言われますよ、『だから大魔導師と言われるんだ』と。聞き飽きましたがね」
最後は吐き捨てた。
「俺も似たようなモンだ。巨人族の血が半分入ってる」
橙髪の男は左胸を拳でトントン叩きながら、自信有りげに言い放った。それから、フリッグの表情が和らいでいくではないか。同じような境遇に思えた彼は思わず親しげになっていた。
「そうなんですか!それはそれはっ。あ、普通に呼んで貰って構いません、ヴェルスングさん」
声を跳ね上げたフリッグは自分に指を指した。ジークフリードは笑う。
「じゃあ、フリッグか?俺はシグルズって呼んでくれや。ジークフリードっつー名前じゃ長ったらしくて仕方ねぇの」
「じゃ、シグルズさ……じゃなくて、シグルズ」
大魔導師は苦笑した。今まで他人行儀を貫いてきた所為で、相手と気安く名を呼び合うのになれていないのだ。

 ———考えてみれば、お互い初めて出来た友人だった。



* * *

 景色がフェードアウト。暗い闇に変わる。うっすら開けた翡翠は微睡んでいる。そのまま上体を起こし、髪をいた。

「ロキ様」
シギュンがじっと此方を見ていたのに気付く。……そう言えば戻ってきていた。フリッグをネージュ最北端に飛ばして、すぐに。
「懐かしい夢だ」
「……懐かしい?」
「ああ、懐かしい夢だ」
独り言のつもりで言った言葉に、思いがけない返しが来たので仕方無く繋げた。ロキは目を閉じる。夢はフリッグ=サ・ガ=マーリンと初めて会った時の思い出だった。


 奴が魔物の血を半分持っているのと同じ様に、ロキ———シグルズも巨人の血を半分程持ち合わせていた。

 世界三大人外種族というもののひとつだ。一つは竜———長命で高い知能を持つ———、一つは魔物———知能が低く、基本人に害を為す———、そして巨人だ。人間と変わらぬ知能を持ち、不老不死の肉体を持つ巨人。しかし容貌は大変醜く、竜ほどの巨体を持っている。が、普段は人間の躰を取り組み、擬態して暮らしているのだ。……実際、アングルボザは巨人族で、今現在オニキス種の少女の皮を被っている。

「懐かしい、ですか」
憂いを帯びた眼が閉じると同時にシギュンの髪が揺れた。ロキはその女に触れようとして、手を伸ばす。が、止めた。行き場を失った右手を髪にやり、とかして誤魔化す。


 ロキは再び瞼を閉じた。
「もっかい、寝るわ」
閉じたままでシギュンに言って寝転がった。忠実なる女は静かに頷いた。そして【愚者】に寄り添う。

 ————静かだった。
 静寂が、そのまま世界を包み込んだかのようで。





* * *



———誰だッッ!!
少年は飛び起きた。橙が混ざった黄の、飴色の髪を掻き上げる。額に汗が滲んでいた。———呼吸が荒い。そして、妙に肌寒かった。

 また夢だった。シュネーで邂逅した十二神将【愚者】ロキという男が出てきていた。が、それ以外、内容は覚えていない。所詮は夢、記憶には残らないみたいだ。
 フリッグは見回す。荒々しい岩肌が露出した洞窟と思わしき空間に合わない人が居住しているかのような痕跡———壁に沿って並べられた棚や、布団、携帯食料や携帯コンロ等———があった。躰を起こした少年はゆっくりと立ち上がり、近くに置いてあった冷めきったシチューを手にとった。リュックサックは剥ぎ取られ、また絶対音感を和らげていた筈のヘッドフォンも無くなっていた。冷めたシチューに口を付けようとしたが、止める。

 そっと耳を澄ました。感度の良い耳は、吹雪が奏でる音を聞き取る。スノウィンやシュネーとは違った音、というか正直聞いたことの無いものだった。と、その時だ。背後から気配を感じ、振り向いた。

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