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Re: 【Veronica】Oz.15更新完了。 ( No.251 )
日時: 2011/04/28 22:21
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: 風邪引きました←

* * *

 妙に地面が冷たい。雪とは違う感触で、しっとりとした感じの雪とは違いごつごつした感じだった。右肩付近が痛む。其処にそっと左手を当てた。そのまま起き上がる。焦げ茶の髪が乱れていた。
「っ———……」
何が起きたのかは理解出来なかった。というか、したくも無い気がした。しかし、しなければならないのだろう。仕方なく状況把握を始める。

 前方には萌黄色の服を着た、栗毛の少年が血を流して倒れている。メリッサは駆け寄って彼の躰を揺すった。呻き声ぐらいは聞こえてほしかったのだがそれすらする気配が無い。
「おい、フォルセティ!情緒不安定二時成長真っ只中少年!ガキンチョ!!」
返事は無かった。先程より強く揺する。が、動く気配すら見せない。取り敢えず、自分の頭に巻いている漆黒のリボンを解き、フォルセティの肩に結ぶ。一旦止血だ。きつく縛った。……これでも目覚めない。仕方ないと思ったメリッサは少年の小さな体躯を担いだ。其処で、萌黄色の服の間に包まれている深緑の鱗に気付く。ポチ、ティアマットだった。彼女は何も言わずに羽を気にしている。銃口の穿たれた羽は出血していた。フォルセティとポチを発見、あとはウェスウィウスなのだが何処を見回してもそれらしき人間は見つからなかった。

———なんつー、面倒くさいことになってんだかッ!

痛む右肩を我慢し、少年を担いだ少女はゆっくりと一歩踏み出した。銃で撃たれた経験は殆どない。<ウルズ>で傷を塞ぐべきなのだろうが、そんな物を三人同時に使っては自分の体力が尽きてしまう。仕方なく、フォルセティとポチを優先した。失血死は免れなければならない事態だ。
「……ウル、ズ」
空けた右手から光の棒が生える。先端に三つの金輪を付けた運命聖杖ノルネンが出現。杖を地面に突き刺すと同時に淡緑色の光が溢れ始めた。それらは徐々に背中の十歳児と竜を包み込む。先程まで穿たれていた傷口だけでなく、破れた服さえも直していた。過去を意味する<ウルズ>の能力によるものである。力を使った影響で、メリッサ=ラヴァードゥーレの体力は限界を超えかけていた。しかし、倒れてしまっても仕方ない。必死に倒れそうな躰を堪え、立った状態を維持する。小刻みに痙攣している足はいつ倒れてもおかしくなかった。


「……め、り?」
「あ、おはよ」
漸く目を覚ました背中の子供は、まだ夢と現の狭間に居るようで半端な眼でメリッサを見ていた。が、直後に覚醒し、状況を瞬時に理解する。
「な———!ど、どうしたんですか !?」叫んだと同時に撃たれたはずの背中から痛みが消えていることに気付く。「ど、どうして治って……?まさか」
フォルセティが目覚めたことによる安堵で少女は微笑んだ。
「重いから降りてくんない?」
そう言われて気付いたフォルセティは「すみません」と小さく言ってから飛び降りた。解放されたメリッサが大きく伸びをする。そしてノルネンを掲げて歩みだした。後に急いで少年が続いていく。

 兎に角、ウェスウィウスを探さなければ意味はないようだ。見る限り洞窟内。スノウィンの地下なのか、それとも山間なのか分からなかった。———が、放り込まれたことに変わりは無いのだろう

 メリッサは頭上から光が差し込んでいるのに気付いた。其れを攀(よ)じ登ろうと、岩肌に手を掛ける。背後のアメジスト種の少年は、竜を抱えながら彼女を見つめていた。
「……登るんですか?」
「じゃなかったらどうすんの」
「———無駄、ですよ。そんな高さじゃ」
フォルセティの紫紺の眼には絶望があった。殆ど投げやりの状態だった。
「じゃあ、ポチにでっかくなってもらって」
竜を見たメリッサが、閃きを言う。しかし、少年は直ぐに意見を否定した。
「駄目ですよ。ティアマットじゃ大きすぎます」一呼吸置いてから言葉を紡いだ。「お互い魔力も吸い取られてるみたいですよ。……出れません」
それだけ言った少年はその場に座り込んだ。光のさしこんでいる出口らしき所まで、ざっと見十メートルはある。もしかしたらそれ以上あるのかもしれない。それを人間の手足で登るのは無茶すぎる行為だった。運命聖杖ノルネンは、どこぞの如意棒の様に「伸びろ〜!」と言って伸びるような物でもないし、フォルセティにも人を上に上昇させていくような魔法は無かった。人間が空を飛べるような魔法など、未だに存在していないのだ。地面から大樹を生やす<ユグドラシル>という技が存在するらしいのだが、伝説的なものであり、フォルセティも名前しか知らなかった。少年の頭の中で、「脱出不可能」という結論が三回出される。


 しかし、フォルセティとは対極的に少女は登り続けていた。その滑稽な様子を見ながら、言う。
「無茶ですよ」
それでもメリッサは黙々と登っていた。なのでもう一度言う。
「無茶です」
少女は受け答えなどしなかった。一度右手を岩壁から滑らせ、落ちかけるがギリギリで止まる。三回目は声を荒げた。
「無茶ですって !!」
怒鳴り声と同時にメリッサの両手が離れ、躰が大きく降下。音を立てて、少女の細い体躯は地面に激突した。これで諦めるだろうと思ってフォルセティは駆け寄る。が、メリッサは止めず、再び手を引っ掛けて登り始めたではないか!彼女の躰は小さく痙攣していた。右肩から滲んでいた血液は、先程より面積を広げている。何故か彼女は自分の肩ではなく、フォルセティの傷口を自身のリボンで止血していた。行動が不可解過ぎて、少年は理解できない。

 また手が滑った。降下。二度目の落下だ。全身を打ちつけてもまだ登ろうとする。血液が滴っていた。
「も、止めましょうよ!どうしてそんなにやるんですかッ!もう、助からないですよ!」
限界に達した少年が先程以上の声を発して怒鳴った。壁に手を付けていたメリッサは後ろに振り向き、フォルセティを琥珀の眼で真っすぐと見た。唇が言葉を奏でる。




「そんなさあ、絶望してる暇があんなら、さぁ……。———希望持とーよ」




少女の本音の言葉を聞いてフォルセティは停止する。少女は続ける。
「『駄目だ』『無理だ』『無茶だ』なんて言って何もしないんじゃ、何も進展しないじゃん。なら、そんなこと考えてる暇があるなら動けば良いんだよ。
結果がどうなるか目に見えて立って、動かないで結果を待つよりもまだ他の可能性が出てくる訳じゃん」
それからまたすぐに手が滑り、落下した。今度は頭部を強く打ちつけたらしい。一瞬ピクリとも動かない状態になったが、直ぐに立ち上がった。

 メリッサの言葉を聞いて、フォルセティはイルーシヴの言葉を思い出す。それから自分の甘さを痛感した。諦めない限り、道は続いている。自分は体育会系の人間ではないし、どちらかというとスポ根的な考えは嫌いだった。が、これはなんとなくわかる気がしていたのだ。諦めも大事だが、諦めてばかりではいけない。

 岩に掛けられた手が落ちた。躰も落ちる。立ち上がれなくなっていた。
「メリッサさん!」
フォルセティが駆け寄る。彼女の顔は蒼白になっていた。呼吸が非常に弱い。躰を支えてやった。右肩に触れていた少年の手に生温かい液体が流れている感触が走る。嫌な予感がして、手を引いて見た。紅い血が流れを作っている。

———無茶しすぎなんだよ……!

頬を叩いたり、体を揺すったりしても確かな反応が得られない。自分や竜を直したのがノルネンの<ウルズ>であるならば、体力の消耗は思っているよりも早い筈だ。其れに加え、失血もある。まずいと思ったフォルセティは咄嗟に天命の書版を出現させる。回復系の呪文、"治癒(キュラブル)"を唱えて応急処置を施した。魔力が殆ど消えうせている少年が今できる最善の応急処置だったのだ。これだけで大丈夫なはずはない。よりよい処置を施して貰わなければならない。ポチを空中に羽ばたかせる。竜の血赤色の眼は不安げに二人を眺めている。
「ティアマット、さん。人の気配とか、他の出口とかの感知をお願いします。僕は兎に角メリッサさんを運びますから」
ティアマットは頷いた。周囲を旋回し始める。自分より数十センチも背の高い女の躰を担ぎ、少年は踏み出した。重みに耐えられないかもしれないと思ったが、其処は我慢する。こんな痛み、他の人が感じている痛みに比べれば、マシなものなのだろう。


 そう心に言い聞かせて。

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