ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【Veronica】Oz.15更新完了。 ( No.252 )
- 日時: 2011/04/29 19:27
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
- 参照: 風邪引きました←
* * *
* * *
岩肌に傷をつける。ナイフを握る手からは血が滲んでいるのに気付いたラピス種の若者は深く溜め息を吐いた。セットした藍の髪も乱れている。お洒落好きな青年には辛い。目線を下に送った彼の顔が青ざめた。
「———ッあ゛!!畜生、ニケのスニーカーがっ、高かったのに!」
青年の悲痛な叫びがこだまする。
土や雪にまみれ、表面が破れているスニーカーはブランド品であった。大手スポーツ用品店のもので、履き心地や使い心地の良さからアンバー種の傭兵や軍人も使っているような物であった。
今日で大体三日。スノウィンの住民に襲撃され、地下牢とは言い難い洞窟に閉じ込められた。食事も与えられず、仕方無いので自分が持っていた携帯食を食べた。登山などで遭難した時の非常食のようなものなので、満足はしない。携帯食料で虚しい。寒冷地帯での洞窟、暖もまともに取れないのは寒がりな青年にはキツかった。だが、寒がりなのが幸いし、着膨れしていたお陰で少しはマシである。ほんの少しだけ自分の寒がりに有り難みを感じた。
寒さを感じ、外していたフードを深く被る。いつなにが来ても良いよう、二等銃を引き寄せ、抱える。彼の耳が遠くで物音を感じ取った。足音らしきそれは、引き摺ったような音で、近付いてきている。スノウィンの奴等ならば、と思い青年は手から刀を現す。随分昔に見つけた神器だ。氷を生み出すそれを右手に、左に二等銃を掲げ、息を潜めた。
洞窟内は蟻の巣のようになっており、小さな窪みに人が入れられる。そこには鉄格子があり、脱出出来ない。壊して出るべきであろうが、下手に出て住民に襲われては元も子もない。なので今まで出なかった。
が、敵が攻撃してくれば別。正当防衛を掲げて打ち返すつもりだ。銃の先端部を檻に通す。撃てるように準備。
人影が青年の蒼い眼に映った。———奇妙な形である。下半身部分は細く、上———頭の辺りは非常に大きい。歪な形だ。眼を細めて見てみる。近付いてきているそれの姿が明らかになってきた。
* * *
冗談キツい。
人を撃つ音と鼻を焦げ臭いものが鼻を掠める。引かれた右手の先を見た。灰色の髪を揺らしたユールヒェンが走りながら狙撃する。
「伏せて!」
彼女の氷のような声でフリッグは伏せようと身を屈める。が、加えて上からユールヒェンが押さえつけた。モゴッという奇妙な音を発す。直後に頭上で銃声が鳴り響いた。急すぎて少年も状況が分からない!
「起きて」息をする間も無いくらいでユールヒェンの指示が入る。「走って!」
返事より先にアンバー種の細い手がフリッグを引いた。厚い手袋からでも細い指だと感じられるということは、更に女の指が細いのを仄めかしていた。
厚い雪の下に埋もれる穴へ滑り込む。止むことを知らない万年吹雪の所為で視界が悪く、フリッグは眼前に来るまで気付かなかった。しかし、ユールヒェンは的確にそこを目指していたのだ。最早、躰が覚えているかのように。
岩盤の上を滑り、中へ突入。先に行ったユールヒェンが強い力で少年を引き、奥へ投げた。そして出入り口を魔法で塞ぐ。ぶつぶつと何か唱えると空いた穴に岩が広がり、穴を封じた。彼女は安堵した表情を浮かべる。それを疑いの目で見られていたのに気付き、顔をフリッグに向けた。
「……今は戦争下だから、危ないの」
「なんで?永雪戦争は終息したのに。
それに世界にはネージュより北の国はないはず!特に、こんな場所は回りにそんなの無いだろ!?」
フリッグは荒い声で問うた。少女は暗い表情をしている。
ユールヒェンは重い息を吐いた。その場に座り込み、岩壁から鋭利な岩の欠片を取り、平らな地面に線と文字を描き始める。
「アースガルド王国のアフルヘイム問題は、既知?」
形の揃った筆記体を書きながら少女は訊ねた。
「アンバー種建国派による、領土問題……」
「要約すると、ね」
少女の岩を握る左手が上に移動、円を描く。そこに"Neige"の文字。———ユールヒェンは左利きらしい。そういえばウェスウィウスも、ウェロニカも左利きだった。かくいう自分も元は左利きで養父母に矯正されて両利きになっている。ネージュの人間は何故か左利きが多いのだ。
「此処は北の大国、ネージュ王国最北端スニェーク。主に犯罪者等が流刑として流される、極寒地獄」
思考を剃らしていたフリッグはユールヒェンの言葉で戻される。円の一番上に、円を重ねて"Sneak"と書いた。
「多くのアンバー種は無実の罪で太古からここに流されてきた。全ての罪を着せられて」
雪女のような彼女は琥珀の目を沈ませる。声色も落ちた。
「そんなに……」
声が詰まった。予想以上にアンバー種に対する世界の迫害は厳しい。
「アースガルドで、セージ=ラヴァードゥーレとアルベルト・メグオームが設立した【ヤンターリ】が抵抗するように、此処のアンバー種を組織化を謀ってた。……でも」
女の声がくぐもる。フリッグの翡翠は悩ましげな彼女の琥珀玉を見ることしか出来ない。
「裏切りの汚名を着せられ、ネージュから攻撃されてるってこと」
* * *
うっすらと意識が戻っていく———。
「起きたか」
しゃがれた老人の声により、完全に覚醒する。目覚めたと同時にウェスウィウスの躰に衝撃。腹部を押され、嘔吐しそうになった。
「ッ———アッ!」
押される感覚によって咳き込む。が、それは許されないらしく悶えた青年は髪を捕まれ顔を無理矢理上げられる。眼前にはバティストゥータの蒼い眼。ラズリ種の尖った耳がある。
「フリッグ=サ・ガ=マーリンはどうした !?」
厳しい罵声にウェスウィウスは答えられなかった。喉から声が出ない。苦しい。そしてその問いは、自分が一番訊きたかった。俺が訊きたい !!と怒鳴り返そうとしたとき、ウェスウィウスの口が無理矢理開かれ固定される。やかんが運ばれて来て、熱湯が口内に注がれた。悶え苦しむ。喉が焼ける!叫びさえ出なかった。
注ぎ終えた後は再び頭を地面に押し付けられた。一人ではなく、複数のがたいの良い男たちにだ。バティストゥータ村長は優雅に眺めている。
「ウェスウィウス。我らはマーリンが必要なのだよ。そして貴様という家族が邪魔だ。彼の肉親になるべきは、我らだからだ」老人は低く笑う。「それに貴様のような忌み子は死すべきだ。恨めしい血の瞳など、言語道断」
言葉の終わりと同時に、ウェスウィウスを押さえていた男の一人が小刀を取り出した。それを青年の紅い眼に押し当てる。金属の冷たさが目元に恐怖と共に広がった。
「さあ、抉ってやれ」
言葉と同時に刃が突き立てられそうになる。が、それよりも早く懐に手を入れていたウェスがS&W M10を握り、撃った。押さえていた他の男の顔面を的確に射撃っ。そのまま拘束から解かれた彼は刃物を持った男の中心を撃ち抜く。男は叫び声を上げてもがいた。六弾しかない弾丸を素早くリロード。そのままバティストゥータを目掛ける。
が、老人は姿を消していた。その代わりに老若男女の死兵のような輩があふれでていた。ラズリ種たちは皆虚ろな眼で武器を持って此方を狙っている。上手い具合に間合いをとったウェスウィウスはタイミング良く弾を放つ。薬莢が切れる度にタイミングを見計らい、再装填する。だが、これもいつまで続くかわからない。
———仕方ねぇっ !!
軍人に属しながら、まだ人を殺めるのには慣れていない。慣れたら人間失格になってしまう気がしていた。しかし、今は殺らなければ殺られる。かつてはこうでは無かった筈のスノウィンの住民達に。
上手く攻撃を避け、武器を落とさせる。まずは農夫が持っていた鍬を手に取る。それを右手で扱い、左手で射撃。子供が持っていた回転式拳銃を奪った。左にあった銃を懐に戻す。奪った銃で撃つ。眉間を撃ち抜かれた女が倒れた。弾切れを確認するとそれを投げ捨てた。老人に命中、同時に鍬で薙ぎ払う。落ちていた短銃を拾い上げた。……ウェスウィウス愛用の銃は既に弾切れだったのだ。
斧を振り回す巨体から軽やかに避け、そのまま走り去る。背後からの飛び道具が不安だった。幸い荷物に手榴弾が一つあり、それを後方に投げる。青年の脚は速度を上げた。
爆音。
思っていたのとは違った、意外にもショボい爆音が鳴る。悲鳴はしなかった。後方をちらと見たが、煙で見えなかった。少しは時間稼ぎになるだろうと思う。というか、それであって欲しい。近くに小さな穴が合ったので転がり込んで少し休むことにした。意外に喰らっていた攻撃のダメージと疲労が蓄積している。頬を掠めた弾丸に足を斬った刃。傷跡は、服を破いた簡単な止血帯で止血だけした。茶色のコートの値段を思いだし、少し虚しくなる。それを首を振って、振り払った。兎に角呼吸だけは整えたかったのだ。
———ちぃ……っ。
こんな事態など考えていなかった。が、有り得ないことは無かったのだろう。帰郷を躊躇われたのは迫害同然のことを母子で受けていたからだった。
躰が冷える。
誰かの温もりが欲しかった。
一年前に死んだ恋人を思い出す。彼女の温もりが、今になってとても恋しくなった。———三つ離れていた女の、母のような温もりが。今更生き返ることはまずない。引き摺っている自分が哀しく、滑稽だった。
「エイ、ル———……」
掠れた声でウェスウィウスは恋人の名を呟いた。涙が出そうになるが、圧し殺した。未だ甘えん坊なウェスウィウス・フェーリア・クロッセル・アリアスクロス。とんだ罪男だ。
「あら、また泣き虫さん?いい加減良い年なんだからしっかりしてよね」
姉御肌の、聞き覚えのある声にウェスウィウスは顔を上げた。———有り得ない。夢以外有り得ない。頬をつねり、叩いた。が、眼に入った人間は夢ではない。現実だ。
二つの短い、栗毛のお下げに紫紺の眼。長い睫毛に細身の女。微笑む姿は間違いない。
今迄、唯一愛した女———エイル・ヴァジュラ・アースガルズ本人だった。
<Oz.15:Cruel-雪は白く、全てを消していって…- Fin.>