ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【Veronica】Oz.15更新完了。 ( No.257 )
- 日時: 2011/05/04 13:15
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
- 参照: 「頑張れ」という応援だけじゃ支援にならないと思うんだ。
「皮肉にも」
隻眼の男は虚空を見上げた。
アメジストの瞳に、オールバックにされた栗毛。軍服はがっちりした肉体を覆っている。割りと綺麗な顔立ちだが、無精髭が生やされていたのが妙に田舎臭さを出している。面長の、四角い顎を上げ、一呼吸置いてからまた紡ぐ。
「いくら神を崇めても、俺たちに救いを与はしないのだな」
低音が淀む。隣で同じ紫水晶の目をした女がブランケットを彼に渡してやる。まだ幼さの残る顔に、眺めの栗毛が蒼白い肌の海を滑っていた。
「ヘルモード異母兄様、寒いでしょう?風が冷とうございますよ」
小さな声は優しく男を包む。男は渡されたブランケットを直ぐに渡した娘にかけなおす。
「病弱な癖に、気を遣うなよ?
お前こそ寒くないか、ヘニール」
「いいえ。今日はいつもより気分が良いの」
顔を横に振り、長い栗毛を揺らした彼女は手摺にもたれ掛かった。さやさや、と風が当たった髪が音を奏でる。目を閉じた。
ベランダから見える、アメジスト種の城下町は夕日に照らされてきらきらと光っている。平和だった。アメジスト種の国、アースガルド王国の中心である王宮からの景色は変わらない。それはまるで、世の中を流れる時間の様だった。
ヘニールという娘は痩せ細った指先を二の腕に置き、自分を抱き抱えるような姿になる。寒くは無かったが、何故か無意識にそうしていた。また髪が爽やかな音色を奏でる。ヘニールはこの音が好きだ。小さな頃は、いや、今も絶えずジェイド種の絶対音感に憧れを抱いていた。風の音を聞ける耳が、羨ましかった。異母兄のヘルモードを見る。齢三十五という年齢の彼は、王国軍大佐という地位を持っていた。近々准将に昇格するらしい。十八のヘニールとは、父娘ほど歳が違ったが、紛れもない異母兄妹だった。———まだいる。一番上の異母姉フラは四十路をとうに過ぎているし、正妻との間の次男坊ホズもそれくらいだった。父親は七十を過ぎた高齢の王だ。これでもまだ、二歳下の異母弟が一人いる。
「確か、ヴァーリ異母兄様も近々婚約するとか?
ウル様でしたっけ。……トール叔父様の一人娘の」
唐突な話題に軍人は整然と言う。
「だったな」
「エイル異母姉様も生きていらっしゃれば、ウェス様と結婚したのでしょうね……」
ヘニールは空の遠くを見るように視線を飛ばした。———胸の中が切なかった。父と娼婦の間に出来た異母姉は、幸せを掴む直前で無惨に死んだ。幸せな未来を、一瞬で奪われていた。
恋人と言っていた"ウェス"は名前しかしらない。エイルは彼を「強がりで、泣き虫で甘えんぼさん」と評価していた。それ以外は、知らない。それはヘニールに限らず、ヘルモードや他の異母兄弟たちも同じだ。———ただ一人、長女のフラを除いては。
デッキの軋む音に気付いたヘルモードは瞬時に振り向く。同時に、腰に下げる軍刀を抜いた。が、すぐに鞘に納める。前には、無邪気な笑みを浮かべた紫の髪のアメジスト種の少年が立っていた。黒のパーカーに両手を突っ込んでいる。
「ヴィーダルか、驚いた」
ヴィーダルと呼ばれた少年は「へへ」と笑いを漏らす。今年で十六歳の、ヘルモードらの異母兄弟の末っ子だった。丸顔に付く、丸い眼がヘニールに笑いかける。
「ねーちゃん、元気?」
「ん、大丈夫。ヴィーダルは相変わらず、元気そうで何より」
頷いたヘニールの様子を見て安心したようなヴィーダルはヘルモードの太い腕にぶら下がった。
「ブラギの異母兄ちゃんが、アニキ呼んでたよ。ヴァーリアニキがどっか行ったから代わりに来いってサ」
浮いた足がぶらぶらする。ヘルモードは口元をニッと吊り上げ、優しく彼を落とした。いや、落とした時点で優しくは無いか……。
「ちょっくら行ってくるな」
踵を返し、男はその場を立ち去った。残った二人はお互いに顔を見合わせ、笑う。———嘘だった。ヴィーダルの可愛い嘘に、ヘルモードが素直に引っ掛かっているのが面白い。ヘニールは口を開く。
「ヴィーダルはエイル異母姉様の顔を知ってる?」
少年は首を横に振る。———これも嘘、一応面識がある。異母姉は咎めなかった。可愛い嘘に、咎める必要性は見いだせなかったからだ。
ヴィーダルは手摺から乗り出す。少年の紫の目が、城下町を見据えた。アースガルズ王家の人間ながら、特徴の栗毛が唯一出なかったヴィーダルは、紫の髪を右手で弄る。城下町は平和的だったが、彼は知っている。———琥珀の種への陰湿な迫害を。
「ねーちゃんが生きてればなぁ」
彼は呟いた。エイルは何だかんだ言って、母親よりも優しくしてくれた。過ごした時間は短くとも、密度は濃い。……同じ思いを、ウェスという恋人もしているのだろう。
風が哭いた。その哀しさは、まるで愛すべき存在を喪った咎人の咆哮の様だった。
<Oz.16:avalanche-崩壊、喪失、孤独感->
「あら、また泣き虫さん?いい加減良い年なんだからしっかりしてよね」
その声は、懐かしく、いとおしく———……。ウェスウィウスは目を擦ったが、それは現実に変わりなかった。死んだ筈のエイル・ヴァジュラ・アースガルズ、愛しい女性。
「エイ……?」
「デコピン・スプラッシュ☆ヒットver.5(バージョン・ファイヴ)ッッ」
再確認しようと声を漏らしたウェスウィウスの額にエイルのデコピンがヒット、仰け反る。その勢いで後ろにあった岩に後頭部が激突した。流石にそれは予想してなかったらしく、急いでエイルは苦笑いしながら謝る。
「あ、ごめん」
むくりと起き上がった青年は血をだらだらと流しながら大真面目な顔で言う。
「今日スーパーの特売日だったッッ」
「無視かい!!」
「ゴメンッ、聞いてなかった!」
一瞬にして二人の間に笑い声が絶えず始まる。この他愛のないやりとりが非常に懐かしく、愛おしかった。ウェスウィウスはそのまま立ち上がり、エイルの手を取る。この仕草も久しぶりだった。
夢にしては酷く現実的だった。女の手は生きているかのような温かで、生気に溢れている。この時ふと、脳裏に眼前の女が死んだ瞬間が蘇ったのだが、あれこそ夢に思えた。ウェスウィウスは長い夢を見ていたのだ、と言い聞かせる。
「何か私の顔についてるの?」
思考を余所へやっていたウェスウィウスの不意を突いたエイルは悪戯に微笑む。思わず青年の口から昔よくやった冗談が出た。
「ヤヴァイ液体」
「ンな訳ないでしょう。そう言うのも相変わらず。下ネタに走り気味なのは、何……発情期?それともフレイの影響?」
「久しぶりに会えたから喜んでんだよ」
最後の言葉は本音だった。嬉しくて仕方ない。指に嵌めた銀の光をちらりと見た。彼女が生きているなら、このままウェディング——ーと言うのも悪くは無い。一時本気で考えたネタだった。が、思い出す。そう言えば彼女が"死ぬ"前には、別れ話が持ち出され、そのまま音信不通になっていたのを。しかし、それにも確かな理由があったということを。
「生きてた……なんて正直驚いたっつの」次の言葉は言っていいのか悩んだが、やはり訊く。「どうして?」
それは訊ねていい問いかけかどうかと言えば、訊ねてはいけない問いかけなのかもしれない。しかし、ウェスウィウス本人は知らなくてはいけないのだろうと思った。彼女が殺された——いや今は襲われたと仮定しておこう——理由には、彼女の親族が大きく関わっていたからなのだから。
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