ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 ( No.270 )
日時: 2011/06/04 20:24
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: たまに下の広告の欄に「別れる前に」みたいなのがある件。

「私もね、死ぬ!って思ったの。うん。正直」
エイルはまるで自分に言い聞かすように言っている。何度も顎を引いていた。その姿を優しい目で青年は見つめる。このまま抱き締めて愛してやりたいくらい、いとおしかった。昔と変わらぬ姿に感動していた。


 「銃しか愛せない(笑)」というのが周囲からの評価だったウェスであるが、実際にはちゃんと愛する人を持っていた。十八で帝国軍に入った時には既にエイルと出会っていた。その一月程前にエターナルにやってきたウェスウィウスははっきり言って路頭に迷っていたのだ。偶然拾ってくれた評議員との出会いが無ければ彼女とは出逢わなかったのだろう。彼もちゃんと人間ひとを愛せる。


「驚いたな」長い睫毛の付いた菫のまばたきを横目で見ながら低く言う。「———生きてたのは」
同じ言葉しか出ないのは思考がそれに奪われているからだった。
「偽装ってやつね」
「偽装……?」
「ええ」女はくるりと舞った。「ぎそー」
これも驚きだった。彼が見た"最後"の彼女はあまりにもリアルで、いや実際に本物だと思っていたくらい生々しかった。———腸が抉り取られ、腹部を血と引き裂かれた肉と臓物で飾られていた見るも無惨な姿。いずれはウェスウィウスとの子を身籠る筈であった部位も腹から取り出され、液体を滴らせながら壁に投げつけられてあった。更に、まるで死ぬ直前まで他の男に強要されていた行為を物語るように、衣服は布切れと化し、艶やかな肌が露出していた。剥き出しになった彼女の目玉をそっと伏せたのはウェスウィウスだ。その感触は、まだ記憶の中に見え隠れしている。

だから偽装ということに対しての驚きは隠せなかった。思わず声に出していたらしく、彼女はくすくす笑いながら続ける。
「私、一応王族————でしょ?でね、一番上の姉さんたちが協力してくれたの」
上の姉さんたちと言うのは名前しか知らない。なのでウェスは更に訊くことはしなかった。エイルには、何人かの姉や兄が居るが、いずれも母親が違っていた。つまり、異母兄弟と言うわけだ。ウェスウィウスは異父妹が居るので気持ち的には似通った何かがある。僅かながらでも決して無いとは言えない血縁が何だかんだ言って救いの手を差し伸ばすのだ。

「次男坊のホズが次期王権を狙っていてね。【王族狩り】と称して、次期国王になりうる可能性のある人間を暗殺しているの」
彼女は深く溜め息を吐いた。そんな人間でも同じ父親、同じ血が流れている。血縁者の中にそのような輩がいることが哀しいのだ。
「だから、俺と別れたんだよな。———巻き込まないように」
エイルはコクリと頷いた。
「当然私も入ってるわけよ。いつ狙われてもおかしくない。だから、大切な貴方を巻き込みたくなかった」
視線を落とした彼女は自嘲の笑みを浮かべていた。ウェスウィウスは何も言わずに沈黙している。別れ話から知った真実。知りながら助けられなかった女。これは彼女の血縁者にかなり大きな借りが出来てしまったものだ。

 返り血にまみれたウェスウィウスの手を引く。エイルは微笑んだ。
「フラ姉さんやヘルモード兄さんが偽装してくれたお陰でまた会えたの。会いたかった、ウェス」
その場で二人な軽く触れ合う。久しぶりの恋人の感触の所為か、ウェスウィウスの脳裏に昔の光景が刹那的に流れた。———出会いの切っ掛けは、信じたくないのだがフレイが作ったのに等しい。専属秘書をしていた彼女と、ひょんなことから拾われたウェスウィウスの中間に居たのはフレイ=ヴァン=ヴァナヘイム、評議員だったのだ。


「ところで」

思い出に軽く浸っていたウェスウィウスを現実に戻すかのようにエイルは声を放つ。ハッとした青年は焦りが滲んだ顔で応えた。
「な、何?」
「ウェス、貴方なんかやらかした?」
「え?」
驚き。思わず顔を前に突き出していた。
「だからー……」女は血だらけのウェスの体躯に目線を下から上に送っていく。「そんな血だらけで、しかも殺されかけてて……何かしたの?」

 ウェスウィウスの思考が一瞬停止した。しかし、考えてみれば当たり前の話だと思い、無理矢理思考を捻じ曲げる。そして繕った愛想笑いを浮かべた。
「ああ……、分かんねえけどなんか急に襲われてな」
エイルは目をパチクリとさせた。
「そうなら良いけど。何か恨みでも買っちゃってたらどうしようかって思ったからね〜」
年上だから、妙にお姉さんぶるエイルはそう言った。ウェスウィウスは何も言わずに俯いていた。———自分と濃密な関係にあった彼女が、知らないはずも無いのに。
「村長のバティストゥータが、な。急に襲ってきた感じだよ」
取り敢えず言葉を紡ぐ。自分の中に芽生えた疑念を払おうとしていた。
「なら多分、此処にある神器の所為ね」
返って来たエイルの言葉に、思わず耳を疑った。短期間であったが、其れなりに濃い関係を築き、そして秘密らしい秘密までもお互いに共有し合っていた仲だった筈の女から出たのは、スノウィンから腫れ物扱いされていたウェスでは無く神器が関係して居た事だと仄めかすような言葉だったのだ。
「最近のスノウィンは外部から入る人間すらも拒むくらい警戒してるのよ。多分その影響ね」
彼女はパンパンと服についていた埃を払った。ウェスウィウスは我に戻る。考え直してみれば当たり前の思考なのかもしれない。久しぶりに再会したせいで、彼は無意識に彼女からの愛情を求めていたのかもしれなかったのだと。そう考えると自分の思考の方が間違っていた。疑念を一瞬にして消し去る。そして心の底で深く詫びた。


 女性は一歩歩き出し、空間を舐めるように見渡し始めた。隣まで来たウェスが訊ねる。
「どうした?」
「此処にいちゃまずいわね」真剣な紫紺の眼差しは言葉ともども鋭い。「———行きましょ」
エイルはウェスウィウスを急かした。言われてから彼も周囲に滞る禍々しい念に気付く。村人か何かの殺意ではないのかと読みとった。なので逆に彼女をリードして走り始めた。




* * *



「っあー……」
背中の重みが段々と増してくる。が、此処でへこたれてはいけないと自分に言い聞かせた。焦げ茶の流れが頬に当たる。一緒に当たった呼吸弱々しくも一応していたので安心する。フォルセティの足取りが徐々に遅くなっていっていた。

 足が小石に突っかかった。よろめき、躰が前方にゆっくりと倒れる。