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Re: 【Veronica】 ( No.282 )
日時: 2011/06/13 22:57
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: ジ ー プ = は く り ゅ う (゜Д゜)

* * *



『北方のネージュ王国のスニェークでは依然としてアンバー種との内乱が続いており———』



キャスターが眉一つ動かさずに機械の様に淡々と文面を読み上げる光景が液晶に映って流れていた。古風で厳かな遺跡の中に、自然と置かれている街頭テレビの前に立っていた青年は眉を寄せながら見聞きしている。担いだ大剣が、只者でないのを語っていた。

「レイスー!」

人混みから手を振り、名を叫びながら駆け寄ってきたのは幼いエンジェルオーラ族の少女だった。黒コートに覆われた青年の腹部に突っ込んでいく。ポフという音を立てて落ち着いた。黒の中に映えた白い絹の流れを青年が撫でる。
「何を見ていたの?」
ひょこりと小さな丸顔を出し、無垢に訊ねた。レイスという青年は複雑な顔をしながら答える。
「ニュースだ」
言って良いかは分からなかったのだ。今やってたニュースに取り上げられていたネージュの内乱は最北端だから、ネージュに向かった知り合いとは無関係だと言い切りたかった。しかし、必ず———百パーセントだとは保証できなかったのだ。だから言えなかった。ネージュと聞けば少女は彼らを思い浮かべるだろう。そして内乱を知れば彼女は翳るだろう。レイスはそうさせたくなかったのだ。

「ネージュって、フリッグの行ったとこ?"ないらん"があるの?」
しかし、子供はレイスが思っている以上に敏感だった。僅かに流れた言葉を溢さず拾っていたのだ。


 レイスは何も言わなかった。いや、言えなかった。


 ただただ少女を引きよせて、頭を撫でてやることしか出来なかった。
「レイス?」
少女はくりっとした黒真珠を向けている。男の琥珀の双眸は悲しみを帯びていた。


——内乱は、嫌で仕方ない。


自分自身が孤児であったからその気持ちは恐らく一層強いのだろう。そして今抱きよせているこのエンジェルオーラ族の少女も、同じように故郷と家族を失った悲しみを背負っていた。心の傷ついた彼女に、それを思い出させるような話はしたくないのだ。そしてそれを感じさせてもならないのだ。


「リュミエール」

レイスは少女の名を口に出した。リュミエールは目をパチクリさせる。
「何?」
「帰ろう」
そのまま小さな手を引いた。そして雑踏の中に紛れてゆく。



 流民が寄り添う街の中、親子の様な二人が雑踏の中に消えていった。



* * *



「大丈夫か」

その声に気付き、メリッサは飛び起きた。覚醒すると、やはり穴蔵の中に居たのだが、眼前には見覚えのないラピス種の青年が追加されていた。藍色の髪が肩に掛っており、青年はメリッサの顔を覗き込んでいた。
「えあ、うん」
どぎまぎしながら答える。それは反射的に出た言葉と言った方が正しい気がしていた。隣を見ると、毛布を掛けられて眠っているフォルセティが居た。もしかしたら助けてくれたのだろうかと思い、少しだけ頼ったような目を向けてやった。が、青年の蒼い瞳は冷たく見つめる事ですら拒んでいる様だ。仕方なく、行き場のなくなった琥珀玉の双眸はフォルセティへと落ち着いた。

 胸の中に違和感を感じ、メリッサは覗きこむ。すると谷間の辺りから深緑の爬虫類の顔が出てきた。———ポチことティアマットだ。フリッグと離れてしまってから一緒に居たのを思い出す。そう言えば、一時的に意識を取り戻した際には居なかったのを思い出す。何時戻ってきたのか、そもそもいなくなってはいなかったのか分からないのだが、取り敢えず考えても仕方ないので優しく鱗におおわれた頭を撫でていた。

 ラピス種の青年は彼女の方を見て、ゆっくり口を開き言葉を紡ぎ始める。
「ソイツは、お前らを助けた際についてきたんだよ」
ぶっきら棒な物言いにメリッサは「ああ、そう」とだけ短く返す。フリッグとのやり取りやら、レイスとのやり取りやらと続けていたためか、自然と抗体がつくられていたようだった。最初はなかなか馴染めなかったこういうぶっきら棒な対応にも、違和感を感じなくなってきたと思うとなんだかこそばゆい。思わず噴き出してしまいそうになったのだが、其処は自重したおいた。不審に思われること間違いなしだろう。


「旅人———ではなさそうだよな」
雰囲気からはあまり読みとれなかったのだが、何故か青年はメリッサに話しかけてきた。メリッサも青年の出で立ちをまじまじと観察する。フード付きの襟のついた黒いコート。ダボっとしたGパンにお洒落な黒と白のスニーカー。良く見ると有名ブランド品だ。どうやらお洒落好きらしい。それを決定づけるかのように、彼の耳には銀に光るピアスが、首元には指輪の付いたネックレスが掛けられている。青年の方はまだ旅人に近い感じだった。
「アンタの方こそ、旅人か何か?」
問われた問いを逆に問い返してやると、青年は眉を顰(ひそ)め、不服そうに視線を返した。
「俺はそんな感じだ。お前は見る限りアンバー種じゃねえか。こんな北の大国に、それこそ今はスニェークで内乱があるっつーのに何で来てんだ?」
「まあ、こっちもこっちで事情ありって話なんだよ」初対面の人間にそれほど深い話は出来ないのではぐらかした。「で、助けてくれたんでしょ?有難う」
続けて言ったお礼の言葉は、軽く顎を引くという動作で返された。

無愛想でどうも取っ付きにくい。最初の頃のフリッグと似た感じがあった。会話が途切れてしまったので、話題を探す。静かな空間はそれほど好きではないのだ。
「アンタは名前名乗ってないよね。アタシ、メリッサ=ラヴァードゥーレ。長いからメルでヨロシ。助けれくれた人の名前くらいは聞かなきゃだしね」
そう早口で喋ってからメリッサはウィンクする。が、それも無敵の無愛想シールドで弾き返された。滑った感じが否めなく、何だか今更になってから羞恥心が溢れ出てきた。まさかここまで無言で白けられるのがキツイとは。

 それでも青年は名乗ってくれる。
「俺はクラウド・アジュール。十九歳だ」
会話をつづけるべく、メリッサは喰い込んだ。
「あ、アタシより年上なんだ。もうすぐ二十歳か〜。んで見るからにラピス種って感じだよね?」
クラウドは白い眼で見返してくる。
「ああ、それがどうしたんだよ。別に関係ねえだろ」
「いやあ〜、関係あるっしょ」途端にメリッサの顔つきが神妙になる。「此処のラズリ種ってのはおかしいんだからさ。これでラズリ種だったら疑ってるとこさね。———偏見ってわけじゃないんだけど」



 その言葉にクラウドは反論できなかった。彼もまたメリッサ同様、スノウィンの住民——即ちラズリ種の人間がおかしいと思っていたのだから。ここ最近色々と囁かれる良くない噂通り、此処(スノウィン)の人間は狂ってしまったようにいかれている。そのことを、メリッサにも言おうかと思ったが止めざるを得なくなってしまった。急に冷たくなった空気に違和感、そして人の気配。咄嗟に周囲を見渡し、確認する。
「ちょっと?」
メリッサは気付いていないらしく、少し声を張り上げていた。が、その頃にはクラウドは既に周囲に巣食う"何か"の存在に気付いていたのだ。咄嗟に毛布を掛けて寝かしていたフォルセティの躰を持ち上げ、メリッサへと投げる。
「わわわっっ!」
突然な渡された為、危うい手つきでフォルセティの躰を受け取ったアンバーの少女は不審そうな眼でクラウドを見る。が、彼はそんな視線など全く気にしていなかった。まるで指揮官の様に言い放つ。
「壁を破壊してちょっと進むぞ!」

「は、はあ?」
琥珀の眼が丸くなる。言っていることが理解できていないメリッサを余所に、青年は手から一振りの刀を出現させた。———神器だ。この出現方法はまさに神器だった。そのまま氷の様な刃を振るい、隠れていた鉄格子を切り裂く。冷たい空気が駐留した。切り裂かれ、脆くなった壁を足蹴りするといとも簡単に崩れた。
「行くぞ!」
そう声を掛けたが少女はまだ状況を掴めていなかった。なので先程より声を荒げ、尚且つ空いた手でメリッサの手を掴んで無理やり引いた。
「来い!!」
「ちょっとまってよ!訳分かんない!!」
反論したメリッサの背後に衝撃が走る。魔法か何かがぶつかったらしい。軽く呻いた彼女とそれに抱かれていたフォルセティをまとめてクラウとは持った。いつの間にか刀は消えている。



———訳分かんない!

意識だけはしっかりしていたメリッサは心の中で叫ぶ。



———なんなんだよ、スノウィンって!ネージュって!!


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