ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 ( No.288 )
日時: 2011/06/19 13:03
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: ジ ー プ = は く り ゅ う (゜Д゜)

* * *



 降りかかった息苦しさに目を覚ます。

 僅かな温かさが頬に染みた。飴色の髪を払い、上体を起こす。僅かな生活空間の中に目覚めたフリッグは一応周囲を見渡した。薄暗い闇の中、フリッグは深い溜め息を吐く。吐かれた吐息は重く、足元に沈んで停滞した。流されないそれは重くのし掛かる。いつの間に転た寝をしていた、青白い肌の軍服を纏った美少女に気付く。



 フリッグが今居るのは、出身でもあるネージュ王国の最北端スニェーク。ユールヒェン・エトワールから、今のネージュ情勢を聞いてから既に三日が経っていた。生物の生存を限り無く困難にする場での生活はやはり厳しかった。主に狩猟で調達する生活だ。銃を扱う若い猟師の白雪姫は華麗に狩りを行う。その鮮やかな手付きが逆にフリッグは怖かった。彼女の素性を疑った。しかし、聞くことはなかった。



「————っう……」



転た寝をしているユールヒェンの顔付きが強張る。急に唸り始めた。額が発汗し、濡れている。拭き取ってやろうとフリッグは彼女の額に手を当てた。

「!!」

色以上に冷たい。氷を触っているかのような感触が広がる。ここまでこの少女の体温が低いとは知らなかった。何かの病気かもしれない。焦ったフリッグは、外に出る支度をしようとした。が、その前にユールヒェンの額を触っていた手が捕まれる。



「…………何してるの?」

凍てついた言葉の主が琥珀を睨み付けている。

うなされてましたけど?」

顔色を窺いながら、少年は小さく言った。ユールヒェンは唇を固く結んでいる。まるで聞くなと言わんばかりの態度だった。

 フリッグの手が振り払われる。ユールヒェンは人を寄せ付けぬように縮こまった。フリッグは触れようとするが、見えない壁に阻まれる。視線を送ることしか出来なかった。無意識に重い息が吐かれる。
「ねえ、一体何?君は何者?」
聞いてもどうせ答えないのならという感情が先走って、ついつい口に出てしまったいた。やはり予想通り、ユールヒェンは何も言わずに口を噤(つぐ)んだままだ。彼女の性格は、何となく自分に似通った者がある気がした。フリッグだったら絶対に答えない。似ている彼女も、きっと答えないだろう。

ユールヒェンは立ち上がり、立てかけてあった狙撃銃を手に取る。弾丸を確認、安全装置を外す。猟師は美しく冷酷はオーラを纏い、きつく琥珀玉の眼光を光らせた。上着を取り、羽織る。その姿は最早死神に近かった。—— 一瞬フリッグの背筋が凍る。この怖さは、理性では理解出来なかった。感性の方が先走っていた。
「狩りに行くの」
先程から自分しか喋っていないのは自覚している。いや、彼女から会話を奪った本人だからか。ユールヒェンは冷たく美しい。何も言わず、背を向けた。


 今日は自分もやろう、と考えた。特に銃の腕前があるわけではない。それでも、いつもまかせっきりと言うのもどうかと思うのだ。
「ねえ、片方貸してくれませんかね」
そう言うとユールヒェンは少々嫌な顔をしてから残った散弾銃を投げた。散弾銃か、と思いながら重いそれを受け取る。彼女がフリッグを見る目は、「足手まといになるなよ」という意味合いを含んでいた。
「分かってるよ」
得意の皮肉な言い方で返答。しかし、彼女は聞いていなかった。その返答が当たり前であるかのように進み、外へ出ていた。フリッグも焦って続く。出た瞬間に、躰中に吹き付けてきた寒さに身を屈めた。


「早く帰ろう」

漸く出しだ、本日の第一声はそれだった。「うん」と、フリッグが返事をするころには、既に一番最初の獲物を狩り取る銃声が鳴り響いていた。



* * *


「エイル」
「なあに、ウェス」

息を切らしたウェスウィウスが先頭を歩く女に声を掛けた。エイルはきょとんとした紫の瞳を向けている。が、ウェスは何か感じてはいけないものを感じていた。
「なあ、どこまで歩けばいいんだ、俺達……。さっきから歩いても歩いても魔物ばっかり、しかも此処は————遺跡ン中に近づいてッぞ」
最初はウェスが彼女を導いて進んでいた。しかし、途中で急に「この道は危ないわ」と言われ、彼女に主導権に譲渡していたのだ。それからはエイルに導かれて進んでたのだったが、どうも違和感があった。彼女は案内する道は、ウェスがスノウィンに住んでいるころですら入ることを許されていたなった遺跡に近づく道なのだ。それにもう一点、以前戦うことなどできなかったはずの彼女が何故か容易に戦い、敵を蹴散らしている。ウェスウィウスの中では疑問と疑惑だけが鬩ぎ合っていた。


「実はね、貴方と別れてる最中に異母兄弟の人たちに戦い方を教わってね」エイルは得意げに笑う。「知ってるでしょ、ヘルモート・ブリガンダイン・アースガルズって。若くして王国軍大佐、時期准将って言われてくるくらいの実力者が異母兄(あに)なのよ」
掲げた自動式拳銃をウェスに向け、「ばーん」と擬音語を口に出して打つふりをした。
「———ベレッタM92か。弾詰まり(ジャム)が起こりやすい自動式ッつーのはどうも俺に合わねえんだよな」
「それは粗悪品の場合だったりするって聞いたわ。……だから貴方昔から回転式しか使ってないんだ〜。単なる時代遅れかと思ってた」
「時代遅れってな」
ウェスが呆れ顔になる。エイルはけらけらと笑っていた。
「だってぇ〜……、貴方と会った時なんて完全に田舎者丸出しって感じだったんだもん。スノウィン出身だって聞いて、なんか納得したからね」
「俺は都会には合わないの。ついでにお前だってさあ!」
軽口を叩いている内に気付く。いつの間にか、今まで一度も入ったのことのない遺跡内部に侵入していた。積まれた大理石の建物——幻想的な雰囲気の漂う、異様な空間の中に入り込んでいたのだ。



「なんだ、いつの間に入ってたのか」
居てはまずい雰囲気があった。なので、さりげなくエイルの肩を掴み、外の方へと促した。が、彼女は俯いたままウェスウィウスの手を振り払う。
「……エイル?」
何だか様子がおかしかった。なので今度は彼女の両肩を掴み、「エイル!?」と強く叫びながら揺すった。彼女の真紅の唇は三日月の形を帯びている。


「聞こえてるのよ、ウェスウィウス・フェーリア・アリアスクロス」


女の声色は全く違った。エイルのものに変わりは無いだろうが、やはり違った。邪悪なものを纏い、まるで悪の根源たるような空気を吐きだしている。信じられないウェスはもう一度エイルの両肩を揺する。
「おい!何……———、どうしたんだよ!?」


 返ってきたのは返答では無く、一発の弾丸だった。弾はウェスの皮ジャケットに穴を穿つ。


「———エイ……」
彼の顔が絶望に染まった。眼前のエイルはまるで初めて狂気を手にしたこともの様に、無邪気な笑いを浮かべてはしゃいでいる。
「すっごーい、流石魔弾の射手ステラツィオね!武器型の神器のうち、銃型最多の弾丸を誇るだけある銃だわ!」
彼女が手にしていたはずのベレッタM92は姿を消し、代わりに三十六口径の筒が四つ付いた銀の銃を手にしている。仄(ほのか)な真紅の光が一番上に付いている銃口に宿った。エイルの細い指が引き金を引く。



「<巨蟹宮(キャンサー)>"鋏断頭台(ハサミギロチン)"ッ!」



エイルの鈴の様な声と同時に真紅の光が発射、ウェスウィウスの樹上に降りかかる。光は秒速で姿を変え、まるでギロチンの刃の様になり、青年へ降りかかった。すんでの所でウェスウィウスは避ける。エイルはつまらなそうな顔をしていた。
「如何して避けちゃうの?」
「じゃあ、なんてお前は俺を攻撃してくんの?」
問いかけを問いかけで返す。あまりに急すぎて理解に追いつけていないウェスウィウスには考える余裕すら無かった。
「だってぇ」女が邪悪に笑む。「貴方に生きてる意味なんて無いんだもの」
『貴方が生きてる意味が無いなんてこと、無いって証明してあげるよ』
エイルから放たれた言葉がウェスの耳に響くと同時に、彼の脳裏では嘗て彼女に言われた言葉が再生された。それは今届いた言葉とは全く逆の意味合いを秘めた言葉だった。


「ふ、ざけんな!!」


ウェスの指が引き金を引く。間を開けず、連射!放たれた弾丸がエイルを掠める事は無かった。直ぐに球が切れて、補充する。
「だって、貴方みたいな中途半端な存在を許す人間なんて何処にいるのよ」
『ウェスは中途半端なんかじゃないよ、ちゃんとした人間よ』
「だあれ、フリッグ君?それとも護れなかった妹さん?殺しちゃったお父さんにお母さん?」
『妹が護れなかった、両親を殺してしまったなんて自分を責めないで』
「貴方が殺したのよ!だから存在しちゃいけないの!!」
『ウェスが悪いんじゃない。ウェスが居なくなっていいわけ無い』
脳内で響く声と現実で響く声が交錯する。
「黙れよッッッッッッ!!!」
怒りに満ちた形相で乱射した。最早冷静さを失い、闇雲(やみくも)に撃っているにすぎない。女はその姿を見て笑っていた。あまりに滑稽だったのだ。ひらりと舞姫の様に美しく避け、女は笑っていた。
「お前はエイルじゃない、エイルじゃない、エイルじゃない、エイルじゃない!!!」錯乱した男が呪詛の様に続ける。「その女の皮を被ってるんじゃねえ!!」



 一瞬周囲の時が止まった。宙に弾丸が静止する。その空間の中、女だけが動き、ウェスウィウスへと歩みだした。
「私は本人よ、ウェスウィウス・フェーリア・アリアスクロス」
彼の白金の髪を撫で、エイルは銃型神器のステラツィオを彼の額に当てた。



「さようなら、私の"愛した"人」



 ———魔弾の射手ステラツィオ、<宝瓶宮(アクエリアス)>"放水砲(ハイドロ=カノン)"。
彼女が心の内で唱えると同時に、先程まで赤い光のあった筒に今度は蒼い光が宿る。そのまま其処から大量の水が噴き出し、彼を貫いた。




<Oz.16:avalanche-崩壊、喪失、孤独感- Fin.>