ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 【Veronica】 ( No.294 )
- 日時: 2011/06/23 22:12
- 名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
- 参照: 文化祭始まったよ—
「さようなら、私の"愛した"人————」
——————待って、待ってくれよ。
意識が薄れていく。額に穿たれた穴が、脳を侵食する前に。
君に触れられるなら。
——————理解したくないんだ!何も、何もかも!!
小刻みに震える手がすがるように伸びた。指には銀光がぼんやりと。手の真っ直ぐ先の女はヒールの音を奏で、遠ざかっていく。
————俺が堕ちる。
力尽きた腕が虚しく降下。
————地面を這ってでもお前を、エイルを——————。
静寂。
冷たい大理石が、噴射された水に薄められた紅い液体に染められている。男の頭蓋は一極集中したところで噴射され水に貫かれていた。双眸で色の違う目から光が消えた。澱んだ硝子珠は虚しく大理石に向いていた。額に穴、止めどなく脳漿と水と血液が溢れ出る。それは男の美しい白金の髪を染め物のように染め上げていた。
目から涙。
—————景色が反転していく。
<Oz.17:Lament-哀しきさゝめごと①->
第二次永雪戦争。大陸中央部に位置する大国エターナル帝国と北のネージュ王国間で勃発したスノウィンの領土を巡る戦争だ。その戦争の真っ只中、問題とされているスノウィンで奇妙な出来事があった。
村娘が帝国軍人に恋をし、子を儲けたのだ。
案の定村人達は母子を迫害した。戦争で死んだ男の遺した妻子をだ。女はそれでも絶えた。愛する我が子と共に。彼女らに逃げ道は他に無かったのだ。————戦時中のスノウィンからの亡命を、手を差し伸べるものは居ない。挙げ句、母子は村人の管理下に置かれた。「彼女らに罰を与えよ、さすれば我らは救われる」————そんな狂った思想を抱き、更に傷付けた。
—————どうして?
何度自問自答しても答えなんて出なかった。
父親が死んでから数年、戦争も終戦に近付いた頃だった。
漸く、彼等に光が差し込む。
* * *
スノウィンの遺跡のすぐ外、アメジスト種の女は結った栗毛を解いていた。すぐ近くで拍手がする。女——エイルの口許が緩んだ。拍手の音源、雪原の中に視線を送る。
「【狂信者】様」
彼女が言うと同時に雪原のあった空間が歪に歪み、中から腰の曲がった老人が現れる。気味が悪いほど剥き出たギョロ目でエイルを舐めるように眺める。最後に舌舐めずり、満足げになった。
「その様子では、どうやら成功みたいだ」
エイルも微笑んでいる。しゃがれた声は乾いた笑いを産み出し、静寂を破り捨てる。
それを林の中から隠れてみていた者が溜め息を吐いた。主の橙の髪がさらさらと揺れる。軽快な低い声で呟いた。
「ファウストのオッサンに比べりゃあ、まだまだだろ」
「ロキか、戯れ言を言うのは!!」
【狂信者】は聞き逃さなかった。その声に向かって怒鳴り散らす。ロキは手をヒラヒラと振って現れ出た。何故か巨大な熊の毛皮を羽織っている。
「まあまあ、落ち着けやマドネス」ロキは狂信者マドネスを宥める。「そりゃあ、すげえよ?なんだっけ、あ、そうそう。屍を自由に操るっつーのは」
禿げ頭の【狂信者】マドネスの顔全体が赤くなる。怒り狂った雄牛の様だ。声が荒ぶる。
「屍を自由に操る?————カルディナーレとは違うのだよ!」
「残念だけど、まだまだファウストにゃ及ばねえだろ。その女は【巫女】ぐらい生々しく、感情を捨てた生きた人形か?
キャリアが違えよ、ハゲ」
ロキの口許は歪み、澱んだ言葉を吐き散らしている。【狂信者】マドネスは怒りに震えたまま黙っていた。
流石に男も自重し、言うのを止めた。老人に寄り添うエイルが鋭い紫電の眼光を突きつけていた。彼女は最早マドネスの忠実なる人形となっていた。
「【愚者】、貴様にも寄り添う女が居たろうが。————シギュンもエイルと同じだろう?」
挑発染みた老人の愚問にロキは口笛を口ずさみながら
「違えよ」
と冷たく言った。狂信者は懲りずにもう一度。
「シギュンも貴様に忠実なる部下だろう?エイルと何が違う、いや同じだろう。【愚者】の言うことには疑問すら感じず————」
「黙れよ」
切らしたロキから汚泥の様な声が冷たく吐き出されている。ロキの指に嵌められた指環が光り、いつの間に老人の骨が突き出した喉をかっ切らんとする鋭利な刃物を樹氷から生やしていた。マドネスは苦笑いする。
「これは言い過ぎたねぇ」
血走っていた水晶の両目が妖しく光る。ロキは何も答えず、相手から出る言葉すら許さない雰囲気を剥き出して突き出ていた樹氷を戻した。
そのまま彼はくるりと方向転換。毛皮を引き摺り、真白に足跡を作って去っていく。
「言っとくが、お前が思ってるほど人間っつーのは弱かねえ」
「そんなことはないね」老人はピシャリと言い切る。「人は脆弱さ。だから超えようとする」
直後、僅かに差した【愚者】の翡翠の鋭い眼光を見たマドネスとエイルは硬直する。青年の唇から言葉が漏れた。
「精々足を掬われないように気を付けろよ」
そのままロキは去っていく。しんしんとする音しかその場には響いていなかった。
* * *
「ウェス」
ミシュリがウェスと呼んだ子の髪を撫でる。よく似た白金の髪だった。
「はい、母さん」
母は天使のような我が子の頬に触れた。左右の眼孔にルビーとサファイアを嵌めたように見事なオッドアイだ。
「話したいことがあるのだけれど、良いかしら?」
母がそう訊ねるとウェスウィウスは笑顔で顎を引いた。
「はい、母さん」
「では紹介しないとね」
ミシュリは家の中から慌ただしく出て、遠くに声を飛ばした。呼んだ名には既に聞き覚えがあり、これから何を言われるのも何気無く分かっている。先週まで何かで母が病院に居た。その間、暫く母の知り合いだという男に面倒を見てもらっていたのだ。————ウィーゼルという名が記憶の片隅に辛うじて引っ掛かっている。顔も一致はしていた。面倒見の良い、家庭的な好青年である。
ウェスウィウスだけが残された部屋の扉が開く。白金の髪をしたラズリ種の男が母ミシュリに連れられて入ってきた。男は何かを大事そうに抱えている。ミシュリはウェスのまだ幼い腕を引き、男と向かわせた。
「今日から君のお父さんになるんだ」男の穏やかな表情がウェスウィウスと同じ高さに合わせられる。「良いかな」
「ウィーゼルさんが?」
世話をしてくれていた男が突然そんなことを言うのだから思わす聞き返した。しかし、ウェスウィウスの中に反対の意があった訳ではない。寧ろ大賛成だった。ウィーゼルは亡き父の様に、いやそれ以上によくしてくれた。彼と付き合ってから泣いてばかりだったミシュリも笑うようになっていたのも、子供ながら分かっていた。母の為でも、それはとても良いことだと思う。
ウィーゼルは少し不安そうな顔をしている。子供は鋭いのだ。一気に断られた時の不安が込み上げてくる。
「お母さんは大切にする。それに君も、だ」
「君も——じゃなくて、ウェスだろ?」
紡いだ苦言に返ってきた子供の言葉に思わず聞き返す。
「————は?」
「だからぁ」ウェスウィウスは切らしたように言った。「息子なんだから名前で呼ばなきゃでしょ、父さん」
その言葉を聞いたウィーゼルは思わず涙する。おかしいな、と何度も繰り返しては目元をこすっていた。ミシュリはそれが微笑ましい。
やがて二人は真っすぐとウェスウィウスに向いた。
「ウェス」
とウィーゼルが声をかける。そのまま母のミシュリは抱き抱えていた何かを彼の眼に入るように見せた。腕に抱かれ、すやすやと穏やかな寝息を立てている赤子が、母とウィーゼルと同じラズリ種がそこで穏やかに眠っていた。母によく似た顔とウィーゼルに良く似た雰囲気。一瞬でウェスウィウスはその赤子がなんなのか悟った。———父の違う、兄弟だと。
「お前は今日からお兄さんなんだ」
ウィーゼルの厚い手が頭をくしゃくしゃに強く撫でる。瞬間で悟った。ウェスウィウスが今与えられた使命を。
「年上のものは、自分より下のものを護らなきゃならないの」
ミシュリが続く。彼女はそっと赤子の白金の髪を撫でていた。
「ウェロニカを、———妹を護らなきゃなんだよ、ウェス」
父の双眸を真っすぐ見たウェスはコクリと頷いた。其れを確認した二人はたがいに微笑み合う。そして二人でウェスの手を肩手ずつ取り合い、手をつないだ。温かい家族のぬくもりが流れる。
ウェスは心の中でしっかりと悟っていた。
『母さんも、義父さんも、妹も。————僕が護るんだ』
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