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Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.301 )
日時: 2011/07/17 10:24
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: 糸色 イ本 糸色 命

* * *

 それは、一層に肌寒い日だった。まだ赤子の妹をあやしながら、暖炉で暖を取っていた。妹のウェロニカは生粋のラズリ種だ。柔らかな頬を撫でていた時、ふと耳元に目がいった。彼らの特徴である、先が少し尖った耳。混血児であるウェスウィウスには失われた特徴だった。
「—————ウェルは良いなあ。ちゃんとしてて」
血が繋がっていても所詮は異父兄妹だ。無意識のうちに嫉妬していた。
「羨ましいよ」
羨望は止まらない。流れ出た嫉妬は出しっぱなしの水道のようだった。

 ウェスウィウスにとって、自分は不完全。
 昔本当の父が言った言葉は小さな誇りだったが、その死後の生活を思い出すと限り無く極小になり、誇りだった右目は憎むべき右目に変わっていた。紅い目が嫌いで、嫌いで。何度抉ろうかと思ったか。その度に母が優しく受け止めてくれていた。

 ウェスウィウスの唇から自嘲が零れる。


 しかし、幸いにもそれは両親の帰宅するノック音で吹き飛ばされた。
「はい!」
仲良く二人買い出しに出ていたのだ。ウェスは大きく返事をして、出る。にこやかに笑うラズリ種の男女がそこにいた。ウェスウィウスの視線は何故か自然にウィーゼルの腕にいく。父親になった日と同じような気がしていた。

買い物袋を持つミシェリは苦笑いを浮かべている。
「ウェス、家族が増えるって言ったら……どうする?」
ミシェリの優しい声の後すぐにウィーゼルは腕の中を見せた。今度は橙色の混ざった金髪の赤子が寝息を立てていた。————二人とは似付かない、赤ん坊だった。
「どうしたの?」
ウェスウィウスは問い掛けに答えず、逆に訊いた。ウィーゼルは苦笑する。
「捨て子みたいで」そっと赤ん坊の髪を撫でた。「一目でスノウィンの子でないことは分かったよ」

 ————確かにスノウィンにはラズリ種しか住んでいない。妙に排他的で、ラズリ種以外の種を受け付けないのだ。更に最近は永雪戦争の影響もあり、余計に神経質になっていた。そんな場所に住みながらも、彼ウィーゼルは寛大だった。混血児であるウェスウィウスにも優しく接する。スノウィンでは希少な人柄にまず間違いない。
「名前が刻んであったんだけどね、フリッグとしか読めなかったの。————きっとこの子の名前よ」
母が父に寄り添い、赤子を撫でる。何か事情があって捨てられた子供に間違いはなさそうだ。
「フリッグ……」
「そう、フリッグ」復唱するウェスを宥めるようにミシェリが声を奏でる。「ほっとけば死んじゃうだろうね、って拾ってきたのね。———— 一人増えても平気よね?」
囀りの様なミシェリの美しい問い掛けにウェスウィウスは首を横に振れなかった。そのまま顎を引いていた。それを見たミシェリは「そう」と微笑み、フリッグという赤子をウィーゼルの腕から息子の腕に移してやった。


 フリッグは安らかな寝息を立てている。————ウェロニカと同じくらいみたいだ。
「さっき少し目を開いたのだけれど、綺麗な翡翠の目だったよ」
何の種族かな、エメラルド種だろうかねとウィーゼルは繰り返していた。眠りにつくフリッグを撫でながらウェロニカに視線をやる。無意識の使命感が込み上げていた。



* * *

 パン、と乾いた銃声。棚引く白煙。鼻先につんとくる火薬の臭い。
「これぐらいかな」
極寒地の死神のように、華麗に命を狩り取っていた琥珀の種の白雪姫はふうと息を吐いた。
「凄いね」
「慣れてるから」
賞賛の言葉すらユールヒェンは冷ややかに弾き返す。フリッグはふと鏡の法則というものを思い出した。————自分が他人にしてきたことは、何らかの形で必ず自分に返ってくるそうだ。今まで皮肉やで無愛想、無関心だった態度は綺麗に今返ってきているんだろうな、と皮肉に笑った。悟られぬように漏らしたはずの笑みはどうやらユールヒェンに見えていたらしく、何か気味の悪いものを見るような視線を向けられていた。


 気付けば夜。極寒地の夜だ。一層暗くなり、馴れないフリッグは暗闇に居た。そんな彼を置き去りに、ユールヒェンは狩ったものを拾い集める。
「今日はあまり居なかったね」
確かに、とフリッグは小さく返す。軍人の様な出で立ちの少女は手際よく片付けていた。星月夜に照らされ、白く仄かに光っている。
「長居しちゃ駄目なの」
妙に焦燥が滲み出る様子にフリッグは不信感を抱いた。まだ会って間もないのだが、珍しい。彼女が焦る姿は見たことがない。
「どうして」
愚問に対し、ユールヒェンの声が跳ね上がる。
「良いから!」
初めて怒鳴り散らすような声を立てたユールヒェンの顔にはやはり焦燥。漸く慣れた闇の中で青白い顔が一層青くなっていた。
「事情でもある訳?」
彼女に寄り添い、訊ねる。途端、ユールヒェンはフリッグを弾き飛ばした。頑なに侵入を拒むように。


 流石に余裕の無いユールヒェンはおかしい。足早に去ろうとする彼女とは逆に、フリッグは揺さぶろうとその場に居ようとした。アンバー種は「早く!」と声を上げる。
「なら早く行きなよ」
得意技の披露だった。協調性の無い態度にユールヒェンはとうとう切らしたようで、フリッグの首巻きを掴む。
「頼むから早くして。早くここから去るの!」
「なん————」
呻くような音を出したフリッグはハッと何かの気配に気付く。深い夜の中に不快なものを肌で感じた。ユールヒェンも同様らしく、焦燥に駆られ、不安感に苛まれたような顔をしている。
「駄目、早く、来るの!あいつらが、あいつらが!!」ユールヒェンの顔が鴇色に染まる。「関係の無いキミを巻き込めない!!」

 流石にこの事態はふざけた態度を取っている場合ではないと感じ取ったフリッグは仕方無く顎を引いた。が、

「やっと見つけたな、<極寒の白い死神>」

吹雪にまみれた男の声にユールヒェンの表情が凍りついた。と、それをフリッグが確認したと同時に彼女の躰が右から左に吹き飛ぶ。か細い悲鳴を上げ、雪原の中に身を埋めた。
「————っう……」
弱い呻き声は雪に埋もれ、更に小さくなっていた。封じ込められた声でさえ聞き取れる耳を持ったフリッグが駆け寄る。
「ユー!!」
「…………キミだけでも、逃げて」
「は、は?何言って」
「だから」雪からわずかに出た琥珀の眼光が鋭くなる。「巻き込めない」
開いた視界に複数の人影が映った。屈強ながたいの持ち主の、年齢が様々な男達が各々防寒帽子を深く被って熊のように佇んでいる。種族は揃ってラピス種だった。特徴の蒼い瞳に狂気が宿っている。


————そうか。

来てすぐに交わしたユールヒェンとの会話を思い出す。この地はアンバー種との内戦がある。ユールヒェンがこうなる理由が掴めた気になった。
「何してるの、早く逃げて」
弱い声がしたが、フリッグは無視する。真っ直ぐに並ぶ男の前に立った。耳元に両手をやる。ヘッドフォンに手がつき、ゆっくりと両耳から引き離した。

 床に落としたと同時に吹雪に隠れていた"音"が耳の中に入り込む!

「なんだ、餓鬼。何するつもりだ?」
フリッグを挑発した顎髭の男が吹き飛んだ。一瞬過ぎて理解できない程だった。翡翠の目の少年は右手を前につき出して屹立している。
「事情は知らないけどね」深呼吸。「だからって見捨てられるほど僕はしっかりしてないよ」
鋭い眼光が端に立っていた老年の男を貫いた。不安感から背中に掲げていた戦斧を手に取り、フリッグに向かって振るう。年相応に見えない動きだったが、遥かに若い少年の方が断然早かった。

"聖譚曲(oratorio)"

周囲に猛威を振るっていた吹雪が一気にフリッグに集まる。そこから爆散。散らばった吹雪たちは個々に集まり、壮大な音楽を奏でるように渦を巻いて、爆ぜる。柔らかだった筈の粉雪は鋭いあられひょうに変わり、敵と見なしたものを傷付けていく。
「————オラトリ……?くそっ、この餓鬼やるぞ!!」

 フリッグの技で舞い上げられた粒子の刃は猛威を奮う。
「オラト……?」漸く顔を半分出したアンバー種の少女は声を絞り出した。「何が……」
少年が少女を護るように立ちはだかっている。苦しむ男の一人が苦し間際に引き金を引いていた。フリッグに命中、と思われたがそれは容易に弾かれていた。翡翠の双眸が卑しく笑う。
「無駄だよ」
絶対音感によって見えない壁がフリッグらの前に作られていた。弾かれた弾丸が白く柔らかい雪に埋もれる。
「餓鬼……!」
苦悶の声を上げた一人は転がしていた大剣を携える。何らかの衝撃で落としたのだろう、それを握り締め、フリッグに真っ直ぐ突き進んだ。

しかし少年は容易にかわす。ついでにユールヒェンを背負い上げた。困惑する彼女を他所にフリッグは踵を返す。
「何でかはあとで訊く」
雪原に落としていたヘッドフォンを拾い上げ、首に掛けた。そのままユールヒェンの体を両手で抱き抱え、走る。


 残された男達は呆然と立っていた。一番威圧のある男が口を開いた。
「ユールヒェン・エトワールについては後だ」
男は瞼を伏せた。次に口から出たのは汚泥のような殺意。

「邪魔者の抹殺からだ」



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