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Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.304 )
日時: 2011/07/24 14:46
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: 糸色 イ本 糸色 命


* * *


 ——————雪原。

 純白の世界は美しく残酷だった。終戦を迎え、数年。十三の歳になったウェスウィウスは家から少しだけ遠い雪原を歩いていた。————特に意味はない。

「キレイ……じゃ、無い」

村人から向けられる視線が嫌だった。最近は特に酷い。傷付きやすいウェスは慣れる筈もなかった。だんだんと存在意義自体に疑問を感じてきていた。

 現在鳳凰歴一八〇四年。——六年ほど前に永雪戦争は終結した。それでもまだ、残党やらなんやらとちらほらしていた。仕方無いのだと思いつつ、嫌だという気持ちも増している。帝国の軍人は嫌いだった。戦時中を知っているからこそ、かもしれない。異父妹のウェロニカや義弟のフリッグは終戦一年前に生まれたのだから、知る由もないのでこれは共感できない。——まあ、あの地獄ともいえる戦時中を体験してないのはある意味幸福な事かも知れなかった。

————残虐を極めた戦争など、知らない方が良いのかもしれない。

ウェスウィウスは自分に言う。



 ふと何か気配を感じた。嫌な予感がする。足を前にだし、走る。


 冷えた空気が身に染みていた。鉄の味が何故か口の中に広がる。息切れを起こしていた。肺が苦しく、走るのは辛くなっていた。なので木の陰にこもる。


————誰?


ひょっこりと色の違う両目を覗かせる。確認したのは二人程度の人影だった。一人は男、一人は女——防寒具で躰のラインは隠れていたが大体分かった。

「情報によればこの辺りね」
女が不気味に紡ぐ。紅い唇は血に塗られたようで、更に気味が悪かった。僅かに見えた橙の髪が浮いている。
「ああ」銅鑼声が返事をした。「スノウィンに変わりはないらしい」
フードから覗いた紅い光に男がカーネリア種なのを確信した。戦争の残党かもしれない、早く逃げろとウェスの中でこだまする。幸運にも二人の意識は逸れていた。機会チャンスだと思ったウェスウィウスは踵を返す。

 が、踏み込んだ所為で雪が重い音を立ててしまった。
 咄嗟に、同時に、男女の意識が向く!

赤茶色のもみ上げ男が口許を歪めた。
「居たな!」
ウェスウィウスが逃げるより先に男の大きな手が子供の頭を抑え、地面に押し付けた。混血児から呻き声が漏れる。カーネリア種は笑っていた。
「ビンゴ、だ!噂通り、混血児の餓鬼はオッドアイなんだな!! 」
「な、んっ—————!! 」
声を出す行為自体が禁じられ、更にウェスウィウスは雪に押し込まれた。積雪が口の中に入る。
「高いわ、どうするの?」
橙の女が言う。アゲート種特有の瞳と髪を持っていた。防寒具からも胸の豊かさが分かるほどのプロポーションである。垂れ目がぎらつく。
「売るか」
声と同時にウェスウィウスは地上に出た。首根っこを掴まれたまま持ち上げられる。首が絞まりそうだった。

 女の指がウェスウィウスの顎に触れる。二十代程の美女は妖艶な笑いを浮かべる。
「流石だなァ、【奔放者】。お前のお陰で一攫千金が狙える!」
単細胞な笑いをあげ、狂喜の顔になっていた。
「止めてよ。単細胞で馬鹿らしいわ、オッタル。馬鹿が伝染うつるわ」
アゲートの女は煙たい表情だ。それでも男オッタルはまだ笑いをあげていた。ウェスウィウスをまじまじと見、口元を歪める。
「ラズリ種特有の瑠璃の眼に白金の髪————……、耳に特徴は残らず、か。右は話の通りでカーネリアの紅耀珠なんだな」
白金の髪をくしゃりと指で潰す。その不気味を極めたカーネリア種はウェスウィウスを担ぎあげた。
「やめろよ!」
抵抗した彼は思わず男の後頭部を殴りつけた。勿論、屈強な男がそんなものでひるむはずもない。だが、予想外に、男は青筋を立てていた。


「雑魚の分際で何俺の頭を殴ってやがる !!」

罵声と同時に少年の躰が地面に叩きつけられた。雪原の上でうずくまった彼の躰の中心に、オッタルの右足が乗る。子供であることを全く気にしていなかった。右足が浮き、沈みと踏みつけを何度も繰り返す。同時に唾を飛ばしながら喚いていた。
「この、この、餓鬼、餓鬼がァア!」眼球は飛び出るくらいになり、充血する。顔も赤くなっていた。「こ、混血、児の分際、で!な、に、カーネリア種様様に手を、挙げてい、るんだよ!」
足の上げ下げは止まらない。ウェスの小さな体躯が悲鳴を上げる。血が口から零れた。しかし、余裕など与えずに男の暴力は続く。……横目で見たアゲート種の女は優雅にその状況を眺めていた。


「ねぇ、そんな低能な行為は止めて。見ている此方がおぞましいわ」
倦怠な溜め息が漏れる。陰鬱な顔の【奔放者】はオッタルに冷たく言い寄った。しかしオッタルは止めない。ウェスウィウスの躰を遠くに投げ付けた。ウェスは暴行によって脳震盪を起こしているらしく、意識が曖昧だった。それでも直後のことは理解出来た。


 オッタルが自動式拳銃を向けている。
 それを確認したときには既に焦げた臭いが充満し、右頬が異様に冷えた感触を読み取っていた。
「うあ……あぁあ」
発砲に理解したウェスウィウスは逃げるように地面を這っていく。その姿が滑稽だったオッタルは狂喜しながら乱射していた。連続した銃声、放たれた弾が次々に少年を傷付けていく。

 三メートル程進んだ。——とうとうウェスウィウスの体力が尽きた。小さな躰が雪地帯に埋もれた。オッタルは渇いた笑いをあげながら近付く。余裕を見せ、二メートル程間を取っていた。
「死ねよ」
汚泥のような言葉と同時に引き金が引かれる。弾が発射。何か血肉を貫いた鈍い音が鳴る。


————死ん、だ……?


何故か痛みは無かった。何、単に一瞬で逝けた訳では無い。先程までの痛みは残っている。外れたわけでもなさそうだった。


 ウェスはゆっくりと反射的に閉じた瞼を開けていく。彼が開けきる前に何か重いものが覆い被さった。温かい、何か近い匂いがした。目を開けきった瞬間、ウェスウィウスの喉が声をあげる。

「母さん!!! 」

紛れもない母親が彼を護るように覆い被さっていた。肩からは血が出ている。それでもミシュリは微笑み、我が子を抱き締めた。直後に義父ウィーゼルの罵声が轟く。
「貴様、何者だ !!」
ウィーゼルの手にも拳銃が握られていた。十二口径の砲がオッタルを捉えている。引き金には既に指がかけられていた。しかしオッタルは不気味に唇を吊り上げていた。
「うるせぇよ」
彼はまた引き金を引いた。————いつ頃にリロードしたのは分からない————何度も、何度も引いた。

ウィーゼルが母子を護るように両手を広げて立ちはだかった。しかし、鉄の塊が彼の左胸を無惨にも貫く。だが、まだウィーゼルには意識があった。悲鳴をあげながらミシュリもウェスウィウスを護るように自ら背を向けた。弾丸が彼女を貫く。鉄の弾が背中から通り抜けていった。空いた穴から鮮血が噴き出す。それが傷付いたウェスウィウスの白金の髪を染めた。ミシュリの目が暗くなっていく、虚ろになっていく。ウィーゼルは銃痕を抑えながら妻と息子に覆い被さる。笑い声をあげたオッタルの弾丸がウィーゼルの美顔に穴を空けていく。
「ウェスウィウス…………ごめんな」
小さくウィーゼルはそう溢し、動かなくなった。ミシュリもウェスウィウスを抱き締めたままピクリともしない。二人に残されていた体温は雪で一瞬に奪われ、温もりを感じる間もなく死体は冷たくなっていった。その一部始終による絶望が徐々にはっきりとし、唇を強く噛み締める。

「うあ……」

少年の唇から血が零れた。光の消えた両目が上に向く。上にある死体から流れていた血液も、既に温度を失っていた。
「うぁあああああぁああぁあああああああ!!!!」
血に塗れたウェスウィウスが慟哭する。同時にオッタルは滑稽な笑いを続けていた。後ろで眺めていた女の方を向き、死体の山を指差しながらだ。女はまだ気だるそうに見ていた。完全に興味など無い様だった。

「殺してやる!」ウェスの中から憎悪で満ち足りた、いや、溢れるほどの憎悪を帯びた言葉が落ちる。「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」
ならやってみろよ、とオッタルは挑発した。——彼はこんな子供が自分を殺せるはずなど無いのだと小馬鹿にしているからだ。考えてみれば当たり前の事かも知れなかった。無力な子供が殺人など——その前に強者が捩じ伏せてやるのだ。


 ウェスウィウスは最早人形の様に、其処にある人型になり果てた二人の中から這って出る。そして一番上に被さっていた父親だったものの手から銃を奪い、自分の手中に収めた。……躰中が痙攣している。肉体は恐怖に、憎悪に、絶望に、その他負の感情に耐えきれないらしい。それでも少年は感情に身を任せて引き金に指を掛けた。銃口は不安定に男を捉える。オッタルは哄笑しながらその場で両手を広げて罵った。

「撃ってみやがれよ!」

それは、子供に対する遊び心だったのかもしれない。そして自分の中には絶対的な何かがあった——子供ごときには殺されるはずなど百パーセント有り得ないのだと——。しかし、そんな甘い考えは一瞬で掻き消させる。
「うああああああああああああああああああ」
獣の様に咆哮しながら、少年は引き金を引いた。


 鉄の塊が、男の心臓を一筋、貫く。



「————あ……?」

余裕に身を任せていた男が気付いたのは、銃弾が貫通して一秒ほどたってからだった。痛みなど無い、しかし何故か意識が何処か遠くへ引っ張られるような感覚だけはあった。

——まさか、俺が……餓鬼に…………?

 そう気付いた時には、既にこの世に汚れた男の魂など残っていなかった。



 
 撃ち抜いてから、男が倒れるまで少年は茫然としていた。男の倒れた重い音を聞いたと同時に少年も地面に膝を落とした。其れからまた数分、ぼんやりとし、その後に女が姿を消しているのに気付く。……追う気は無かった。ただ、今は、冷たくなった両親の元に寄り添い、二人の死体を両腕に抱きながら慟哭しているしか無かった。




<Oz.17:Lament-哀しきさゝめごと①- Fin>