ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.311 )
日時: 2011/08/09 18:38
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: rbVfLfD9)
参照: 糸色 イ本 糸色 命


 ————粉雪が吹き付けている。


『残念なことだ』

低い声。続けて女の声。
『惜しい人が死んだわ』
続いてはなみずを啜る音。真白の零下、黒い墓石と喪服を着た何人かの人間が景色から浮いている。二つの墓石の前ではよく似た兄妹と、似付かない弟が立っていた。ラズリ種の少女は異父兄の手を強く握りしめて涕泗ていしを流している。嗚咽混じりの泣き声で何度も何度も兄の手を握りしめ直す。その姿とは対極的に、直立不動でいるのは飴色の髪の子供だった。頑なに他人の干渉さえ許さずに立っている。


 異父兄は瞼を閉じた。

————殺したのは自分だ。

唇を強く噛み締める。あの日、両親の命を奪ったのはあの男では無い。紛れもない、彷徨いていた自分の所為だった、と。

 自分が彷徨いていなければ。もっとしっかりしていれば!

「やはり全ては忌子の責任か」

続く後悔の念をまるでさらに追い込むよう、村長バティストゥータの声が入った。低い声が、老人の声が吹雪と混じりあって異父兄に突き刺さる。


————そうか。

口許に自嘲の笑みを浮かべた。

————生まれてこなければ、起きなかったんだ。

自責がこころを蝕み始める。孔は広がり、闇が食い尽くす。幾ばくもないうちに情は食われて消えてしまった。思考が失せる。

 そして、世界が音を立てて崩れた。




<Oz.18:Schneesturm-哀しきさゞめごと② 後悔、先に立たず->





「それ、本気で言ってるの?」

軽く涙目になったウェロニカがウェスに詰め寄った。ウェスウィウスはあしらうように返す。
「俺はもう今年で十七。良い稼ぎが無いと流石にキツいだろ?」
返答を聞き、ウェロニカは目の水分を更に増した。もう泣きそうなくらいまでに達している。「だってぇ」と涙声で呟いていたのはきちんと兄の耳に届いていた。なので、優しく白金の頭を撫でてやる。————大きくなるにつれ、彼女は母親に似てきていた。それを見る度に罪の意識に苛まれる。
「別に良いでしょ」
ウェロニカとは真逆に、血の繋がらない家族のフリッグは冷淡に言い切る。膝に小さな竜——通称、ポチ——を乗せながら厚い本の頁を捲っている。
「仕送りにするつもりだろうし」
種族の確定のできない少年は冷たい。兄弟というよりは同い年の幼馴染みに近いウェロニカはその様子に眉毛を八の字にしていた。

ウェスウィウスは微笑を浮かべて頭を撫でた。同じ色の髪をくしゃくしゃに撫でてやる。
「大丈夫、電話はするし、絶対帰ってくるから」
それを聞いたウェロニカは無言で頷いた。声の代わりに、ウェスウィウスの服を強く掴んでいた。



 ————それが、異父妹との別れなど誰が気付いていたのだろう。




* * *




 運命聖杖ノルネンを回転させ、次に前方に現れた男を弾く。火花と同時に金属音が鳴り響いた。次に荒い呼吸。回転し、鉈を手にした男の顎を蹴り上げる。


 少し離れた位置のフォルセティが天命の書版を開く。本のノドの部分が青く光っていた。
「"守りの流水アクアリウム"!」
フォルセティが喉を震わせると同時に本から青い光が放たれ、途中で二つに分かれる。背中を向けあって抗戦していたメリッサとクラウドに一ずつ宿った。心臓部に突き刺さるようにして宿った光が強く瞬く。秒速で光が全身に行き渡り、淡く光って消えた。流水系の呪文の一つだ。第一階位であるが、徐々に体力を回復させてゆく効果がある。
「すっげー、コレ!」メリッサが急に元気になって、満面の笑みで敵を薙ぎ払った。「どんどん体力が回復してくる感じー」
「そりゃあ、リジュネ効果持ってますから」
一筋の汗を右頬に流しながら、フォルセティは返した。

 狭い洞窟内で広範囲に及ぶ魔法は使えない。——味方にでも当たったらどうすればいい?そんなリスクの高い攻撃は諦めていた。なので気を失っていたときに回復した魔力で補助魔法を展開し、二人を援護する。回復に特化した流水系や、補助に特化している旋風系、また防御に適している氷雪系の呪文ならばこの狭い戦場でも容易に扱え、尚且つ効力を発揮できる。
「リジュネかー。って事は長距離走に使えば相当良いんじゃね?疲れないし」
茶目っ気を出して、メリッサがふざけた。紫紺の瞳は呆れている。
「……そんなものに使ってもマラソンの成績は良くなりませんよ、きっと」
「いーや、良くなる!」
「頼まれても使いませんから」
二人の実にどうでも良い口論の合間にクラウドは刀から出現させた氷柱で敵を串刺しにしていた。倒しても倒しても湧いてくる。——漸く口論を終結させたメリッサがクラウドの方に援護へと入った。

「倒してもキリ無いじゃん!」
顔を紅潮させ、眉間に皺をよせながら
「確かに、な」
刀を振るって氷を出現させて応戦するクラウドも相槌を打つ。華麗に舞っていたメリッサが着地。次に<スクルド>の"レ・ラクリスタル"を展開する。一瞬で村民が消滅した。が、ある程度減ったと思えばまた沸いてくる。そんな嫌な連鎖からは解き放たれそうに無かった。
「ゴッキブリかよ、こんにゃろっ」
<スクルド>から<ベルザンディ>に変えて振り払う。続けてクラウドが刀を振りかざす。一刀両断、鮮血と刀から出された氷が舞う。それでも湧く。————舌打ち。


————仕方ねえな!

少し空いた間を狙い、刀を勢いよく地面に突き刺す。すると突き刺さった刀身が徐々に透過されてゆき、周囲が凍てついた。刀を中心にして地面が凍りついてゆく。
「氷漬けになりたくなかったら跳べよ!」
「んな無茶な!!」
地面に接しているものを全て凍らせてゆく。クラウドの急な忠告、そして無茶すぎる発言に苛立ちながらもメリッサはフォルセティを抱えて跳んだ。足に旧盤でもくっ付いているのか、壁に着地して張り付く。如何やら壁までは浸透してこないらしい。
「この神器【氷孤(ひょうこ)】の力で暫く凍りついてろ!」
今迄の鬱憤を晴らすように吐き捨てた後のクラウドの表情は妙に爽やかだった。村人たちは地面の上で凍りついてゆく。彼らは逃げることなく、ひたすらクラウドに向かって行っていた。躰に触れることなく、全員が凍ってゆく。氷像と鳴り果てた彼らは、漸く湧いてくるのを止めた。冷たい冷気が周囲を覆う。寒さに慣れていないメリッサとフォルセティは同時に躰を震わせていた。


「もう降りて良いぞー」

青年が声を飛ばす。より先に二人は降りていた。アイスリンクと化した地面に足を滑らせながら、唸る。
「さあぁああああ、むいわあああぁあぁあぁぁぁぁ——……」
雪山で遭難した人間の様に、寝たら死ぬというくらいの顔つきになっているメリッサをクラウドは鼻で笑う。
「南方出身だから慣れてないんですよおおおおおおお」
フォルセティも唇を頻繁に震わせていた。青紫に変貌した唇に、血の気のない顔。"この程度"で寒がるなど、クラウドは理解出来なかった。自分も寒がりな方であるが、この程度はまだ序の口である。そのあたりは、やはり生まれ育った環境が関係しているのだろう。
「仕方ないな」クラウドは深く息を吐いた。「早く此処から去るか」


>>