ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.312 )
日時: 2011/08/12 11:09
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: .WzLgvZO)
参照: 糸色 イ本 糸色 命

* * *


「へぇ、カーネリア種とラズリ種の混血児ね」

眼前のアゲート種はまじまじとウェスウィウスを見てから眼鏡をくいと上げる。橙の髪が少しだけ顔にかかっていた。眼鏡越しに見える髪と同色の垂れ目が卑しい光を宿す。何か策謀している男の顔に違いは無かった。
「あの」

世界帝国と言っても過言ではないくらいの急成長を遂げたエターナル。降りたってすぐ、どぎまぎとしていたウェスウィウスに声をかけ、彼を興味本意で連れ去った眼前の男は稀有なものを見て喜んでいるようだった。ウェスが連れてこられたのは帝国首都ニーチェに聳え立つ政治の中心部。政治を担う評議員の宿舎だった。
「なんだい?」
眼鏡を光らせ、アゲートの男は書類で自分を扇ぎながら横目でウェスウィウスを見る。ウェスウィウスは軽く視線を逸らした。——父母が殺された際、オッタルと一緒に居た女に何処か似ている。
「いや、評議員が一体何用かと……」
「ああ」扇子代わりに風を作っていた書類の束を無造作に机上へ投げ、背凭れにかかりながら男は律儀に答えてやる。「混血児なんて見たこともないモノだったから気になってね。好奇心ってヤツに駆られたのさ」

回答を聞いたウェスウィウスの中に黒い靄が発生する。不快感が芽生えた。混血児なんて呼ばれたくは無い。——まるで不完全な人間であるようだ。

 評議員は、ウェスウィウスが気を悪くしたのを察ししたようで慌てて付け加える。
「別に差別的な意味ではないよ?————気を悪くしたなら謝るさ。それに、私の秘書も似たようなものだからね」
「…………秘書?」
混血の青年が聞き返すと、男は「そう、秘書」と薄笑いを浮かべながら小さく答えた。

————同じハーフか?

ふと淡い希望が芽生える。発芽した希望は、澱み停滞していた不快感を一気に払ってしまった。曇天が雲一つ無い晴天になる。心が爽やかな風が通り抜ける、夏空のようになった。
「ワケアリさ」
評議員はクスクスと小さな笑いを続ける。機嫌を直したウェスウィウスも小さく笑った。同じ境遇の人間なら会ってみたい。
「どういう感じの人ですか?」
好奇心に駆られて思わず訊ねた。相手は嫌な顔一つすることなく、にこやかに答える。
「暫く入れば、そのうち来るさ」


 ウェスウィウスは言葉を信じて暫く待ちはじめた。男はまるで退屈させないよう、饒舌に訊ね始める。
「キミみたいにね、絶望感に溢れた顔している人間は面白い話を持っているからね。——是非とも部下に欲しいな」
ウェスは一瞬困った。——不純な動機は気に入らないが、部下になればきっと良い収入になる。プライドを取るか、金を取るかの天秤が自分の両側に現れた。秤を支えるのは、無論自分だ。右の自尊心か、左の収入額か。自尊心に傾きかけたところに、左の皿の上に残してきた二人が現れた。……二人への仕送り。成長期の彼らより自尊心を重んじるなどは言語道断だった。
「……仕事が無いから有り難いです」
と、ウェスは返す。評議員は笑顔を浮かべた。
「そうかい、なら今日からやってみるかい」
「ですね」
仕方無く頷いた。視線を机上へやる。————フレイ=ヴァン=ヴァナヘイムと金で掛かれたプレートが立ててある。この男の名前らしい。


「ヴァナヘイム氏、入りますよー」

苦笑いになっていたウェスウィウスと笑顔のフレイの気まずさを破るように扉が開き、女の声が入ってくる。栗毛を二つのお下げにしたアメジスト種の女性が現れる。胸元に大量の冊子を抱え、
「あら、お客様?」
とウェスウィウスを見て困惑。明朗な雰囲気だが、真面目そうである。そんな彼女にフレイは助け船を出した。
「客人だけど、まずは資料をくれないかな、エイル君♪」
エイルと呼ばれた女は「あ、はい」と小さく返事をしてから急いて資料を渡す。直ぐにフレイから離れ、
「じゃじゃ、じゃあお茶を」
と焦った様子でまた出ていった。一瞬の登場、退場に追い付けなかった青年はポカンとする。フレイが意識を戻してやった。
「彼女が私の秘書だよ」
「は、はあ……」
意識が向き直ったウェスウィウスは困惑しながら相槌を返した。——現実は幻想を容赦なく壊してくれた。混血児なんかでは無いではないか!

 ふと妙な視線を感じた。アゲート種の男がにやにやと見つめている。
「同じ混血児だと期待していたね」
歪んだ口許が卑しい。ついでにさらりと心象を言い当てるのも。ウェスは眉を潜める。しかめ面を作った。
「取り敢えず」ギィと渇いた音を椅子から鳴らしてフレイは鼻で笑った。「お茶でも飲んでからだね。所属云々は上に話をつけてあげるよ」
「はあ」
話の進行が早い。有り難いと言えば有り難いのだが、すこし戸惑う。それでもやはり有り難いのだろう。————居場所になれば良いが——……。


* * *


 フリッグは抱き抱えたユールヒェンの顔を覗いた。いつの間にか、寝息を立てている。
 しかし、安らかな寝息では無かった。眉をしかめて、息苦しそうになっている。呼吸は不安定、何度も譫言を繰り返していた。——「ごめんなさい」、「ごめんなさい」と。

「誰に対する謝罪……?」

白く冷たい頬に触れる。悪夢に対する謝罪なのだろうか。先程の敵が彼女に対して使った呼称————<極寒の白い死神>。勿論、聞き覚えなど無い。彼女を蹂躙していた理由も分からない。しかし、何が理由でも明らかに自分より、社会的に弱い立場の者を踏みにじるのは許し難かった。


 吹雪が止んでくる。徐々に輪郭をはっきりとさせてきた景色の向こうに、集落らしきものが見えてきた。耳が聞き取る限り、人気はない。廃村らしい。
 だが、その方がユールヒェンを休ませるのには丁度良い。今は人目に触れてはいけない。紛れるように、身をやつすという手段も取りにくい。それならば、廃村で暫し体力を回復する方が賢いだろう。

 フリッグは速度を上げた。すぐに廃村に踏み込む。やはり、廃村は廃村だった。リュミエールや、ジェームズとのことが頭を過らせるような空間だ。しかし、雪に埋もれた家々は幸い形を残している。多少崩れてはいるが、然程支障は出ないだろう。

一番近い一軒の扉を開ける。中はスノウィンの自宅みたいな雰囲気だった。リビングも、キッチンもちゃんとしている。二階にはベッドルーム。荒らされた形跡もなく、モデルハウスのように綺麗だった。ダブルベッドにユールヒェンを降ろす。布団をかけ、確りと寝かせた。

「凄い」

唇が勝手に動いた。素晴らしいくらいに綺麗な状態なのだ。逆に不思議だ。ここまでに美しい廃墟は見たことがない。——まるで、住民が一瞬で消えたみたいだ。

「綺麗、でしょう?」

荒い息遣いの声がした。ユールヒェンが目を瞑ったまま口を閉口させている。
「——え?」
思わず聞き返すと、灰の髪の少女はゆらりと上体を起こした。琥珀の目を憂いに染めながら、言葉を紡ぐ。
「住んでたの。……アンバー種」
「そっか」
彼女は俯いた。目元から感情が消える。
「政府に騙されて、皆連れてかれて殺されたわ。————餓えてたから誰も疑わなかった、てね」
「詳しいね」
「だって」ユールヒェンは唇を震わす。「私、関わっていたもの」
言葉は二つの意味に解釈できる。——被害者と、加害者にだ。だが、フリッグは詰めて聞かなかった。ユールヒェンから喋る。

「つい先日。この村が、帝国人を匿ってるって噂が立ったの。——それから王国政府が粛清といって村に向かったのね。最初は、保護してやると甘い言葉をかけた。……餓えてたから疑わなかったわ。村人全員を広いところに連れ出して、そこを四方八方から一斉射撃。蜂の巣よ。その撃った方に居たの、私。————同族なのにねぇ……」

死神は饒舌だった。つらつらと述べ、二度躰を倒す。目元に右腕を乗せた。
「私、は……<極寒の白い死神>。頼ま……れれば、何でも、する、傭兵だか……ら」
嗚咽を混じらせて語る。フリッグは手を伸ばせなかった。頑なに拒否する彼女に容易に触れるような勇気が無かった。——メリッサを羨ましく思える。彼女は壁に構わず関われるのだから。
「だから、アイツ等君のこと……」
捻り出せたのは、襲撃された時の相手のことだった。少女は答える。
「そう。懸賞金も凄いから」
それからフリッグに喋らせる間を与えずにユールヒェンは背中を向けた。そっとしておく他に無かった。


 仕方無い、と部屋を出る。キッチンを漁ると、まだ賞味期限の切れていない乾パンの缶詰が幾つかあった。野菜室は危険なのでやめる。何故、缶詰があるのは不明だが、今の状態では有り難い。料理器具を使い、簡単な料理でもしようと冷蔵庫を漁る。麺類の袋を発見。使えるのはそれくらいだった。

しかし、丁度二人前。コンロを捻ったが、やはりガスが止められていて点かない。今度は家中を散策する。偶然、物置を発見。中を見る。幸い、簡易コンロがあった。火も点く。それをキッチンへ持っていき、鍋の水を沸かした。麺を入れて茹でる。茹でている間に、汁を作った。付属のスープと、適当な調味料を入れる。湯だった麺と、茹で汁を注いで完成。東方の島国、オリエントで食べられる"饂飩"という食べ物だ。長期保存のきくこの食べ物は、極寒の続く北方では重宝する。東方から輸入するしか入手ルートが無いので、政府は鎖国化にある東方と何度も会談を設け、やっとのことで貿易をすることが出来るようになったと聞く。


 盆に添え、階段を一段一段ゆっくりと登る。借りた硝子のコップに水を入れたのも付けて。二人分の食事を、一人持ってゆく。扉をあけっぱなしにしておいたのは良かった。難なく入ることが出来たのだから。
「少しくらい、食べた方が良い」
フリッグはぶっきら棒な口調で言い、ベッドに近い化粧台にお盆を置いた。化粧台に付属している椅子に座り、「頂きます」と言ってから"箸"という——これもまた東方特有のものなのだが——道具を使って饂飩を啜り始めた。一旦食べるのを止め、「先に食べてるから」と小さくユールヒェンに語りかけてから再開する。彼女は布団に埋もれていた。少しだけ出ている肩が、小さく震えている。矢張り関わることは出来ず、ただ見守っているしかなかった。

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