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Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.322 )
日時: 2011/08/27 23:54
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: .WzLgvZO)
参照: 付け足し更新。

 魔法も使いようだ。攻撃を基本とする火焔系呪文も、使い方によっては補助になる。

 金に光る錫杖が女の横腹にめり込み、吹き飛ばす。倒れているウェスウィウスから女が引き離された。
「っつぅっ」
女がカツンと靴を鳴らして後退したところに刀が横切った。服が横に切れ、避ける。続けてメリッサの蹴り技。クラウドと女の間が大きく開いた。

 氷狐を床に突き立てた!人差し指と中指を立てた右手を眼前につける。唇が何かを唱え始めていた。彼の躰が透明な蒼の光に縁取られている。
「————ためしそうによって定められし罪人よ」
こう、と冷気。大気の気温が一気に下がり、凝結。肌寒さはスノウィンの気温を遥かに下回った。クラウドの周囲が白く煙る。
「まさ、まさかっ……!」
クラウドの唱える言葉の羅列に覚えのあったフォルセティは思わず驚嘆の声をあげた。しかし青年は続ける。
「水鏡に映された死に逝く氷花、氷凝ひこりと化し、蹉詫さだした罪人を凍てつきの地獄ゲヘナへと突き落とせ」
氷狐を中心に地面が凍りついていく。光速で絶対零度に達して女の足元まで届いていった。


「"絶対零度アブソリュート・ゼロ" !!」


罵った声と同時に氷雪系最強とされている魔法が炸裂。ギリギリでフォルセティが展開した防御魔法によってメリッサらはなんとか直撃を免れた。が、氷の床と化した地面に面しているものがまず凍りつき、次に空気を凍らしていった。秒速で水蒸気が露天に達し、凝結。文字通り、絶対零度の世界が広がった。勿論女の躰も凍りつく————筈だった。

「氷雪系の最強呪文————"絶対零度"を使うとは流石に予想してなかった。でも、貴方様のお陰で直撃は免れました、【狂信者】様」

白い極寒地獄の中で微笑する女の前には老人。禿頭が寒そうだったが、今はそんなことに気を取られている暇はない。
「全く————」【狂信者】と呼ばれた男は眉をひそめた。「まだ邪魔者がいたとは」
ギョロ目が舐めるようにウェスウィウスを含めた四人を見ていく。視線の気色悪さに思わずメリッサは吐き気を催していた。
「まさか魔法の効果を自分の周囲だけ消し去ったんですか——……!?」
見事に彼らの周囲だけ凍てついた環境が無くなっていたのだ。低位の呪文ならともかく、最強に位置するものを無効化するなどフォルセティは見たことがない。
「このくらい造作もないだろう」
【狂信者】が鼻で哂う。女は微笑を浮かべながら側で佇むだけだ。


 メリッサが声を出そうとした。が、その前に他の気を感じ止める。だが、それも無意味だった。反射するより遥か前に彼女の躰が入ってきた所へと吹き飛ばされてゆく。
「メルさん!!」
天命の書版を開き、魔法を展開。旋風系呪文で風を起こし、向こうで彼女の躰を優しく受け止めた。
「また敵か!」
何人来るのかと、徐々に呆れてくる。
「【愚者】ロキに猿娘を任せるか」
枯草色の首が動く。掠れたような声で【狂信者】は笑い声をあげていた。メリッサ一人にしては、とクラウド、フォルセティが同時に背を向けて走り出した。

「行け!」

栗毛の女の金切り声。同時に空気の壁が二人を押した。銃口から発された気圧によって少年と青年の肉体が少女の飛んでいった方へと押し流される。
「このッッ」
振り向いた少年の怒りの声が轟いた。兄のように慕ったウェスウィウスの躰が遠退いていく。
「ウェス——————」
手を伸ばす。が、彼は動かなかった。動きもしなかった。その姿を嘲笑うように女がフォルセティに向かって言葉を放つ。
「彼は死んだの」
「嘘だっ!!」
言葉を聞いた少年が拒絶を叫んだ。

「嘘だああああああああああああああああ!!」


* * *



 浮いた躰が勢いよく飛んでいく。このまま壁に激突するのか、いやそれとも外に出るのかと思考が回る。横目で、風によって自分の焦げ茶の髪が勢いよく靡いているのが見えた。こりゃ痛ぇや、とメリッサの口元が自嘲を滲みださせた。と、そんなことをしていたら急に臀部に柔らかい感触が走った。気持ちの悪い感触と同時に躰がふわりと停止。淡い緑光を放った魔法陣の上に座っている。其処には小規模の台風の様な、風が渦巻いていた。メリッサを優しく地上へ立たせるように役割を果たし、静かに周囲と同化して消える。とん、と地上に着いたメリッサは思わずきょろきょろと周囲を見渡していた。


 人の気配を感じる。彼女の撥ねた天頂の髪がピクリと動く。ずっと右手に握ったままのノルネンを構え、腰を低くした。と、金属音。あまりの疾さにギリギリで反応していた。姿を捉える事は出来ないのだが、明らかに誰か敵意のある人間がメリッサに刃物を持って攻撃をしている。剣戟を全てノルネンの柄で防いでいた。目が慣れてきたようで、残像の中に萌黄の流れを見つける。
「いい加減にしやがれえ!」
見つけた一瞬の隙に罵りとノルネンの打撃を叩きこんだ。「あうっ」という女性の声と同時に攻撃が止む。正体が露わになり、萌黄の髪に薄めの布が多い黄色の服を纏った女性を琥珀の双眸が認識。ジーンズ生地のパンツの下から見える長い足が折れ、地面に膝が付いた。両手から持っていた刃物が落ち、金属音を奏でる。

肩にギリギリ届くくらいの萌黄のショートヘアに水晶の様な薄い水色の瞳。——西方に多く居る、ダイヤモンド種であろう。絶対神への狂っていると思えるほど信仰心を持っている彼らのことをメリッサは理解できない。何故其処までに執着するのか、理解する気も起きなかった。
「すみません、——さ……ま」
はあはあと荒い呼吸をしながら、女は項垂れた。年齢はメリッサより三つ上くらいだろう。しかし、かなり痩せこけていた。そして蒼白の肌。様子を見て、精神面が弱そうだと思ったメリッサは身を翻した。一回折れば大丈夫だろうという安心感が何故かあったのだ。

「任務遂行に参ります————!」

素早く落ちた短刀を手に戻した女が背後から斬りかかったのだ。ちょっとした油断から素早く反応できず、背中に真一文字の傷を負う。蘇芳の血が項を横切った。胸元から飛び出たポチが女に向かって火を吐く。が、彼女はしゃがんで避けていた。
「っ——お前えぇ!」
女と向き合ったメリッサが<ベルザンディ>を振り下ろした。大理石の床が粉砕、粉が降り注ぐ。女は両腕で顔を防いだ後、直ぐに体勢を戻して突進。振りかざした右の短刀がノルネンと当たって金属音を奏でた。

金属音と同時に火花が舞う。両手で交互に攻撃を繰り出し、メリッサに接近していった。そんなダイヤモンド種の女の背中に回ったポチが彼女の右肩に髪付いた。袖と服が切れているという構造の服装である為、肩が露出しているのだ。女が声を上げた。そのせいで怯み、一旦攻撃が止む。其処を突いたメリッサが足で彼女の腹部を蹴り飛ばした。痩せた躰が吹き飛び、地に落ちる。——思っていたよりも、彼女は攻撃に長けていないのだ。


 ふ、と余裕を見せた表情がメリッサの顔に現れる。が、その頭に激痛。真上から何かが振り下ろさせた痛みが走ったのだ。涙を浮かべ、頭上を見る。——敵意のある攻撃が与えた痛みでは無く、何か彼女には懐かしいものを秘めたものだった。先には、橙の長髪を靡かせた翡翠の双眸の男。

————"アイツ"に似た雰囲気だ。

メリッサの脳裏に父親の映像が流れた。それが現実に見えた男の姿と重なる。が、首を横に激しく振って、振り払った。恐らくは敵だろうと感じたのだ。
「本当に猿みたいな奴だな、お前」
低い声が笑った。翡翠の眼であるため、恐らくはフリッグと同じジェイド種なのだろう。もう一度ジェイド種の男がメリッサの頭に激痛を与えた。拳骨を振り下ろしたのは、恐らく最初と同じだ。子供を叱るようなものに、少女は眉を顰(ひそ)める。

しかし、そんな姿を無視し、男は東風の着物を揺らして前へ進み出た。倒れた女に手を差し伸べ、微笑を浮かべる。
「大丈夫か、シギュン?」
ダイヤモンド種の女——シギュンは苦痛にゆがんだ顔を瞬時に笑顔に戻し、頷く。上司か何かなのだろう?とメリッサは眺めていた。しかし、空中にとどまっているポチの様子がおかしい。妙なのだ。何だか、昔の知り合いに会ったような表情を浮かべている(と言っても竜の表情などあまり分かるようなものではないのだが)。


『シグルズ、か』
メリッサには聞こえない声でポチが男に訊ねた。男は頷く。——彼の"昔の名前"だ。
「久しぶりだ、ティアマット」男は卑しい笑みを浮かべ、続ける。「でも今は十二神将【愚者】のロキだ」
「十二神将!」
男——ロキが名乗ったのを聞いたメリッサが声を上げる。十二神将は敵だ。ヤバイと危険を脳が訴えているが足が動かない。


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