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Re: 【Veronica】 *参照3000突破、有難うございます! ( No.334 )
日時: 2011/11/13 21:30
名前: 朔 ◆sZ.PMZVBhw (ID: fCAUmeG6)  

 ————ずっと、気を張らねば為らなかった。
 弱みを見せる間など、余裕など、無かった。
 病に臥した母を助ける人間は何処にも居なかったから、私しか居なかったから。

 世界は常に孤独で、残酷で。

 ————今、大国として成り立つ国家の中で唯一といっていい。南方の大国アースガルド王国は未だに完全な絶対王政を貫いている。王家には王族の血縁しか許されない。国王の子には、無論庶子が多くいたがそれらは王室への侵入さえ許されていなかった。ただ、正室の子供だけが許される場だったのだ。庶子など所詮は血縁が絶えたときの保険に過ぎない。

 帝胤であるが、嫡子では無い。側室の娘でも無い。
 葛藤の中で、悩みきっていた。分かり合ってくれる人間が居ないことも分かっていた。理解しきっていたのだ。

 震える肩を、優しく包む人間をエイルは知らなかった。だが、それは、今知ることになった。

 混血の青年は、彼女に優しく寄り添っている。——そっと、優しく包み込むように。彼が言葉をかけなかったのも、寧ろ嬉しく感じられた。下手に繕われた言葉を聞いてられるくらい、今のエイルは強くなかったから。


<Oz.19:tragedy-哀しきさゞめごと③ もう送れぬ愛情表現->



「負けたああああああ!!!」

叫び声を挙げた橙髪の男は書類で溢れかえった机の上にバタンと倒れ込んだ。その影響で机上の書類がヒラヒラと舞う。
「うるせえよ!!」
ウェスウィウスは罵声を浴びさせる。
「ウェス君に寝取られる前に私が寝取っておけば良かったものを!!」
「やってねえよ!!ついでに黙っとけよ!
つか、お前は専属秘書に手を出そうとか思ってたのかよ!?」
「勿論!」自信満々にフレイは言い放った。「それがどうかしたのかい!?」
光らせた眼鏡をくいと押し上げる。

 直後、その頭と白金の頭にスパーンという気持ちの良い音が叩き付けられた。頭を押さえながら顔を上げると栗毛の短い御下げを揺らした女性がファイルを持ちながら仁王立ちしているのが目に入った。———エイルは紫紺の瞳で睨み付け、紅の唇で言葉を紡ぐ。
「阿呆二人で何してんのよ!!」
そんな女性の胸についた膨らみを何かが鷲掴みした。……フレイだ。にやついた顔をして、鷲掴みした胸に顔を近付けた。
「相変わらずの良い乳をしてるね」
「猥褻行為ですね良く分かります」
機械のように無感情で減り張りの無い喋りでエイルは冷淡にフレイを見下した。素早く銃を取りだし、彼の髪を撃ち抜いた。銃口から白煙がうねりでている。フレイはエイルから逃げるように高速で離れ、何故かウェスにすりよった。「気持ち悪い」とウェスウィウスは一蹴、彼を押し退けようとする。

「エイル君がっ……エイル君が鬼のごとくボクを苛めるよぅっ……!」
「———ったく、天下の評議員がそれじゃしょうもないだろ……」
呆れながら、ウェスウィウスは言い切る。評議員はぐるりと顔をエイルに向け、負け惜しみのように叫んだ。
「鬼っ!悪魔ッ悪女ッッ!!」
「ハイハイ、好きなだけ御叫びなさいな」
秘書は冷静沈着である。涼しい顔をしていた。
「ボクがいないところで別の男と一晩過ごしちゃうなんて……裏切者っ!」
「そんなこと言われてもねー。毎晩、自称女を悦ばしまくってるナイスガイ☆の貴方が言えること?」
「フレイヤだってオーズという名の夫がありながら、オッタルを始め、沢山の愛人が居るんだよ?私だけでは無い!」
目まぐるしくフレイの口調が変わる。やはり、これが国政に携わると考えると頭痛がする。ウェスウィウスは無言で、幼稚な駄々を見つめた。エイルはまるで母親のようだ。
双子きょうだい揃って最低なくらいのタラシね」
「嗚呼———……そういえば今日はゲルドと会う約束があったかなぁ……。だから今夜私は留守にするよ」
最早彼は自分だけの世界に入り浸っているようだ。目を輝かせながら自分に酔いしれて喋るフレイを見たウェスウィウスは更に呆れた。これが帝国を動かす評議員の一人……ハッキリ言って情けない。

「もうこの国は終わりだ……」



* * *

 赤い上着を寝台の上に脱ぎ捨てる。下に着ている黒いシャツの姿で上着の横に寝転んだ。目線を寝台近くにある電話にやる。目的の番号を押して、発信。一定のリズムを刻む発信音が耳元に流れた。あまり経たないうちに回線が繋がる。

『はい?』
「よかった、フリッグだな」
『……だけど、ウェス?』
元気……では無いが相変わらずの様子に胸を撫で下ろす。故郷に一人置いてきた、義弟はいつも通りの様子だったのだから。杞憂で安心した。
「相変わらずそうで安心した」
『——あ、そう』
フリッグは皮肉を漂わせたぶっきらぼうな態度だ。幾らいつもどおりで良かったと言っても彼は無関心らしい。
『ウェスは、相変わらず無職のまま?』
「いや、職にはついた」
そう言ってから小さく、一応それだけは、と付け足す。
『あ、そ』
珍しく相手から話題が振られたが、やはり話はすぐに途切れた。どうも、この少年は同じ話題で話を続けるのに向かないようだ。というより、フリッグは話をすること自体が苦手らしい。無言が続いては通話料金の無駄だ。取り合えず様子だけ分かったのだから、これ以上用件は無い。切っても問題ないだろう。

「じゃあ、また何かあったらすぐ連絡してくれよ?切るけど大丈夫か?」
『————…………あ、いや』
途端にフリッグの声色に表情がついた。不安げな、年相応の雰囲気を纏っている。やはりまだ子供、見知らぬ人間との同居に慣れる筈も無い。苦笑を混ぜ、ウェスウィウスは優しく訊ねた。
「どした?」
何か年頃の悩みでも出すものかと思った。そう言えば、いつもは率先してウェロニカが出る筈なのだが、珍しく出ていない。今親代わりになっている人間は、いつも会話を妨げるので、またそれに遭っているのだろうとウェスウィウスは深く訊かなかった。————あとに思えば、此処で少し過剰なくらい神経質になっていれば良かったのだ。

「ウェルが————死んだ」


 フリッグが、弱々しい声で紡いだ言葉はウェスウィウスの耳を鋭く貫き、暫く彼を殺していた。